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39歳父の竹修行奮闘記 第一回「竹細工との出会い」

とあるきっかけから、2018 年4月から別府にある大分県立竹工芸訓練センターという施設で、2年間竹工芸(別府竹細工)を学ぶことになった。この連載はその一部始終をリアルタイムでオープンに記録しようという試みだ。まだ学んでいない以上、その全体像は描きようがないし、どんな紆余曲折や結末が待ち受けているか知る由もない。それでも書く。

昨今のブラック企業問題や少子高齢化問題とも関連して、今後「技能の継承」や「後継者の育成」は今より更に大きな意味合いを帯びてくるに違いない。それこそが今回「39歳父の竹修行奮闘記」という連載を始めるに至った大きな理由だ。

伝統工芸に興味がある人もない人も、気軽に楽しく読める読み物にしていきたい。一方で、今後伝統工芸の道に進もうとする人の一助となれば、という思いも込めて書く。

第一回の今回は、まず自己紹介と竹細工との出会いを簡単に記したい。どんな属性や経歴を持った人間が今回竹細工を学ぶのか、どんな経緯で竹工芸の道を選んだのかということは、今後学びの過程を記録していく上で非常に重要な情報だと思うからだ。パティシエをやっていた人が料理人を目指すのと、バスの運転手をやっていた人が料理人を目指すのでは、スタート地点や活用できる経験値が異なる、という話だ。(バスの運転手が料理人を目指すべきではない、という話では全くない、念のため)

主食は道草、蛇行と迷走

私は今年(2018年)で39歳、東京生まれ東京育ちの男性だ。大学では中国語を専攻、中国への留学も経験し、新卒では楽器メーカーに入社。その後転職を繰り返し、翻訳会社、出版社、米屋、音楽教室、豆腐の移動販売、障害者福祉施設で仕事をしてきた。履歴書に書ける資格は普通免許のみ。妻一人子供三人(11歳、7歳、8ヶ月)の5人家族で、住まいは千葉県木更津市(現在は訓練のため私一人が別府に「単身留学中」)。父はサラリーマン(現在は退職)、母はシルクフラワー(布花)作りの職人、兄はゲームクリエイター、妹は革細工の職人だ。

3歳から始め全然上達せず中学で辞めたヴァイオリンを35歳くらいから再開し、現在はプロとして音楽活動をしたりもしている。ヴァイオリン以外にも下手の横好きで、二胡、三線、リコーダー、ピアノ、トランペットなども演奏する。音楽経験が今後手先の感覚やリズム感などで竹工芸とリンクしてくるか来ないか全く不明だが、とりあえず書いておく。

竹細工との邂逅

前職の職場の裏に竹林があった。地主さんに話をしたら竹を切っていいもいいという。何も分からないままノコギリ片手に竹林に足を踏み入れた途端、この世とは違う時間が流れているような感覚が身体を襲う。眼前には車通りの多い車道があるにも関わらず、驚くほど静謐な空間。その瞬間、私の一部が「竹」と地下茎で結びついた、かもしれない。

前職では綿花を栽培し糸をつむぐというプロジェクトを行っていた。その研修で訪れた布衣風衣(ふいふうい)、築140年の古民家を移築し、老夫婦で綿花の栽培、糸つむぎ、染め、織りをすべて行っている。研修中、いつもどおり土間でお茶を飲んでいると、片隅に置かれた小さな竹製の箕(穀物をふるって、殻やごみを振り分けるための道具。都市型生活ではほとんどお眼にかからない)に眼と心を奪われた。

「モノにパワーが宿っている」

初めての感覚だった。プラスチック製の大量生産品ばかりを日用品として使っていた私には、普段使いの道具から大きなパワーが感じられるのは新鮮な驚きだった。精巧に編まれ、美しさを保ちながら、機能性を全く失わず、手になじむ道具。どこの誰のどんな手によって、こんなにも素晴らしい道具が生み出されるのだろう。興味の対象がクリアになっていく。

昨年2017年8月に千葉県鴨川市で行われた、画家の宮下昌也さんの主催するコヅカアートフェスティバルに、私はミュージシャンとして参加した。期間中の常設展示として同じく鴨川在住の稲垣尚友さんの作品が展示されていた。稲垣さんは竹細工職人でありながら、かつてトカラ列島の離島で9年暮らし、その時の経験を元に多くの著作がある。また痴報籠屋新聞というユニークなニュースレターを定期発行している。

通常の竹細工に加え、竹組み細工という竹を割り剥ぎせずに筒のまま使った彼独自の技法を駆使した椅子やテーブルなども展示され、根が付いたままの竹を使った迫力抜群の作品もあった。かつて作った道具も丁寧に写真に収められていた。ひとつひとつの道具の作りもさることながら、彼の仕事の射程の広さと懐の深さに魅了され、後日連絡をしてご自宅に会いにいった。

浅学寡聞の私のような若造の話にも熱心に耳を傾けてくれる稲垣さん。相当ハードでタフな経験をしてきたはずなのに、屈託ない表情でガッハッハと笑う稲垣さん。卓越した記憶力で正確な年月日や固有名詞が口からスラスラ出てくるが、全て地に足のついた知識で、薀蓄臭さの欠片もない。穏やかで暖かいのに、透徹した眼差しで世界をつぶさに視る稲垣さんのその眼差しに、心底あこがれた。

稲垣さんのようになりたい。

竹細工を始めるきっかけとして、ヒト・モノ・コトの全てが揃った瞬間だった。こうなったらもう動く以外に選択肢はない。

いつもご覧いただきありがとうございます。私の好きなバスキング(路上演奏)のように、投げ銭感覚でサポートしていただけたらとても励みになります。