ていたらくマガジンズ__39_

碧空戦士アマガサ 第3話「マーベラス・スピリッツ」 Part5

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前回までのあらすじ
 晴香とタキに連れられ、湊斗は雨狐の最初の事件<ケース01>の現場へと足を運ぶ。カラカサがそこで感じた膨大な妖気はそこ以外にも数か所あり、表層化していない超常事件が発生している可能性を示唆していた。
 更なる調査をしようとした一行であったが、そこに雨狐出現の報が届く。奇しくもその現場は晴香の父・マーベラス河本がショーを行う予定の場所であった──

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「雨、雨、降れ、降れ、母さんが──」

 怪人は歌いながら、その広場に近づいていく。

 ぽつり、ぽつりと落ちてきた雨滴に、広場にいる人々は怪訝な顔で青空を見上げている。

 彼らはまだその雨狐を知覚できず、雨狐もまた触れることができない。雨狐は速度を落とさず人込みへと入り込み、人々の身体を通り抜けていく。

「蛇の目で、お迎え、嬉しいな──」

 はじめは1,2滴だったその雨は徐々に強くなり、連続的な小雨となって人々を濡らす。雨足が安定していくのに合わせ、雨狐の身体の透明度が下がっていく。

「ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ、らんらんらん──わっ」

「うっわ冷てぇっ!?」

 小雨が安定したことにより現世に顕現したそれは、ついに観客のひとりと激突した。

 ジュースのカップを持った大柄な男だ。反動で零れたジュースがシャツを濡らし、男は怒鳴りながら振り返る。

「おい、どこ見てんだ──」

 振り返った男はしかし、その場で硬直した。怒鳴り声を聞いた周囲の人々が顔をおろし、その視線が男と雨狐に集まる。

 雨狐の見た目と、その異様な雰囲気に気圧され、男も周囲の人々も瞠目した。彼らは、眼前のそれが明らかに人ではないことを肌で理解した。そして──その雨狐は男に一歩踏み出すと、小首をかしげて挨拶をした。

「こんにちわ。人間のひと」

「ひっ……」

 その瞬間、男はただならぬ恐怖を覚えた。それは本能的な恐怖。超常の力を持つ雨狐を前にした、死の恐怖であった。そして──

 ──次の瞬間、周囲の人々が一斉に恐慌状態に陥った。

 あるものは頭を庇いながらその場に蹲り、またあるものは人混みを掻き分けて走り出した。その場で泣き叫ぶもの、怒り狂うもの──恐慌の輪は瞬く間に広がっていく。

 悲鳴と怒号が交差するその広場を、雨狐は再び歩きはじめる。

「掛けましょ、鞄を、かあさんの──」

 恐慌状態の人々には目もくれず、その雨狐は歌いながら広場の中央──現在ステージが据えられた場所へ向かって悠然と歩みを進める。人々は狂乱し、誰もそれを見てはいない。

「あとから、行こ、行こ、鐘が鳴る。ぴっちぴっち──おっと」

 その歌を遮って白い光弾が飛来し、雨狐は飛び退る。それまで居た地面が爆ぜたのを見ながらそいつは着地し──同時にその場で四つん這いに伏せた。その上を何者かの蹴りが通過する。

「チッ──」

 蹴りの主──晴香は、舌打ちと共に着地した。この場にあって"狂乱していない人間"という特異点に対し、雨狐は首を傾げる。

「あれ? 効いてない──む」

 言葉の途中で、雨狐はゴロゴロと横に転がった。地面が爆ぜる。湊斗の光弾だ。しばし地面を転がったそれは、その勢いのままフリップジャンプして着地すると、湊斗と晴香を見据えて呟いた。

「邪魔しないでよ」

「湊斗……こいつ、なんか小さくないか?」

「……たしかに」

 雨狐の言葉は無視し、晴香は周囲で狂乱状態にある人々を見回す。明らかに異常だ。先日の<殴り合いの街>のような精神汚染か、それとも別のなにかか──そこまで晴香が思案したときだった。

 二人の背後で、異様な気配が膨れ上がった。

「「ツ!?」」

 湊斗と晴香は同時に飛び退く。同時に、二人が一瞬前まで居た空間を鉄扇が薙いだ。

「あらあらー。思ったより早かったわね」

 そいつは二人を追うことはせず、小さな雨狐に向かって歩み寄った。ガラン、ゴロン……と厚底の下駄の音が響く。湊斗は着地しながらその名を呼んだ。

「"ハノン"……!」

「覚えててくれて嬉しいわぁ、アマノミナト」

 左手に鉄扇を持った花魁装束の雨狐は怪しく微笑むと、小さい雨狐の頭を撫でた。ふたりめの怪人の出現に人々の恐慌は一層強まり、周囲の狂乱はますます強まっていく。その中に子供たちも居るのを見て取り、晴香は唇をかんだ。

「……止めるぞ、湊斗」

 子供への被害だけではない。このままでは殺し合いや自決する者も出てきてしまうであろう──晴香は湊斗と共に敵を睨み、構えた。そんな二人の様子を見て、ハノンはコロコロと笑う。

