板塀を挟んだお隣のおじさんのご機嫌な歌声。
「春が来た♪春が来た♪」と歌っているのはわかる。
音程は正しい。
嗄れた声が歌うそれは「春ギター♪春ギター♪」に聞こえる。
おじさんはひとり暮らしらしい。でも時折近所の人と会話で「ケンちゃんはどうしてる？」「おう。倅は元気にしてるようだ」と答えるから天涯孤独の身の上ではないようだ。
どうやらおじさんは庭いじりの際に歌を歌うようだ。
「春が来た」の次は「夏が来れば思い出す」となり続いて「小さい秋見つけた」となる。不思議なことにここまで唱歌が続いて冬だけは「冬が来る前に」と歌って、しばらくは歌声が聞こえなくなる。
だから春になり「春ギター」が聞こえてくるとホッとする。
今年も春が来たこと。そしておじさんが元気に春を迎えたことにホッとする。
ホッとするはおかしいか？
「父さんは隣のおじさんと話する？」
「するっていうか、交番勤務のお巡りさんだからなぁ」
「マジ？」
全く気づいていない自分に驚いた。