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BLM・イン・ザ・UK

ライブ・アット・ハイドパーク

主に段ボールで作ったプラカードを手にした1万人くらいの群衆が、申し訳程度のソーシャル・ディスタンスをとりながらハイドパークに集まって来ていた。ブラック・ライヴズ・マター(BLM)のデモだ。新型コロナのせいで、屋外でも6人を超える集まりは禁止。だからこの集会は基本的に違法なんだけど、結構な規模だ。黒人も白人もいる。若い人が多い。

AnyConv.com__ハイドパーク写真①

主催者側が「2メートル間をあけて!」「今は座って!」などとメガホンで怒鳴っているそばから女性2人組が「何座ってんのよ!あたしたち抗議しに来てんのよ!座ってる場合じゃないでしょ!」とアジテートして、周囲の人々がつられて立ち上がる。主催者側が「ちゃんとオーガナイズして(組織だって)やらないと!」と呼びかけると、イヤホンをした若い男性はライブ配信でもしているんだろうか、スマホに向かって「オーガナイズってのは気に食わねえ。モービライズ(動員)すべきだろうが」とぶつぶつ喋っている。

プラカードを持って立っていた女性に話を聞いてみる。

「イギリスの人種差別はアメリカに比べればずっとマシ、という人がいますが、そんなのウソです。警察に殺される人が少ないのは、ここがアメリカのような銃社会じゃないから、それだけの理由です」

AnyConv.com__ハイドパーク写真②

そう言う彼女のプラカードにはベリー・ムジンガの名前があった。
ヴィクトリア駅で働いていた黒人女性で「コロナウイルスに感染している、と主張する男に唾を吐きかけられた」と訴えた後、体調を崩し、感染が判明、亡くなった。交通警察は「監視カメラの捜査や、重要参考人の57歳の男性への事情聴取の結果、犯罪行為は確認できなかった」「男性は抗体検査で陰性だった」として捜査の終結を宣言していたのだが、この結果が信用されていない、ということなのだろう。また信用しているかどうかとは別に、呼吸器系の持病があったベリーが新型コロナへの不安を訴えていたにもかからわずフロントラインの仕事に立たされ続け、その結果新型コロナで亡くなった事実に人々は憤っていた。集会では“ジョージ・フロイド!“と並んで”ベリー・ムジンガ!“というチャントも繰り返された。

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クラクションのワケ

AnyConv.com__議会前写真①

ハイドパークのデモから3日、今度は議会前のデモを取材に行った。
前日にはハンコック保健相が「パンデミックは終わっていない。デモには行かないように」と警告していたが、これまた結構な数の人が集まり、議会前広場は埋まった。ちなみにほぼ全員がマスクをしていた。数か月前のイギリスだったらあり得ない光景だ。

話を聞いた黒人の女子学生はマーク・ダガンの名を口にした。マーク・ダガンは私が前回ロンドンに赴任していた2011年に警察に射殺され、それがロンドン市内各所でデモを引き起こした。一部は暴徒化して商店のガラスが割られ、略奪がおき、火も放たれた。9年前だが、人々は覚えているのだ。

AnyConv.com__議会前写真②

この女子学生にあえて聞いてみた。あなたやあなたの家族は差別されたことありますか?

すると彼女は当然でしょ、と言わんばかりの笑いで応じた後、

「子供の頃から、父と車に乗っていれば警察に止められたし、家は何度も落書きされましたよ。通りでウチだけ黒人家庭だったので。」
「学校では肌の色や髪の色を馬鹿にされました。みんな経験していますよ」

と一気に語った。

彼女は21歳。つまり彼女が語ったことは全部、21世紀の話だ。

デモ隊は議会前からアメリカ大使館の方向に抗議の行進を始めた。そして、とある交差点に差しかかった。人波を真正面からくらったロンドン名物ダブルデッカーバスが一台、立ち往生している。と、そのバスがクラクションを鳴らしているのに気づいた。

AnyConv.com__バス写真①

それは「邪魔だ、どけ」という鳴らし方ではなく、こちらでデモ取材をしているとよく通りすがりの車から聞こえてくる、支持を表明する鳴らし方だった。群衆も歓声で応えている。カメラをやってくれている須賀川とバスに近寄ってみた。運転席には黒人男性が座っていて、窓の外を通っていくプロテスターたちに笑顔を向けたり、手を挙げたりしながら、クラクションをプ、プ、プ、プー、と鳴らし続けていた。

そのバスと交差点をはさんで直角の位置で停まっていたフードデリバリーのバイクに乗った南アジア系のちょっと太めのドライバーも、ピッピッピーピー、とクラクションを鳴らしている。群衆はそちらにも歓声を向けていた。

AnyConv.com__バス写真②

当然だけど、みんな、わかっているのだ。ベリー・ムジンガもそうだったが、彼らこそ、この国で様々な差別にあいながら、人々の暮らしを支える仕事をしている人たちであること、そして、そんな彼らが突然猛威をふるったウイルスで死ぬ確率が最も高い人たちであることを。

