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~「好き」を大事にワインを飲もう~MW Tim Hanni氏による講演会レポート

マスターオブワイン(MWと略します)をご存知でしょうか。
ワイン界において、世界最難関といわれる称号です。資格と呼んでもわかりやすいかもしれません。世界で340人くらい?しかいませんし、日本人合格者はなんと2人。凄まじい。
アメリカに拠点を置くMWのひとり、Tim Hanni氏が来日、講演をしてくださるということで、行ってまいりましたレポートになります。

講演のタイトルは、「知覚とワインの好み」「あなたが好きなワイン、でもそれは変わる」などと訳されておりましたが要領を得ないので、副題を付け直しました。私が解釈した内容を端的に示したものです。
レポート内容においても、Tim氏は英語でお話しになったので、言葉の引用においてニュアンスの違い、誤訳があったり、私なりの理解、解釈が含まれてしまうことをご了承ください。(通訳さんがいたのでかなりマシなレベルになっていると思います。)

私ワインにしか興味ないので講師の紹介等は省き、早速内容にいきたいと思います。今回はレポートということでちょっと難しめの表現を多用していますが、内容自体は非常に面白かったのでお付き合いいただければ嬉しいです。


講演の要約

まず、講演前、講演中、講演後に至るまで繰り返しおっしゃっていたのが、「私が提言する内容は、全員には認められないと思う。パニックになる人もいるかもしれないし、怒りだす人もいるかもしれない。」ということだった。
聞けば納得だったのだが、Tim氏が話す内容はまったく新しい知見であり、見方であり、時には従来の説や従来の考え方に真っ向から反発するものだった。

そして恐らく、Tim氏が最も伝えたいことは「ワインは簡単だ。難しい顔をするな。笑顔で好きに飲め。」ということだと感じた。
従来のワイン教育においては、(恐らく私レベルの素人を含め、多くの専門家が違和感を覚えているとおり)誤りが多い、ということを明言したうえで、論理的根拠のない、もしくは論理的根拠が誤った情報、エセ科学に基づいているとTim氏は指摘した。

特に、従来のワイン教育においては例えば『牡蠣とシャブリはよく合う。』といったように特定の組み合わせが推奨されてきた。この例における論理的根拠は、”シャブリが造られる畑の土壌には牡蠣の殻が含まれていて、ブドウはその土壌からミネラルを吸い上げ、それがワインの味に反映されるために親和性が高い。”というようなもので、この説における問題点は私自身も以前①の続編記事で書いたとおりである。


そしてこの従来の説に反発する新たなアプローチの構築こそ、専門家にとっても、消費者にとってもより大きな楽しみを生むとTim氏は提言した。

Tim氏は知覚の専門家だ。知覚というものは、いわゆる五感を通して我々にそのものの存在を知らしめる。”知覚できない”ものは、”存在しない”のと同じだ。
そして、一般的にワインを飲む際には、色を”見る”、香りを”嗅ぐ”、舌で”味わう”、口中で”触れる”という風に知覚している。

ワインを楽しむ際に最重要視されるのは口に入れた際の味、そして香りであることは相違ないだろう。
Tim氏は、「香りを嗅ぐ、味わう、またワインを好むという行為は、他人がするべきことだと考えるな。」と提言した。現状、多くの消費者がこれを避けたがるためだ。
原因は専門家にあるのかもしれない。難しい顔をして、難しいことを言う。
“カシスやらチェリーやら、ピラジンがどうこう…”
「クレイジーだ。」とTim氏は笑っていた。これでは一般消費者が恐れるのも無理はない。
また、Tim氏はこうも言っていた。「MWの私がこの香りがすると言ったらみんな必死になってその香りを探そうとする。だけどそれは間違いなんだ。」

Tim氏の提言の大前提として、“知覚能力には個人差がある”という事実がある。Tim氏は知覚の専門家として、遺伝学、神経学、心理学の観点から説明をしてくださった。
例えば、遺伝子によってもともと持つ味蕾の数が異なり、味を感じる強度に違いが出る。実際、たくさんの味蕾(味を感じる細胞)を持つ人はわずかな酸味を感じ取れる。反面、たくさんの酸を含むものはあまりに酸っぱすぎて食べることができない。
味覚とは異なるが、からいものが好きな人と苦手な人をイメージするとわかりやすいだろう。TV番組を観ていても、人によって”からさ”の感じ方に差異があるのは明白だ。

そして、遺伝的に決まる体質に、文化や学び、人生経験が積み重ねられ”あなた”が形成される。個人によって好みが異なるのは当然の話だ。だからこそTim氏は「No judge!!!」「好きなものを飲むといい。」と繰り返した。
「甘口ワインが好きな人?うん。あなた方が我が家にきたら絶対に甘口ワインを振舞おう。あなた方が嫌いな渋みの強いワインを美味しいから、と言って出したりはしない。」
Tim氏は講演中何度も「あなたが我が家に来た際には」、と言っては「あなたが好きなワインを出そう」とおっしゃっていた。Tim氏が伝えたいことはこの言葉に集約されていたように思う。

