オオカミ男と晴れ女 第3話
それから、少しして。
小さな麻袋を咥えて、オオカミは歩いていた。エリカには「ちょっと出てくる」と声はかけたものの、たぶんあれは聞こえていないだろう。
「さて……と」
居住区画の郊外、地上の港へと続く通りを歩きながら、オオカミは呟く。このあたりまでくるとトンネルの壁面に住居への入り口はみられず、あるのは定期的に配置されたランプと、地上に向けて伸びる細い階段のみ。
オオカミはその階段のうちのひとつをのぼり、雪が降り続く地上に顔を出した。先ほどエリカと共に眺めたときと比べて曇り空はより暗く、夜の気配を滲ませている。夜行性の獣を恐れてか、あたりに人の姿はない。
オオカミは慣れた足取りで、東側にある林へと歩きはじめた。
「よォ、今日も辛気くせぇツラしてんなぁ」
「ん」
小さな丘に沿って生えた木々の中に踏み込んで数分。上から声をかけられて、オオカミは立ち止まった。
その言語は人間のものではなく、オオカミ同士のコミュニケーションに用いられる言語だ。オオカミは咥えた荷物を置き、彼と同じ言語で声の主の名を呼ぶ。
「ケビン」
「おう」
ぶっきらぼうな口調でオオカミに話しかけるオオカミ・ケビンは、濃い灰色の身体に、赤い瞳がきらりと光るユキグニオオカミで、オオカミにとっては唯一の獣の友人だ。
小柄でまだ若いながら、林のオオカミたちをまとめる立場にある。常冬の町で暮らしはじめたころ、人と暮らすオオカミを珍しがり、声をかけてきたのがケビンだった。ちなみにオオカミは、自分が彼らの言語を理解できることをそのときはじめて知った。
「日が暮れてからくるなんて、珍しいじゃねぇか。同居人はどうした?」
ケビンはタタッと軽い足取りで坂を下りてきながらオオカミに話しかけてきた。
「あー、まぁ、いつものあれだ」
「モノガタリってやつか。大変だなぁ人間ってのは」
彼はケラケラと笑い、言葉を続ける。
「とりあえず、休めるとこにいこうぜ」
ケビンに連れられてオオカミはしばし歩き、林の中の小さな洞穴へとたどり着いた。人が入るにはかなり小さい。おそらくケビンが掘ったものだろう。
「ここなら雪もこねぇし、いいだろ。他の連中もいねーしな」
「すまないな、いつも」
オオカミは麻袋からオリーブの香りがついた干し肉を取り出して、ケビンに投げてよこした。
「こりゃまた、変なものを」
「珍しいだろ。肉屋の親父の新作だ」
そうして彼らはとりとめのない話をはじめる。エリカのこと、町のこと、ケビンの群れのこと、渡り鳥のうわさ。
そして……。
「そういえば、こないだ変な人間を見たぜ」
「変な人間?」
「ああ。三日前だったかな。あの海沿いの……ハヤト? だっけ?」
「港な」
「それだ。そのあたりに二、三人いたんだけどよ。町の人間と違って、雪に慣れてないっつーか、なんか探してるみたいだったっつーか……」
「外地の商人じゃないのか?」
「ショウニンってのはあれだろ、肉とか魚とかが入ったでけー荷物担いで、町に向かって歩く美味そうな奴らだろ? そいつらはなんか違ったんだよな」
ケビンはしばし考えて、言葉を続ける。
「俺たちを見たとき、なんか銀色の棒を振り回して威嚇してきたんだよ。喚いてさ」
「……刃物か」
オオカミは低く呟いた。町の人間は不用意に威嚇などしないだろうし、商人ならばオオカミを見ればそそくさと逃げるだろう。
「とすると……外地の兵士か、狩人か」
「……面倒ごとか?」
「……ああ。同じ奴らを見かけたら、隠れておいたほうがいいかもしれん。町の人間より、なんというか……そう」
うまく伝わる言葉を探して、オオカミは少し言葉を止めて。
「……獰猛だ」
(続く)
2017年10月からの熟成下書き。
第3話までは書いたものの、ここから先の展開が全く思いつかずにお蔵入りさせていたものです(あと当時は全然読者がつかず、虚無の暗黒に呑み込まれたのもあります)
せっかくなのでここで供養します。気が向いたら続きを書きます。
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