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夜の蝶のお気に入り

「もう、やめようよ」

 テーブルの向こうで、真由が泣きそうな顔をした。

「綾ちゃん、友達無くすよ」

 まるで、自分が社会からはじき出されるのを怖れるみたいに、真由は必死に私を説得する。

 孤立しかけているのは、私の方だというのに。
 真由は本当に純粋ないい子だ。

「別にいいよ。真由がいれば」

 ワインを飲み、窓の外を見やる。
 眼下には、きらびやかな東京の夜景が広がっていた。

 普通の女子大生はまず来られない、高級フレンチ店。
 ここに真由を連れてくるのは四回目だ。
 最初、とまどいつつも喜んでいた彼女は、回数を重ねるにつれ、不安げな顔をするようになった。

 今日は、前菜にすら手をつけない。
 不潔なものでも見るように、皿から目を背けている。

 真由が着ているのは、薄ピンクのワンピースとファーティペット。
 ここに来る直前、無理やり買い揃えてやったものだ。
 私のかわいいお人形には、ピンクやファーがよく似合う。

 支払いは「パパ」にもらったクレジットカードを使った。もちろん、このディナーの会計も。
 一度覚えたらやめられない。
 いくらでも贅沢させてくれる、魔法のカード。

「でも、だめだよ綾ちゃん。パパ活も、友達紹介するのも、やめよう?」

 パパ活で覚えた贅沢は麻薬だった。
 ブランドのバッグに高級ディナー。
 パパたちと会うだけで、それらがふんだんに与えられる。
 ひとたび知ってしまえば、元の生活水準には戻れない。

 私は、自分は頭がいいと驕っていた。
 指一本触れさせず、若さと美貌と知性だけで、パパたちを手玉に取っていると勘違いしていた。

 でも、それは彼らの罠だったのだ。
 彼らは、私を贅沢で飼い慣らしたあと、二者択一を迫った。
 体を捧げるか、それとも友達を紹介するか、どちらかを選べ、と。

 私は後者を選択した。
 知り合いの女の子を次々パパたちに紹介し、贅沢な暮らしに染めていったのだ。

「やめない。私、真由にいい思いをさせてあげたいの」

 前菜のテリーヌをフォークで取り、真由の口元に運ぶ。
 彼女は口を引き結んでかぶりを振った。

「綾ちゃんと一緒なら、私は学食の牛丼だっておいしいよ」
「きれいごと言わないで。わかるでしょ。A5ランクの和牛と安い肉は違うのよ」

 黙り込んだ真由の口に、テリーヌをねじ込む。

「ね、おいしいでしょ? 私、真由に贅沢させてあげる」

 贅沢に慣れさせ、私から離れられなくしてあげる。
 そのためには、どれだけ他の女の子を踏みつけにしてもかまわない。

 口に入れたテリーヌを、真由はゆっくり咀嚼し、飲み下した。

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