タクシーを止めるな_

【一分連載】タクシーを止めるな!第一話「メンドクサイ客」

「このまま出して、タクシーを止めないでくれ。俺はいま追われてる」

渋谷のスクランブル交差点で信号待ちをしていると、ただでさえ人込みで入り乱れた交差点のなかで、更にグシャグシャに乱れさせる男が速足で歩いていた。
ある程度出来た人の流れをを無理やり横切っているせいである。

その男はそのままこちらに来ると思うとマスクと帽子の間から、ほぼ目元しか見えない状態でこちらに目線を合わせる。
タクシーに乗りたいのだろう。そう思って扉を開けると身を隠すように乗って来た。その男1人しか乗らないが席を詰めて運転席の真後ろに座る。

こちらに目線を合わせることもなく、バックミラーから後ろを確認することも難しい。その雰囲気から、何かから逃げているのは感じ取れる。
「どちらまでお送りいたしま...」
「とりあえず出て、いいから、どこ向かってもいいから」
「えーっと、・・それでしたら新宿方面へ...」
「このまま出して、そしてタクシーを止めないでくれ」

どこどこ方面へと言われることはあるが、ざっくりとした行き先もなくただ出してと言われることはこれが初めて。
どうすればいいか戸惑っていると

「いま追われてんだよ、俺」
「あっ、、はい、そうですか、それでは一旦」
「このまま出して」

そのやり取りの間に信号は青に変わった。
行く当てもないまま、アクセルを踏む。どうすればいいのか分からない。

「お客様、とりあえず、新宿方面で宜しいですか?」
「ああ、うん、・・・・後ろ来てる?」
「え、いや、ちょっと確認できないです」
「いや、いるんだよ!」

バックミラーを確認するが、何に追われているのかが分からない。
口調を強めた男はいまだに身体をすくめている。

「追いかけてくるのは車でですか?」
「・・・・」
「どのような人が追ってくるかは分かりませんが、走りながら後ろの」
「いいから早く行ってくれ!」

会話も成り立たない。一先ず、走りながらずっと後ろに来る車がいるかを確認するとして、新宿まではそう距離はないからそこまでの辛抱。信号待ちで心を落ち着かせる。

「なんで止まるんだよ!」
「えっ」
「止まってんじゃねぇか!」
「あ、信号は赤ですので」
「止め、、止めるなって、追われてんだって」
「そう言われましても・・・」
「・・・」

会話が成り立たないどころではないようだ。これは警察への連絡も考えなければならない。でも、こっちだって面倒は避けたい。警察への連絡して事情を聴かれたりする時間なんてもってのほか、タクシー運転手にとって大切な時間だ。

ああ、メンドクサイ客を乗せてしまった。


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