「そんなに怒っちゃダメだよぉ。皆に"伝わっちゃう"よ?」

「……なに?」

 眉を顰めた晴香に、ハノンは子を紹介するような様子で小さい雨狐の背を押した。

「この子の名前は<つたう>。この子はね、雨を介して感情を共有させられるの──ほらね?」

 周囲の大人たちが、晴香に対して異様に怯えた目線を向けているのを指さし、カノンは嗤った。

 "感情の共有"──互いの恐怖が恐怖を呼び、それが互いに伝染し、更なる恐怖を呼ぶ。マイクとスピーカーでハウリングが起こるように、人々の恐怖が恐怖を呼んだ結果がこの恐慌というわけか。

「この子は子狐。まだまだ弱い子だけれど、面白いチカラでしょ? あなたたちは殺意を持たずに、狐を、それも子供を殺せるかしら?」

 そうしてハノンはキャハハと笑う。しかし──湊斗はそれに取り合わず、カラカサの先端を、敵へと向けた。

「関係ない。お前らは──」

 その時だった。

 キィーーーンッッ!

「!?」

 突如として、ステージから、ハウリング音が響く。晴香たちのみならず、狂乱状態の人々もその音に一瞬動きを止め、ステージを見た。その時。

『ンみなっっっっっさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!』

 大音量で鳴り響いたのは、マーベラス河本の声。

「……は?」

 その言葉を漏らしたのは誰だったか。

 湊斗も、カラカサも、ハノンも、<つたう>も、そしてその場で狂乱していた人々も──ステージの上を見て唖然とした。

『皆さま皆さま静粛に! これからは僕のショーッッッターーーイム!』

 ステージに、マーベラス河本が立っていた。

 ──ふんどし姿で。

 齢50を超えても衰えぬその筋肉は雨を浴びてテラテラと輝き、マイクを片手にフレディ・マーキュリーのように拳を突き上げ、その男はなぜか──全力で歌い始めた。

『ずんっちゃっずんちゃっずんっちゃっずんちゃっ』

「……アカペラかよ」

 晴香が無表情で言い放つ中、河本の歌声が広場に響く。

『なんだかすっごく怖いけどー! オイラは全! 然! こわくない!(Why~?)』

「な、なんで……? あの人間のひと怖くないの……?」

 合いの手すら自力でこなすマーベラス河本。それを見て雨狐<つたう>は不安げな声をあげる。周囲の人々は河本のエネルギーに圧倒されているのか、立ち尽くしている。

『だって真夜中の山でクマさんと遭遇したときのほうが一億倍怖かった。なんたってなんたっておいらは全裸だったから! 全裸・だっ・たー・かーらー♪』

 ────こいつはなにを言っているんだ。

 河本が素晴らしいビブラートと共に歌い切ったその瞬間、広場全体の意識がひとつになった。狂乱のハウリングが収束し、雨狐たちすらポカンとしている。

『ずんっちゃっずんちゃっ! マーベラス! マーベラス! マベマベマーベラース(A-Ha!) マーベラス! マーベラス! マベマベマーベラース(Oh-Yeah!)』

 すべてアカペラである。合いの手も自力である。そのメンタリティを前にして最も戸惑ったのは、他でもない雨狐<つたう>本人であった。傍にいるハノンの袖を縋るように握り、<つたう>は不安そうな声をあげる。

「は、ハノン様。こわい。あいつ怖い」

「あら? あらあら?」

 しかし、相談されたハノンは冷ややかな目でそれを見下ろして。

 ──手にした鉄扇で<つたう>を殴り飛ばした。

 唖然としてステージを見上げる人々を薙ぎ倒しながら、<つたう>の身体が吹き飛ぶ。その様を見ながら、ハノンは言葉を続ける。

「おかしいなぁ、訓練が足りなかったかなぁ。あなたが恐怖を感じたら意味ないでしょ?」

「お、おい──」

 戸惑う晴香が口を開くより先に、湊斗は地を蹴った。白いレインコートを翻し、駆けだす先は地に転がる<つたう>の方──

「だめよぉ、アマノミナト?」

 しかし<つたう>に辿り着くより先に、その眼前にハノンが出現した。

「今はね、私がお説教中なの。わかる?」

「知らねぇよ!」

 怒鳴り声と共に、湊斗の蹴りがハノンへと繰り出される。勢いを乗せた蹴りはハノンの身体を捉え──通過した。

「……あら?」

 ハノンは空を見上げる。湊斗も、晴香も同じくだ。マーベラス河本の声が響く中、天気雨が弱まっていく。

「あーあ……強く殴りすぎちゃったみたい」

 気だるげに呟いたハノンの身体は、みるみる内に透明になっていく。

「……まぁいいわ。またね、アマノミナト」

「っ──おい待て! 逃げるな!」

 湊斗の叫びも虚しく、ハノンの姿は完全に透明になった。

 ──天気雨が止む。

 感情共有による過大なストレスに耐えられなかったのだろう。観客たちがバタバタと倒れ始める。ステージ上のマーベラス河本も、マイク越しに『あらぁ……?』と呟いたきり崩れ落ちた。

 広場には、湊斗と晴香だけが立ち尽くしていた──

(つづく)

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