見出し画像

母とトランプ

物忘れが目立つようになったと、近頃の母は、自分の「老い」を激しく嘆き、嫌がるようになった。

「おばあちゃんが『お母さんもオレの年になればわがる』って言ってたの今ならわがる! そのとおりだぁー!」
というセリフもそのたびに叫び、仏壇の祖母に向かってよく謝っていた。

その頃、それとは別の話で、我が家の夕食時にたびたび浮上するようになったのが「テレビつまんない問題」である。

「最近のテレビはつまんないな。お笑いかクイズばっかりだ。芸人さんも同じような人ばっかりだし。コマーシャルも多いし」

母は新聞のテレビ欄を見てもよく嘆いていた。
特番シーズンになるとさらにそれは増す。

私は母が好きそうな番組をせっせと録画して、夕食時に見せていた。NHKはCMがないから喜ばれたし、民放でも録画ならすっとばすことができる。

おかげで今どんなCMが流れているか、まったく把握していない。別に構わないが、時々話題についていけない現象が起こる。

私がせっせと録りだめていた番組も底をつき始めてきた頃。
「……いっそ、神経衰弱でもやろうかな」
そんな考えが浮かんだ。

テレビで見るものがないときは、母とトランプで「神経衰弱」でもやった方がよっぽどいいかもしれない。脳が活性化しそうだし、だらだらとテレビを見たりキドコロ寝(うたた寝)するよりはよほど有意義だ。

早速トランプを購入。
母に目的を話すと大いに賛同し、二人で「神経衰弱」を始めた。最初は肩慣らしとして、半分の量のカードで。――結構盛り上がった。

ならばと次は、「スピード」を教えてみる。
子供の頃、姉とよくやった。
自分の手札を早くなくした方が勝ちのこのゲーム。あの頃は反応が鋭かったから、格闘技のようにバババババッとカードをさばきまくっていた。

母になるべくシンプルに「スピード」のルールを説明し、ゆっくりとゲームをやってみた。

意外にも、母、ハマる。

「ちょっと待って! ちょっと待って! ちょっと……考えさせて! あははははっ」
――その日は5回くらいやっただろうか。
スピードに乗り切れないながらも、母は童心に戻ったのか、大いにはしゃいでいた。

「神経衰弱」で広範囲の記憶。
「スピード」では数字の並び、自分と相手の状況把握、手を早く動かすこと。

ちょこちょこやっていたら、いろいろ活性化しそうだ。「遊び」なのがまたいい。

「こいづいいな! 同級会でも使えそうだな!」
同級会ではおしゃべりに夢中になるから無理だと思うぞ。

とりあえず気に入ってくれて何より。
数ヶ月後には母の嘆きが減っていることを願う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?