第二回

39歳父の竹修行奮闘記 第二回「日本唯一の竹細工訓練校」

訓練はいよいよひご取り(竹ひご作り)が始まった。全身筋肉痛だが、学べる喜びを毎日かみしめながら訓練に勤しむ日々。無心に手を動かすことの何と幸せなことか。訓練の様子は次回から少しずつ紹介していこうと思う。

前回は竹細工を学ぶにいたった経緯を記したが、今回は私が今学んでいる日本唯一の竹細工訓練校「大分県立竹工芸訓練センター」について。そして出願から合格までの一部始終を手短に。

日本唯一の竹工芸訓練校

大分県別府市にある大分県立竹工芸訓練センターは、現在では日本唯一の竹工芸が専門的に学べる訓練校だ。あえて「訓練校」と書き「学校」と書かなかったのには理由がある。「学校」は文部科学省管轄で「入学」「卒業」するが、「訓練校」は厚生労働省管轄で「入校」「修了」するのである。広く人間性を涵養する「教育」というよりも、分野や職種を絞った実践的な技能の「訓練」を行うわけだ。

ちなみに私が通っている訓練校の概要は以下の通り。

・名称
大分県立竹工芸訓練センター
・訓練目標
花篭、盛篭等の伝統的工芸品を中心に生活用工芸品の製作等に必要な竹材、藤材の加工および編組技術、染色塗装法に関する実技と関連知識を習得します。さらに、企業経営力、マーケティング、商品開発力、プレゼンテーション能力、アート作品の製作能力を学ぶことにより、起業し自活できる竹工芸職人の能力を身につけます
・訓練時間数
2,858時間(2年間)
・募集対象
入学年度4月1日時点の年齢が18歳~39歳の者
・募集定員
12名
・募集期間
12月1日~1月31日
・入校選考
2月中旬
・選考方法
職業適性検査、学科試験(数学)、面接の結果を総合的に判定し、合格者を決定します
・合格発表
選考の3日後
・特典
①授業料は無料
②受講手当、通所手当等を支給(公共職業安定所の受講指示を受けた方のみ)
③通校には学割適用
④技能者育成資金融資制度
⑤災害見舞金支給制度
⑥就職のあっせん
・必要経費
授業料は無料ですが、教科書および実習服等の実費(5万円程度/入校時)が必要

とまあ色々書いたが、すごく乱暴にまとめると「(雇用保険に入っていれば)月10万以上のお金をもらいながら、2年間竹細工を学べる訓練施設」ということになる。これは考えてみると驚くべきことだ。通常の大学や専門学校の場合、お金をもらうどころかむしろ少なくない学費を支払って学びにいく。それが学びに行って専門技能を身につけながら、しかもしかも毎月お金がもらえるのだ。大学の学費が基本無料の北欧の先進国ならいざ知らず、ここは日本。こんな制度があるのかと心底驚いた。収入が確保されている状況がなかったら、私は応募を決意することは絶対にできなかった。無収入で2年間生活を維持できる蓄えなどあるわけがない。

立ちはだかる壁

ただ入校を目指すに当たっていくつかネックになることがあった。

まず年齢。入校年度の4月1日時点で39歳までという年齢制限が設けられている。かつては年齢制限はなかったようだが、後継者育成という主旨に基づくと年齢制限を設ける理由は理解できる。私は今年で39歳になるので、チャンスが今回を含めて残り2回しかない、というなかなかシビアな状況だった。この年齢制限が今回の選択にあたって背中を押してくれたことは後述する。

そして入校選考。適性検査、面接はなんとかなるにしても、数学の試験があるのだ。たかが中学数学といえども侮ることなかれ。仕事で数学を日常的に使っている人や理系の大学卒業仕立ての人ならばまだしも、私はセンター試験で数学を受けたのが20年前だ。その間に数学の勉強など一度もしていない。類似問題が公開されているので試しに解いてみたが、全く解けず血の気が引いた。

さらに倍率。上記の選考に通ずることだが、毎年応募者が多く、相当数落ちる人がいる、という話を聞いていた。ある人から聞いた話では合格倍率が4~5倍とも。競争率が高い状況で、いきなりラストチャンスで臨むのはやはり避けたかったため、今年の応募を決意したのだった。

応募をしたのが昨年12月の初旬。木更津のハローワークへ赴き、願書の取り寄せをお願いする。当然かもしれないが、県外の訓練校を応募するケースはきわめて稀で、ハローワークの担当者はいつも対応に困っていた印象。「竹工芸を学ぶことでどんな就職先があるんですか?」「うーん、正社員として働くことをゴールとするなら、竹工芸を学んだところでメリットはあまりないかと」「就職を目指した訓練を行うのが訓練校です」「それは分かりますけど」「職探しはされてますか?」「いや、まだ入校もしてないし、入校できるかもわからないのに職探しですか」「あちらのインターネットも使えますので」「いやそういうことじゃなくて」といった全くかみ合わないやりとりに、制度が時代に付いて来ていない歯痒さを感じつつ、とはいえ応募ができなければ話にならない以上、基本は唯々諾々と担当者に言われるがままにきちんと振舞う。「ハロー」なんてフレンドリーでアットホームな感じがまるでない事務的な対応に、心の中で終始「そういうあなたは一般企業に転職できるだけの職能をお持ちなんですか。むしろ訓練を受けた方がいいのはあなたじゃないですか。」と毒づいでいたことはここだけの秘密だ。

そして無事願書を提出。数学の試験がとにかく不安だったので、そこから試験日の2月13日まで、問題集を使って毎日数学の問題を解くことにした。これが続かないようなら、自分の意志はその程度なわけで、入校は諦めようとも考えていた。だが数学の問題を解き始めると、これがなんとも面白い。久しく使ってなかった脳細胞が賦活する感覚に打ち震える。仕事終わりでヘトヘトであっても、毎晩楽しく問題を解く日が続く。家族も応援してくれてすごく助かった。最後の一週間は抜けがないように、スマホの数学問題アプリを使い最後の追い込み。こちらもゲーム感覚でなんだか楽しい。

そして試験当日、今年の応募者は28人、つまり倍率は2.33倍。思ったほどの倍率ではないことに安堵するも、とはいえこの中の16人が落ちるという事実は重い。気を抜くまいとまず適性検査に臨む。ありものの適性検査だが、文字認識、数学、空間認識など様々な分野の出題があり、絶対に解き終わらない量の問題を精度と速度を両立させながら解いていく。途中で「やめ」と言われるたびに、自信が削ぎ落とされていく。そして数学、こちらは準備が万全だったこともあり、おそらく満点が採れたはず。最後の問題がやはり難易度が高めだった。面接は志望動機や経歴などについてざっくばらんに話をした感じで、特に変てこな質問や妙な空気などはなかった。

そして3日後の合格発表。今か今かとネット上の該当ページの更新を待つ。幸いにして無事合格。2年間の別府での生活と竹修行が本決まりになった瞬間だった。

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