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CHAGE & ASKA 個人的10選

全盛期からもう30年近くたったんですね、この人たち。一時期は本当に日本の音楽業界のトップオブトップって感じでしたから。今の人には「ああ、あの覚せい剤で捕まったおじさんか」くらいの認識かもしれないですが、あの時代を小学生とか中学生とかでしたが、後追いで高校くらいにチャゲアスの音楽聴いていったら、本当に名曲揃いで、今の才能ある人もここまでの音楽作れる人はほとんどいないんじゃないかな、と思ってしまうぐらいです。今回は絞りに絞って10曲ですが、ここで紹介した以外にもたくさん名曲があるので、良かったら是非。では早速行ってみましょう。


WALK (1989年)
この年でデビュー10周年の結構なベテランアーティストでしたが、垢ぬけていったタイミングと日本がバブル経済で最も豊かになっていったその時代の空気感を高いレベルで纏って体現していく稀有な存在へと脱皮していった感じがします。この曲の雰囲気も経済でアメリカの抜いた日本人の矜持みたいな自信に溢れる世界の中心みたいな、そんな儚い温度も持ち合わせていて後にも先にも二度とない時代の雰囲気が感じられる気がします。


PRIDE (1989年)
ファン投票では大抵1位になる名曲です。僕も初めは知らなかったのですが、ミュージックステーションでチャゲアス全盛期の1994年くらいにチャゲアスのファンが選ぶベスト10で1位になってASKAが「やっぱり予想通りでしたね」とか言っていたので、どんな曲かなと聞いたら納得でした。心の叫びを上品に上手くまとめたポップ職人のなせる技みたいな一品で、僕も大好きな曲です。ライブ映像でどうぞ。


水の部屋 (1989年)
個人的に一番好きなCHAGE&ASKAの曲です。全盛期のASKAの天才ぶりに圧倒されてました。ひとり違う世界で音楽を作っていたんじゃないかっていう感じです。「水の部屋」というタイトルも詩人としての感性が凄いなと感心しますし、メロディが優しくて豊かでノスタルジックで、最高ですね。


太陽と埃の中で (1991年)
SAY YESの前の代表曲ですかね。すぐSAY YESが出たからそんなに長く代表曲という感じではなかったような気もしますが、好きな曲でした。あの時代の豊かな感性と優しい風をまとったこの曲が。やっぱりCHAGE&ASKAがあの時代を作っていったんだと個人的には思ったりします。


SAY YES (1991年)
誰もが知る彼らの代表曲です。「101回目のプロポーズ」のドラマとともに大ヒットしましたね。この年の初めの「月9」が「東京ラブストーリー」で主題歌も「ラブストーリーは突然に」を小田和正が歌ってドラマ共々大ヒットしましたし、凄い時代やったんやなあって今振り返ると思ったりします。結婚式とかでもよく使われていたらしいですね。もう30年も前か、ついこの間のような気もします。


BIG TREE (1991年)
SAY YESも入ったアルバム「TREE」のタイトル曲のようなもので、昔から好きな曲です。アルバム自体は持っていませんでしたが、後のアルバムベストの「Yin&Yan」に入っていて気に入ったものです。あのアルバムも良かったですね。シングル以外でここまで名曲多いのはB’zかCHAGE&ASKAかって個人的に思ったりします。いや全盛期のCHAGE&ASKAの音楽は群を抜いていたからCHAGE&ASKAの方かな。すべてにおいて音楽シーンの頂点に君臨していた時代の彼らの勢いを感じさせる一曲となっていますが、残念ながらエルトンジョンの「Don't Let The Sun Go Down On Me」に似ている部分があるので、そこは大丈夫だったのかな、と思ったりします。


no no darlin' (1992年)
この当時の深夜眠れない時にCHAGE&ASKAが日本代表とかでヨーロッパの音楽祭に出てこの曲歌っているのを見て、「全然洋楽勢に負けていないパフォーマンスしてて凄い」と素直に感動していたのを覚えています。もう世界レベルだったのかな、他のサザンやB’zとかはひたすら国内市場向けに音楽をせっせと作っている中でCHAGE&ASKAだけは世界進出を視野に、それも普通に評価されて出ていってる、みたいに感じて日本人として少し誇りに思えたりしていました。確かに全盛期の彼らの音楽は本当にクオリティーが高くて十分世界市場に打って出てもいけたんじゃないかって個人的には思ったりしますが、どうしてか日本の音楽はなかなかアメリカやヨーロッパでは今も昔もほとんど売れないんですよね。ようわからん。いい曲多いのに。


野いちごがゆれるように (1992年)
このブルースの名曲っぽい感じがいいですね。ブルースというか、バラードの子守り歌というか。モテてきたASKAが歌うから余計に似合うと言うか。僕なんかが背伸びしても似合わないけど、頂点を極めたASKAが歌うともう降参します、みたいな。当時はASKAが作る曲に外れはないって感じで、みんな受け入れて諦めて、神様が通り過ぎるのを待っていた、そんな感じもします。


YAH YAH YAH (1993年)
もう一つの大ヒット曲。ミスチルやB’zと並んでダブルミリオンを二つ以上持っているアーティストにもなっています。「振り返れば奴がいる」という織田裕二主演の医療サスペンスドラマの主題歌にもなっていましたね。あの三谷幸喜がコメディじゃなくてシリアスで書いていて凄く面白かったドラマだったと記憶しています。織田裕二も「東京ラブストーリー」からガラッとイメージ変えてシリアスな演技してましたし。でその次の「お金がない」でまたコメディ、次はラブロマンス、で最後はあの「踊る大捜査線」、凄まじいスターでしたね、あの時代の織田裕二は。いろいろと時代を感じさせる名曲やドラマがあったんやなあと思ったりします。


Sons and Daughters~それより僕が伝えたいのは (1993年)
名盤「RED HILL」のラストを飾る一曲で、シングルにもなった名バラードです。この曲も件のヨーロッパの音楽祭に出て歌っているのをNHKとかの番組で見た記憶があります。CHAGE&ASKAで唯一買ったアルバムが「RED HILL」で当時高校1年で音楽聴き始めたばかりで、こればっかり聴いていましたね。思い出のアルバムでもあります。今でも手元に残っているのでまた今度懐かしく聞いてみようかな。


全盛期は5年くらいでしたが、本当に神レベルの名曲が多かったように思えるから、売れなくなって覚せい剤で逮捕されるとかのニュースは残念でしたね。あの当時みんなASKAの曲でかなり癒されたり元気をもらっていたりしたと思うので。時代を代表する音楽をあれだけたくさん書けた天才性も時代がたぶんミスチルなどの新しい世代によって更新されていった流れについていけなくなった、感受性が人一倍鋭いから余計に辛かったんじゃないかな、と推察したりします。でも日本の音楽史に永遠に残るであろう名曲群を生みだして人々の心に深く刻まれた事実は消えることはないと思います。日本が一番豊かで勢いのあった時代の頂点で神様と戯れることを許さたASKAの類まれなる才能に時々は酔ってみるのもいいんじゃないでしょうか。ではまた何かの10選で。

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