刃物研ぎ

39歳父の竹修行奮闘記 第三回「刃も神経も研ぎ澄ませ」

4月10日は入校式(スーツ着用)、4月11日の訓練初日は「当初指導」といってオリエンテーション的な訓練校についてのルールや決まりについての説明、4月12日には訓練で使う道具についての詳細な説明があり、4月13日からいよいよ手を動かす訓練がスタート。

ちなみに訓練は朝8:30スタートで、間に5分休憩を挟みながら、午前中に50分の訓練が4回、午後に3回の計7回行われる。12時から13時は昼休みだ。通常の仕事に比べたら楽そうに感じられるかもしれないが、楽ではない。頭と身体をフルに使って8:30から15:40まで作業をした後は毎回クタクタのヘロヘロだ。

原初的仕事---刃物研ぎ

肉屋も魚屋も大工も、というか手作業を行う仕事の大半は刃物を使う。刃物を使う仕事には「研ぎ」の技術が必須となる。考えてみると、「刃物研ぎ」という仕事が生まれたのは、おそらく磨製石器が生まれたはるか昔にまで遡るわけで、刃物研ぎは衣食住の全てに関わってくる原初的かつ根源的な仕事、そして技能だったに違いない。人間の文明を下支えしてきたのは、言葉や火だけでなく、刃物であったと思えるくらいだ。

私はなぜか「刃物研ぎ」という仕事が、人類としての記憶を呼び起こすような感覚、そして遺伝子レベルでの懐かしさや親しみを感じてきた。実は竹細工もそうなのだが、個体レベルでは記憶も経験もないのに人間レベルでの懐かしさを確かに感じる。同じようなことを坂口恭平が最近書いてて感覚のシンクロを感じた。

というわけで、刃物を研ぐ。まずは切り出し小刀という道具を研ぐ練習をする。切り出し小刀は「片刃(片面だけが刃になっていて尖っている)」なので、右利きか左利きかによって刃の方向が異なっていて、研ぎ方を間違えると「両刃(両面が刃になっている)」になってしまう危険もある。原理としては木材を鉄やすりや紙やすりで表面をキメ細やかにしていく要領で、砥石に刃物をこすりつけて刃先を尖らせていく。

だがやってみれば分かるが、原理として理解できるのと、その仕事を実際に体得できるのとは全く別の話だ。逆に原理を理解していなくても技能を体得できたりするから不思議だ。やすりと同じように、砥石にもキメが荒いものとキメが細かいものがあり、荒砥、中砥、仕上げ砥の三段階で徐々にキメの細かいものを使っていく。竹細工で使う刃物では中砥と仕上げ砥の2種類が使われる。(写真左が中砥、右が仕上げ砥)

そしていよいよ研ぐ。中砥を使って、刃物を当てる角度に注意しながら(しのぎ面、つまり切れる刃の部分を水平に砥石に当てながら)前後に動かして研ぐ。裏面から刃の部分を触って、少しでも突っかかり(これを「返し」という)が感じられたら研げた証拠。仕上砥に変えて、今度は角度だけでなく、力に注意しながら(なるべく力を入れない)、「返し」がなくなるまで刃裏(しのぎ面の裏)としのぎ面を交互に研ぐ。

終わりなき旅

と方法自体を飲み込むのは難しくない。だが刃物研ぎはそれだけで仕事として成立するほど奥の深い仕事だ。私もその深奥の全容は全く見えていないが、刃物研ぎが難しい理由はいくつかある。

①肉眼を超えた手先の感覚の世界

刃物を研いでみるとわかるが、研ぐ前と研いだ後で刃先の外観に大きな変化は見られない。上述の「返し」のような指標は全て指先の感覚を頼りにしたものだ。日常生活とは全く異なる、顕微鏡レベルのミクロな縮尺での調整が行われているのだ。

②「鋭利であればそれでいい」わけではない

私も含め素人は「刃物は切れれば切れるほどいい」と単純に考えている。だが竹細工を数日やってみただけでわかるが、そんなことは断じてない。それぞれの道具や用途に合った適度な切れ味というものがある。用途からみて過剰に鋭利な刃物は怪我につながる。おお、哲学的なテーゼのようだ。

③研げば研ぐほど変わっていく

当たり前だが刃物は研ぐほど磨耗して減っていく。つまり形状がゆっくりと変わっていく。形状が変わっていく中で、その形状と用途に適した切れ味をそのつど追い求める必要がある。

私にとって刃物研ぎはいまだ「雲をつかむような仕事」である。研いだ後は確かに切れ味が復活したような感覚がある。だが日によってはそれが持続することもあれば、すぐにリバウンドしてしまうような場合もある。その原因が分からないから、とりあえずまた研ぐ。その繰り返し。原理としては理解できていても、感覚器官や関連技能が全く付いていっていない。それは一朝一夕で体得できるものではないことだけは確かだ。何であれ確かなことがあるのは心強い。

いつか雲がつかめる日を思い描きながら、原初の記憶を頼りに、今日も私はシュコシュコと刃物を研ぐ。

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