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あいみょんは悪くないのに

オレンジの横ラインの車体がホームに入ってくる。電車を朝、駅で迎えるのは久しぶりだ。

視界にドアが飛び込んでくる。ドアガラス越しにも定員オーバーぎりぎりなのが分かる。

ドアが開く。降りる人は少ない。乗っている人たちはボクに目線を合わせまいと↖↗↘↙へと視線を向ける。乗ってくるなと無言の圧にも感じるが、入れる余地があったので体を滑り込ませる。

東京にある疲れの80%は満員電車で生まれると思う。コロナを経て、会社に捧げる朝夕の苦行から離れた今は特にそう感じる。

背後から突然押される。反対のドアが人の波がやってきた。確保していたテリトリーはあっけなく奪われ、つま先立ちを強いられる。

電車内は静か。みんなスマホに目を落としている。聞こえるのは咳払い、舌打ち、そして電車を降りる際の「すいません」の声。東京の電車では一度では願いは聞いてもらえない。必ずボリュームとイラ立ちを増した2度目の「すいません」が上がり、人はやっと道をつくる。宗教の儀式みたいだ。

静かな電車内にあいみょんの「マリーゴールド」が流れる。スーツの男性のワイヤレスイヤホンから漏れている。あいみょんは大好きな歌手で、「マリーゴールド」も素敵な歌だが、どうしてこうも音漏れで聞こえてくると不快なのだろうか。あいみょんに全く責任はないがほんの少しだけ嫌いになる。周りにも怪訝な顔で男性を見つめる視線が複数あった。みんな、あいみょんが嫌いになってそうだ。あいみょんは悪くないのに。

殺伐とする電車内。JRでは2005年頃からトレインチャンネルと呼ばれる映像がドアの上で流れているが、いっそストレス軽減にお笑いの映像を流したらどうかとふと考える。

JR側はいろいろ配慮しチャップリンの「モダン・タイムス」を流すだろうか。それだと資本主義が嫌になって逆方向の電車に乗る人が増えるかもしれない。では爆笑問題でどうだろうか。なんだか今ならタイムマシーン3号あたりが誰も傷つけず無難だろうか。

勝手な施策を考えているうちに電車は新宿へと近づいていく。意識は妄想から現実へと戻る。周囲に意識が向くと耳から聞き慣れたギターのイントロが漏れて聞こえてくる。「マリーゴールド」だ。なんでリピートやねん。

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