見出し画像

Spider's web

 彼女は人気のツイッタラーだ。ごく普通の子持ちパート主婦なのに、フォロワーが一万五千人もいる。
『私は丁寧にお客様に接したい。なのに上司から仕事が遅いと叱責された。人を大切にしない店に未来はない』
 彼女のツイートは正論で弱者に寄り添うものが多く、たくさんの反応をもらっていた。うらやましいくらい何度もバズる。だが一方で、不思議なほどアンチも多かった。
『丁寧なんじゃなくて、おまえが無能なだけだろ?』『自分の無能を上司の人間性の問題にするなよ』
 彼女はかわいそうな人だった。職場ではパワハラ上司にいびられ、夫には経済DVを受けている。そして、身の上を嘆くツイートはアンチたちの餌食となった。健気で傷つきやすい彼女が、精神的に追いつめられていないか。私はフォロワーとして心配し、たびたび「応援しています」と励ましのリプを送った。
 ある日彼女が「なにもかもうまくいかない。死にたい」とツイートしたのを見て、いてもたってもいられずDMを送った。そこから彼女との個人的なやりとりが始まった。
『あなたは私が欲しい言葉をくれる。嬉しい』
 有名なツイッタラーにこんな風に頼りにされて、私はちょっと誇らしかった。そして、頻繁にやりとりをするうちに、彼女は表では言わない秘密を教えてくれるようになった。
『じつは、ずんださんにツイッターをやめろと脅迫されてるんです』
 驚いた。ずんださんは、ほっこり系の育児マンガをツイッターに載せている優しそうな人だ。
『仲良くしてくれてたのに、突然ひどいことを言われるようになって……』
 ずんださんに、そんな冷酷な裏の顔があるなんて。彼女の育児マンガが急に白々しいものに思え、私はフォローをはずした。
 実生活は不幸続き、オンラインでも誹謗中傷されるかわいそうな彼女。少しでも慰めてあげたくて、私は彼女に食料やプレゼントを送るようになった。


『つらいことが多いので、今から旅に出ます』
 ある日彼女が、新幹線のホームの写真をツイッターに載せた。
『経済DV受けてるヤツが旅行かよ』『嘘つき』『そのまま消えろ』
 いつものようにアンチがわく中、私は「楽しんできてくださいね」とリプをつけた。東京方面に向かうのだろう。静岡、三島、新横浜、そして東京駅構内。続いて上野東京ラインの写真がツイートされた。連投された写真を見て、ぞくりと背筋が粟立つ。
 ──まさか、うちに来るつもりじゃないよね?
 私はすぐにその疑念を打ち消した。彼女はいつも正論で弱者に寄り添うツイートをする人だ。新幹線に乗ってアポなしで押し掛けてくるなんて、そんな非常識なことをするはずがない。その時スマホが振動し、私は飛び上がった。震える手でツイッターを開く。彼女からのDMに、私が住むマンションの写真が添付されていた。
『今、マンションの下にいます』
 とっさに家中のカーテンを閉め「今日は実家に泊まるんです」と嘘の返事を送る。
『明日には帰ってきますか?』『お土産、直接渡したいな』『せっかく会いに来たのに』
 すべてに「ごめんなさい」と返事をした直後、玄関のドアノブがガチャリと鳴った。ドアが開かないか確認するように、何度か押し引きしたあと、ガサリとビニールの音がした。数時間後、おそるおそるドアを開けると、土産の入った袋がぶら下がっていた。


 翌日、彼女が自宅に戻ったのを確認してから、私は彼女をブロックした。ブロックから三分後、知らないアカウントからDMが届いた。
『どうしてブロックしたの? 私たち友達じゃないの?』
 怖気が毛虫のように背筋を這い上がる。返信せずにそのアカウントをブロックすると、すぐさま違うアカウントからDMが来た。
『私のことが好きだから、食料送ってくれたんじゃないの?』
 ブロックしてもブロックしても次々DMが届く。
『ひどい』『傷つきました』『あなただけは裏切らないと信じてたのに』
 ブロックを続け疲れ果てた頃、ようやく彼女からの連絡が止んだ。急に訪れた沈黙が不気味で、別のアカウントを作り彼女のツイートを見に行く。
『信じていた親友に裏切られました』『理由もなく、突然ブロックされました』『私は味方だと言っていたのは嘘だったんですね』
 ツリーには、大量のリプが並んでいた。
『かわいそう』『ひどい人がいるんですね』『どうせおまえのせいだろ』『応援しています』『消えろ』『負けないで』『死ね』『つらいですね』
 ぬるい同情の間に、言葉の棘が混じっている。私は棘の方に「いいね」をつけてまわった。


「それで、あなたはWEB上で彼女を誹謗中傷するようになった、と」
 応接テーブルの向こうで、弁護士の男性が言った。
「誹謗中傷じゃないでしょう? 私みたいに騙される人が出ないよう、働きかけただけです」
 私は身を乗り出して反論する。弁護士は黙って、気の毒そうな笑みを私に向けた。
「頭がおかしいのは彼女ですよね? 私は正しいですよね?」

気に入っていただけましたら、サポートよろしくお願いします!