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菊栽培の思い出 フリの天才!Yさん その②

鎌で手を切るなよと言った本人が間違って手を切ってしまった、お茶目な先輩Yさんの話の続きである。

菊農家は12月と3月はめちゃめちゃ忙しくて夜中まで残業することはよくある事だ。僕はパートのおばちゃんが選別した菊を箱に詰める係で、朝から晩まで同じ作業を繰り返す。

さすがに時間が経つにつれ動きが鈍くなるし四角い金属製の型に箱をセットして菊を入れるのだが、かがみ込む姿勢なので腰が痛くなる。疲れた表情で作業をしているとYさんがやって来た。

「苦しい時こそ伸びる。苦しいときの限界を超えてこそ、そこに成長があるんだ」

「1日中箱詰めしているので腰が痛いです」

「慣れれば大丈夫!作業のやり方がおかしいから腰を痛めるんだ。オレが手本を見せるからお前はパートのおばちゃんと一緒にあそこのベルトコンベアーから菊を流してこい!いいか?箱詰めはスピードが命だからな」

「はい、分かりました」

ガッチャン!金属の大きな音が聞こえると勢いよくYさんの箱詰めが始まった。さすが先輩、箱詰めが速い!手際良く箱を形作ると、ベルトコンベアーから流れてきた菊はもうすでに箱の中だ!ヨシッとYさんの気合いの入った声が聞こえる。

いかんいかん、Yさんを見るんじゃない。菊をしっかりと選別してこのベルトコンベアーから流すんだ!Yさんのように気合いが大事なんだな。よし、僕も頑張るぞ!

1時間後、YさんはGさんと箱詰めを交代していた。僕はGさんにYさんはどこに行ったのか聞いてみた。

「Yね?腰が痛いって言ってあっちの隅っこにいるさぁ」

本当だ。大きい作業所の隅っこで体育座りをしている。なんていうのだろう、苦酸っぱい表情をしている。

Yさんを見ているとYさんは僕に気づいたのか、右手の人差し指を腰に向けてそのあとに大きく両手でバツのゼスチャーをした。腰が痛いの合図なのだろう。

「どうしたんですか?もしかして腰を痛めたんですか?」

Yさんは、やりきった感を漂わせながらこう言った。

「午前中は外でずっと収穫作業してたからな、急に腰にきたさー。今日は早めに帰るさぁ」

えー、あれほど僕に手本を見せると言いながらもう帰るんだ。Yさんはすでに荷物をかかえ右手で腰をおさえながら車に乗ると家へ帰って行った。

完璧なフリだ。おみそれしました。Yさんのさっきのセリフが頭から離れられない。

『いいか?箱詰めはスピードが命だからな』

お見事!気合いを入れすぎて腰が痛くなってるじゃん。完璧なフリだ、一切無駄がない。

おもしろい先輩だったので今でも僕の記憶に残っています。





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