死ぬのは誰だ

イギリスの国家統計局が5月に発表した数字はかなりショッキングだった。
白人男性に比べて、黒人男性が新型コロナで亡くなるリスクは4.2倍にもなる。バングラデシュ・パキスタン系は3.5倍だという。(年齢的な要素を差し引いてアジャストした値)

新型コロナで亡くなるBAME(Black, Asian, Minority Ethnic)の人たちの数が、全体の人口比に比べて明らかに多い、ということは以前から言われていたが、改めて数を突き付けられると慄然とする。(なお、イギリスでAsianというと、日本人や中国人ではなく、主に南アジア系を指します。Asian Dub Foundation のメンバーたちもそうです)

では、なぜなのか。なぜBAMEの人たちの死亡リスクは高いのか。もちろん、話は簡単ではない。(簡単な話など世の中にはほとんどない)
でも、様々な統計を見ていけば、おおまかな像はつかめる。


まず、職業。
彼らは「新型コロナの感染リスクが高い仕事」に多く就いている。

国家統計局は職業別での統計も出していて、新型コロナで亡くなる確率が高い職業をリストアップしている。

10万人あたりの死者数は、全男性の平均が9.9人なのに対し、警備員:45.7、タクシーやハイヤーの運転手:36.4、バスの運転手:26.4、介護士:23.4となっている。

みな、いわゆる「キーワーカー」あるいは「エッセンシャル・ワーカー」と呼ばれる職種だ。不特定多数の人と接触する機会が多く、またこのロックダウン中も働くことが求められた仕事。そしてこれらはまさにBAMEの人たちが多く働いている職種なのだ。

AnyConv.com__職業写真①

AnyConv.com__職業写真②

「拍手もいいけど・・・」

ではなぜこうした職業にBAMEの人たちが多く就いているのか。こちらにいると日常の光景として見慣れているが、改めて問うてみようと思った。こういう時、我々外国メディアは得でもある。イチから教えてください。

東ロンドン、ハックニーに、黒人の地位向上を訴えて活動をしてきたパトリック・ヴァーノンを訪ねた。玄関先まで出てきて、脇から裏庭に通してくれる。ウィズ・コロナの日々、インタビューの多くは裏庭など屋外で行う。

すらっとした長身。青地にゴールドの模様が入ったシャツがクールだ。

AnyConv.com__パトリック写真①

さっそく聞いてみる。どうしてキーワーカーにBAMEの人たちが多いんですか?

「第二次大戦後、労働力不足に陥ったイギリスは旧植民地に目を向けました。国を立て直すために、移民の労働力に頼ったんです。」

そう語るパトリックの両親も、1950年代にジャマイカからイギリスにやってきた。運んできた船の名前を取って「ウィンドラッシュ世代」と言われる人たちだ。

「移民たちは、当時、人員不足だった交通機関や医療機関といった仕事に多く就きました。我々が現在、当然のものとして享受している公共サービスは移民によって支えられてきたんです。」
「一方で移民たちにとってマネジメント側へのキャリアアップは一貫して困難でした。要因の一つは差別です。」
「彼らは昇進の機会をあまり与えられず、最下層の現場労働に固定されてきたんです」

そして、この移民の流れは戦後だけに留まらず、現在に至るまで続いている。70年間もだ。冒頭で少し触れた、ベリー・ムジンガも2000年に移民してきた。

イギリスが必要として招き、それに応じた人たちや、その子孫の多くがソーシャル・ラダーを登れずに、今も新型コロナの感染リスクが高い現場を担っている。

新型コロナ対応の最前線を担い「国民の英雄」と称賛されてきた公共医療サービス=NHS(National Health Service)にも、その縮図を見ることができる。

こちらのテレビで、NHSで働いていて新型コロナに斃れた人たちの何十もの顔写真がウォールのように流れる時期があったが、そのほとんどが非白人だった。NHSで働いていて新型コロナに斃れた人のうち65%がマイノリティ出身だったとの報道もあった。もともとNHS職員にマイノリティは多いが、それでも全職員に占める割合は20%だ。何らかの偏りがあるのは明らかだった。(なお、医療従事者と言うと医師や看護師を思い浮かべるかともしれないが、そのほかにも補助的な業務をする人、物を運搬する人、そして病棟の清掃をする人、などなど仕事の種類は多岐に渡る)。

自身もNHSで働いていた経験のあるパトリックは、「現場からは、PPE(マスク、ゴーグル、ガウンなどの防護具)が不十分なまま勤務をさせられた、といった声が届いている」という。それでも「BAMEはNHSでも低賃金な職種が多く、断ったらクビになるのでは。という恐れからあまり文句を言わない。声を上げない」のだと。結果、BAMEの職員がよりウイルスにさらされる仕事に、危険な状態で割り振られる確率が高くなる、と。

今はもう行われていないが、ロックダウン中、木曜日の夜8時になると、人々が戸口に出てきて拍手をしていた時期があった。最初はNHS職員に、後には拡大してキーワーカー全体への拍手となった。一見、美しい光景。でも、パトリックは痛烈だった。

「拍手もいいけど、本当に必要なのは、低スキルだとみなされているキーワーカーへの正当なリスペクトであり、正当な賃金ですよ」

AnyConv.com__パトリック写真②

「新型コロナによって、どれだけ彼らが大切なのかわかったはずです。」とパトリックは言う。新型コロナでいくつか前向きなことがあったとして、その一つがこうしたキーワーカーへのリスペクトなんだろうと思う。でも、ひとたびパンデミックが去った後、そのリスペクトが長続きするかどうかは、正直、わからない。

「ウイルスは差別しない」?