つまりは、何を飲んでもいいのだ。肉料理に赤ワインを合わせる必要はないし、食事と一緒にデザートワインを飲んだってかまわない。ペアリングなんて気にする必要はない。(Tim氏はそこまでおっしゃっていませんが笑)
「美味しい料理=バランスのいい料理は、あなたが好きなどんなワインともよく合う」とまとめられていた。
”注文された料理に合うワイン”より、”その客が好きなワイン”を重視しよう。まず、”客の好みを聞いてみる”ことから始めよう。”個々を理解する”のが大事なんだ。
ーーーー確かにこれは、パニックになる人も、怒りだす人もいそうだ。

感想と考察

とりあえず最初に、いま現在活躍する多くのソムリエは従来の説の問題点に気づき、独自に様々なアプローチを行い、研鑽を積んでいることを断っておく。
例えば、牛肉料理を、濃いソースを用いず食べるときに白ワインを提案された経験があるが、その最たる例であろう。従来、牛肉を食べる際には動物性の脂を流し、すっきりとさせてくれる重めの赤ワインが合うとされてきた。だが従来の説に真っ向から反発するこの提案は素晴らしかった。間違いなく私にとって新たな発見であり、幸福であった。ソムリエにとってもそうだったのではないかと邪推するが、何より一般的に受け入れられないであろう、まったく新しい提案をしたソムリエの勇気と勤勉には頭が下がる。トップ画像にはこのエピソードを採用した。

そしてやはり、Tim氏の提言は受け入れられ難いのだろうと想像する。
いまや多くのソムリエは『牡蠣とシャブリは合わない』ことを知っている。より正確に表現すれば『牡蠣に合わないシャブリもある』という言い回しになるのだが。
現在、従来においては完璧なものと考えられ、”マリアージュ”と呼ばれていた定番の組み合わせでさえも見直すべきだとされている。
そしてソムリエたちは自身の知識と経験を振り絞り、全霊を懸けて研鑽に励んだはずだ。その研鑽とは、”より高度なペアリング”であり、”より完璧なペアリング”であり、ときには”まったく新しいペアリング”だっただろう。
それを”ただ客が好きなワインを出せばいい”と言われると、反発するのが自然だ。


だが私にも思い当たる節はあるのだ。
前提として、私は比較的鋭敏な味覚と嗅覚を有しているらしい。約1ヶ月でブラインドテイスティングの正答率を75%まで上げた(師の指導が実現理由の大半を占めるが)し、ほとんどの冷凍食品、スナック菓子は食べられない。泥酔しているときに無性に食べたくなるカップラーメンは目安線の1cm上まで湯を注ぐ。これは完全に両親が原因だ。感謝しかない。

そんな味覚をしているから、"飲めないワイン"に出会うことが、ままある。
例えばあまりに酸っぱく感じたり、渋みが強すぎたり、臭すぎると感じたり、といった具合だ。
いくら"この料理に合うから"といって出されても、"飲めない"のだ。
もはや拷問である。

そんな経験がある私からすると、今回の講演でのTim氏の提言は的を射ているし、非常に有意義なものだと思う。
だが、どうにも言い方がよろしくないように思う。人によってワインの好みは違うし変わる。それは時に、料理とのペアリングより重視されるべきかもしれない。異論はない。
しかしそれ以上に、ソムリエの方々の研鑽は称賛されて然るべきだし、それを軽視するような言動は到底認められるべきではないとも感じる。

私は、現在日本に浸透してしまっている「ワインは難しい。よくわからないから頼めない。飲まない。」という風潮は我慢ならないし、何とかしたいと思っている。より多くの人に、「ワインって簡単なんだよ。とりあえず飲んでみよう!」ということを伝えたい。

だが、ワインは実際”難しい”のだ。
事実、ワインほどたくさんの銘柄があるお酒は他にはない。何十年、あるいは何百年とワインを飲み続けたとしても、まだ見ぬワインがなくなることは絶対にないだろう。常に新たな感動を与えてくれるに違いない。
ぶどう品種によって味が異なり、造る国地域によって、気候によって、土壌によって、または畑の日当たりによって、風通しによって、酵母によって、発酵期間や造り方によって、さらには熟成年数によって、味が異なる。キリがない。
「このワインが造られている畑の土壌は~質、~向きの斜面であるからして…」なんて雄弁に語りだす人を見れば私だって慄いてしまう。

しかしだからこそ、ワインの難解さ、深遠なる魅力を感じ、憑りつかれる人が後を絶たないのだろうと思う。要は両側面があるのだ。
私は、”ワインが簡単に楽しめる”ことを知ってほしい。
しかしそれと同じくらい、”ワインの難しさという魅力”も知ってほしい。

ワインは、ただの酒、ただの瓶に入った液体である。難しく考える必要などまったくない。
だが、そのただの液体の中に、人生を懸けるに値する豊かな世界が広がっているのだ。

Tim氏の提言は素晴らしい。人それぞれ知覚が違うことに着目し、”好み”に重点を置くワイン選びは極めて有用だ。
そしてそれと同じくらい、考え抜かれた料理とワインのペアリングも素晴らしい。それは時に、人それぞれの好みなど超越した感動を与えてくれるだろう。

立場の違うそれぞれが、互いを否定するのではなく、互いを尊重し、手を取り合えるような世の中になればいいなぁと呑気に願い、結ぶことにする。



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