やっぱり皮がスキ 27

H⑨

 あれ、ここどこだ?
 目の前がベージュの壁に覆いつくされている。それになんだか良い匂いがした。周囲を見渡して思い出した。
 そうだ、お姉さんのクルマの中だ。
 でも、クルマは止まっている。
 するとお姉さんが話しかけてきた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「うん。いまどこ?」
「もう伯父さんちの近くまで来たよ」
 周囲を見渡してみると、コンビニの駐車場のようだ。
「でもまだ大分早いから、どこかで時間潰そうかと思って。UFOが発見された場所が近くにあるっていうから、行ってみる?」
 UFO? こんな朝っぱらから何言ってんだと思ったけど、反論するのも面倒くさくてただ相槌を打った。
「うん・・・」
「じゃあ、とりあえず行くだけ行ってみようか。それから朝ごはん食べに行こう」
「OK」
 ジェフが嬉しそうに返事をした。ジェフのような大人の男が朝っぱらからUFOを見たがるとは思わなかった。UFOなんてどうせいないのに。ゲーチューブのUFO動画も全部作り物だって知らないのかな?

 ほら、言わんこっちゃない。ただの駐車場じゃん。『UFO発見場所』と彫られた石を見て何が愉しいんだ? それなのに、お姉さんたら嬉しそうに写真なんて撮っちゃって、意味が分からない。
 写真を撮り終えると「朝ごはんに行こう」と言ったから、やったと思ったら、そこからクルマで30分くらい走ってようやく道の駅に到着。もうお腹ベコベコだ。やっと食べられると思ったら、オープンは8時から。いま、7時52分。まだ待たされるのか。
「※※※・・・」
 ジェフが英語で何か言った後、翻訳機を通して「ハヤト、ちょっと来て」と言ってクルマを降りた。後に続くと、後ろに廻ってハッチを開き、自分のリュックをガサゴソと漁っている。なんだろうと思っていると突然振り向いた。
「ハヤト、あなたへの贈り物」
 と言って何かを差し出してきた。
「あっ、ニューガンガル・フルバーストだ!」
 モビルフォース・ガンガル最終話でジョア軍曹のゲルグ最終堅と対決した、全48話でたった一度しか登場しなかったモデルだ。
「えっ、これ、どうしたの?」
「クレーンゲームで取りました。 1回だけ。ハヤトに渡すつもりで持ってきました」
「僕にくれるの?」
「もちろん。私がここに来たのはハヤトのおかげです」
「ありがとう!」
 うわぁ、カッコいい。手足はもちろん、肩と脚のキャノンも動く。スゴイ。帰ったらカイたちに見せ付けてやろう。
 芝生と空の境界にガンガルを立たせるように眺めると、第一話『ガンガル大地に立つ』のときみたいだ。
「レストラン開いたよ。さあ、行くよ」
 ガンガルの世界に浸っていると、お姉さんが無粋な声を挙げた。なんだよ、せっかく良いところだったのに。でもまぁ、お腹は空いているし、今回は許してやるか。
 三人でレストランに入ると、僕たちが一番乗りだった。僕はオムライス、お姉さんはモーニングセット、ジェフは担々麺を選んだ。朝から担々麺だなんて、アメリカ人やっぱ違うなぁ。だからそんなに大きくなれるのだろうか。
 食事をしながらお姉さんが言った。
「来る途中にスーパー銭湯あったから、食べ終わったらお風呂入りに行こうよ」
 えぇ、面倒臭いなぁ。お風呂なんて一日くらい入らなくても平気だよ。と思ったらジェフがすかさず反応した。
「なんて素敵だ。入浴もしたいです」
 ううう・・・。ジェフが入りたいなら仕方ないか。

 レストランのお金はジェフがカードで払ってくれた。お母さんから沢山お金をもらって来たのに、まだ1円も使ってない。
 それからスーパー銭湯に移動して、受付で払う入浴料もジェフがカードで払った。腕輪になった鍵をもらって、お姉さんとはロビーで別れ、ジェフと僕は男湯の脱衣場へ行った。僕の鍵の番号は17番。ジェフは18番だ。まだ朝9時頃なのに、意外と人が多い。でもオジサンばっかりだ。なんで大人はお風呂好きなのかな。
 服を脱いでいるとジェフが言った。
「この男を完全に連れて行くことができないので、ここから英語で聞いてみます」
 この男? どうやら翻訳機のことらしい。ジェフは翻訳期のことを相棒のように思っているのだろうか。
「防水仕様じゃないの?」
「わかりませんが、それがなくても大丈夫ですよね?」
「多分」
 コンビニでもなんとかなったし、きっと大丈夫だろう。僕たちは親友だから。
「Let`s Go」
 翻訳機を切って、ジェフが言った。レッツゴーくらいは、僕だって判る。
 お風呂場にはいろんな種類のお風呂があった。僕たちは洗い場に並んで座り、まず身体を洗った。シャンプーやボディソープのタンクにはカタカナと英語の両方が書いてあったから、ジェフも戸惑うことなく頭や身体を洗うことができた。
 そしてお風呂に浸かる。ちょっと熱かったけど、我慢してちょっとずつ入っていく。ジェフはタオルを頭に乗せ、肩まで浸かると「あ"あ"あ"・・・」とオジサンのような声を出した。
「※※※※※※・・・」
 何か言ったけど、何て言ったのか全然判らない。表情からすると多分、「いい湯だなぁ」とか、そんなところだろう。
 あぁ熱い。もう出たい。と思い始めたとき、ジェフが身体を起こしながら何か言った。「さあ、上がろう」と言ったのだと思って安心したのも束の間、お風呂から出ると出口とは逆の方へと歩き出した。ついて行くと、今度は壁から泡が噴出しているお風呂に入り始めた。
 まだ入るのか。しぶしぶ僕も並んで浸かる。
 泡の勢いが強くて、取っ手を掴んでいないと吹き飛ばされそうだ。ザイックのハリケーンキャノンを喰らったガンガルはこんな気持ちだったのだろうか?
 それでもジェフは、腕を組んだまま気持ちよさそうに目を細めている。ハリケーンキャノンを喰らいながら余裕綽々なジェフは、ガンガルより強いのかもしれない。
 その後も電気がビリビリするお風呂に入り、上から落ちてくるお湯に打たれ、外のお風呂にも浸かって、ようやくジェフも満足したようだ。僕は全身がフニャフニャにふやけてしまった気分だ。なんだか頭もボーっとする。
 服を着てロビーに戻ると、ジェフが「何か飲みましょう」と言って、フルーツ牛乳を買ってくれた。フルーツ牛乳を持ってソファーが並んでいるところに行くと、もうお姉さんが座って寝ていた。女の人はお風呂が長いハズなのに、ジェフは女の人以上にお風呂好きだったのかもしれない。
 お姉さんの向かいのソファに座ろうとしたらジェフが僕の肩をポンポンと叩いて、少し離れた席を指さした。
「マドカは寝ずに運転しているので、少し寝かせてあげましょう。まだ時間があります」
 お姉さんから離れたソファに並んで腰を下ろしたときジェフがそう言った。
 大人のくせにいじめっ子の目をしたり、僕のゴリゴリくんを食べたがったり、ダメな大人だと思っていたけど、一晩中運転して僕たちをここまで連れて来てくれたんだ。あんなにグッスリ眠っているということは、とても疲れているのかもしれない。
 トロリと甘いフルーツ牛乳を飲み込みながら、僕は少しだけお姉さんを見直した。

『やっぱり皮がスキ 28』へつづく


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