「感染しやすい職業に多く就いている」という他にもBAMEの死亡リスクが高い要素はある。「持病」だ。

黒人男性や南アジア系男性は白人男性に比べて糖尿病の有病率が高い。高齢のパキスタン系の男性は心血管系の疾患が特に多い。肥満人口の割合も、白人より黒人のほうが10ポイントほど高い(シンクタンク「財政研究所」の報告書)。これらは全て新型コロナが重症化しやすい条件だ。

「ああ、食文化ね」と片づけそうになる人もいるだろう。でもそれは早い、と議論するのは第二の都市バーミンガムにあるニューマン大学のニコル・アンドリュース講師(社会学)。彼女もブラック・カリビアン系だ。

AnyConv.com__ニコル写真

「シフト勤務、特に夜間のシフトで働いている人は食生活のリズムが乱れがちで、体重オーバーに絡む疾病になりやすい、糖尿病にもなりやすい、という研究結果が出ています」
「新型コロナで亡くなるリスクが高い職業であるタクシー運転手、介護士なども、皆そういった仕事のパターンに当てはまります」

つまり、BAMEの人々が多い職業は、ウイルスに感染しやすいだけでなく、健康を害しやすい職業でもある、という指摘だ。

また、当然ながら貧困も食生活に、ひいては健康状態に影響し、それが新型コロナを含む様々な病に対して脆弱な体を作ってしまう、とニコルは言う。

AnyConv.com__南アジア系男性写真

国家統計局によれば、貧困率の最も高い地域に住む人たちは、貧困率が最も低い地域に住む人たちと比べて、新型コロナによる10万人あたりの死者の数が2倍だった。そして、ロンドンで最も10万人あたりの死者数が多いニューハム地区(141.5人)は、ロンドンで最も白人の住民の割合が低い(29%)地区だ。イングランドでは、貧困地域に住む確率が最も高い人種はパキスタン・バングラデシュ系で、これに黒人が続く。(なおインド系は白人と同程度)。

もちろん白人の貧困層も存在し、彼らは彼らの問題を抱えている。でも非白人はより貧困に陥りやすく、結果、より健康を崩しやすく、新型コロナにも弱い、ということは歴然としている。

先述のパトリックは「差別されること」が健康に与えるインパクトの話もしていた。

「自分の経験から言っても、日常的に“お前は価値がない”“リスペクトに値しない”という扱いを受けたり、仕事のキャリアアップをブロックされたりすると、精神的に影響を受けます」
「自尊心、自信を失うことは、日々の生活に影を落とします。それによって体調を崩す場合もあるんです」

チャールズ皇太子も感染した。ジョンソン首相も感染した。“ウイルスは差別しないね”なんて言う人もいる。愚問と知りつつ、パトリックとニコル、それぞれに聞いてみた。
愚問をあえて聞くのもテレビなもので。

―ウイルスは差別しないと思いますか?

パトリック・ヴァーノン
「ウイルスそれ自体は差別しません。でもウイルスが与えるインパクトには差があります。裕福で、健康で、いろんな選択肢がある人は、生き残る可能性がより高まります」
「ウイルスはお金、地位、階級といった面での不公平を改めて白日の下にさらしたんです」
ニコル・アンドリュース
「ウイルスが差別するとは思いません。でも社会が差別するんです」
「ある人には与えられるチャンスが、他の人には与えられません。みんなウイルスにさらされているけど、あるグループは他のグループよりより高いリスクに晒されるんです」


人種差別について、ジョンソン首相は「省庁横断的な委員会を立ち上げて検証する」と表明した。ただ、同様の調査・報告は過去にも当然ながら何度も行われてきているので、野党・労働党を中心に「過去の報告が出してきた提言が実行されていないのに、また委員会か」との批判が出ている。「調査・検証もいいが、大事なのは行動だ」との声は多い。

そんなこんなが起きていても、日常は続く。

デモ隊に足止めされながらも支持のクラクションを鳴らしていたバスの運転手は、行進の最後尾が見えると、ちょっと勢いをつけてエンジンキーをひねった。さあ、仕事に戻るか、とでもいうふうに。
ライフ・ゴーズ・オン。

彼がウイルスに感染しませんように。たとえ、彼があの日受けたリスペクトの波が、時間とともに消えてしまっても。

<敬称略>

AnyConv.com__あきば写真

ロンドン支局長 秌場 聖治

報道局社会部、各種の報道番組、ロンドン支局、中東支局長、外信部デスクを経て現職。音楽好き。ドラマー。最近、ヴァン・モリソンを聴きなおしたりしてます。

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