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【東京五輪陸上競技9日目(8月7日)注目選手】

前田、鈴木、一山。女子マラソンは三者三様の特徴で世界に挑戦
メダル争いに加わるには“正しいタイミング”での思い切りが必要

 大会9日目(8月7日)は女子マラソンに前田穂南(天満屋)、鈴木亜由子(JP日本郵政グループ)、一山麻緒(ワコール)の3選手が出場する。前田は19年9月のMGCで2位に3分47秒差をつけて圧勝した選手。“夏のマラソンの強さ”は折り紙付きだ。鈴木は前回のリオ五輪など何度も代表入りしたトラックのスピードがあり、駅伝やハーフマラソンで見せる切り換え能力も高い。一山は20年3月の名古屋ウィメンズマラソンに女子単独レース日本最高で優勝。スピード持久力で押し切る力がある。特徴の異なる3人が、30℃まで上昇しそうな高温の中、どんな戦いを見せてくれるだろうか。
 レース3日前(8月4日)のオンライン会見時のコメントを中心に、どんなレース展開が期待できるかを紹介する。

●昨秋からの不調を克服できれば前田は上位候補

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▼前田穂南のマラソン全成績
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17年1月:大阪国際女子12位・2時間32分19秒
17年8月:北海道優勝・2時間28分48秒
18年1月:大阪国際女子2位・2時間23分48秒
18年9月:ベルリン7位・2時間25分23秒
19年3月:東京12位・2時間31分42秒
19年9月:MGC優勝・2時間25分15秒
21年1月:大阪国際女子2位・2時間23分30秒
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 MGCで圧勝した前田はその後も好調を持続し、昨年夏にはトラックの5000m、10000mで自己新を連発した。昨年3月に東京五輪の1年延期が決定したことを受け、スピード強化を行った成果が出た。
 だが昨年秋から前田は不調に陥り始めた。11月の駅伝も12月のハーフマラソンも、そして今年1月のマラソンも精彩を欠いた。マラソン後にしっかり休養期間を取ったが、4月の10000mは33分25秒85と低調だった。
 原因は特定できていないが、天満屋が練習拠点としていた米国アルバカーキにコロナ禍の影響で行くことができなくなり、練習で負荷のかけ方が例年と同じようにできなくなった。
 前田は入社してすぐにマラソン練習に取り組み始め、アルバカーキの練習で成長してきた部分も大きい。
「(MGC優勝以降)気持ちの面でもコントロールするのに、けっこう難しさがありました。練習も思うようにできないことも多かったです。なんとか保つことはできましたが」
 光明を見出すとすれば、状態が悪い中でも1月のマラソンを自己新記録で走っていることだ。そして5月の札幌マラソンフェスティバル(五輪テスト大会。距離はハーフマラソン)で1時間10分50秒と、上向きに転じたこと。その後の練習ではかなりよくなっている。
「(これまでの合宿なども)順調ではなかったですけど、スピードを戻していく練習をしたりして、札幌マラソンフェスティバルの時より、だいぶ自分の感覚が戻ってきたと思います」
 天満屋はシドニー五輪以降4人のマラソン代表を輩出してきたチームで、前田が5人目になる。練習メニューは選手個々で異なるが、前田が行う30kmの変化走などを見て、武冨豊監督はメダルを期待できる選手だと明言していた。
 不調のトンネルを前田が脱していれば、MGCのように中盤のハイペースを自分のリズムにして、スローペースの集団から抜け出すこともできるかもしれない。

●マラソン回数は少なくとも“経験”を力にメダルへ挑戦

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鈴木亜由子のマラソン全成績
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18年8月:北海道優勝・2時間28分32秒
19年9月:MGC2位・2時間29分02秒
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 鈴木はリオ五輪のトラック2種目の代表だったが、直前にケガをして5000mにしか出場できなかった。前年の世界陸上北京では9位と入賞に迫っていたが、リオ五輪は予選を通過できなかった。
「リオ五輪の苦い経験があったからこそ、今年は絶対にスタートラインに立つんだという思いでやってきました。この5年間の経験をしっかり生かして、いいスタート、いいゴールにできればと思う」
 オンライン会見ではリオ五輪以降に言及したが、鈴木は競技人生全般で故障に悩まされてきた。中学で全国チャンピオンになったが、高校では足の甲を手術し、全国的な活躍はできなかった。大学では故障をしない練習を継続し、世界ジュニア5000mで入賞、ユニバーシアード10000mで優勝と結果を残した。
 実業団入り後の15~17年は3年連続トラックの代表を続けた。故障に悩まされながらも、ここぞというレースで結果を出せる選手に成長していた。
 そして18年夏の北海道マラソンに初マラソンで優勝。フルマラソンは翌年のMGC(2位)と2回の経験しかないが、トラックの中距離から距離を伸ばし、故障と闘い続けた競技人生の歩み全てが、鈴木の経験として力になっている。
 オンライン会見でも「これまで自分なりの積み重ねをしてこられた」とコメントしている。
 MGC後もマラソン練習に変更を加え続け、東京五輪前もまた大きく変更した。トラックのスピードランナーということと、故障が多いタイプのため、距離的な負荷をかけることに躊躇いを持っていたが、3月の名古屋ウィメンズマラソン前に故障をしたことで、逆に距離的な部分で攻めの練習を行った。
「(MGCの後は)正直、日本代表を背負って長かったとも思いますが、自分にとっては必要な時間だった。プラスにとらえています」
 40km走の本数でいえば、これまでは3回が最多だったが、今回はその倍以上は行うことができた。
「この3カ月は本番を想定して、週末に40kmを朝7時スタートで行い、水曜日にレースペースの質の高い練習をやります。週2本の練習を(中心として)やってきました。40kmは回避する週もありましたが、予定していた回数はこなすことができた。どんな練習をしても不安はなくなりませんが、自分ができることはやってきたのかなと思います」
 マラソンの出場回数は少なくとも、鈴木が到達した今回のマラソン練習には、鈴木の競技半生が凝縮されている。持ち前のスピードに持久力が加わった鈴木は、メダルに挑戦する資格がある。

●“鬼メニュー”の理解でブレイクした一山

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一山麻緒のマラソン全成績
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19年3月:東京7位・2時間24分33秒
19年4月:ロンドン15位・2時間27分27秒
19年9月:MGC6位・2時間32分30秒
20年3月:名古屋ウィメンズ優勝・2時間20分29秒
21年1月:大阪国際女子優勝・2時間21分11秒
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 一山は「鬼メニュー」の活用の仕方を会得したことで、一段も二段も上の力をつけることに成功した。
 高校からワコールに入社した直後から、五輪4大会連続出場の福士加代子(ワコール)の後継者として育成されてきた。入社2年目の17年日本選手権で5000m、10000mともに4位。トラックでも有望な東京五輪代表候補の1人に数えられた。
 だが翌18年の日本選手権も10000m5位。
 19年にマラソンに進出し、順調に成長するかと思われたが、MGCで失敗した。
 そのタイミングで永山忠幸監督としっかり話し合うようになり、永山監督の厳しいメニューに対し前向きに取り組めるようになった。詳細は明かされていないが、自身の体調に合わせたり、練習の狙いを深く理解することで、練習がしっかり身になるようになったのだろう。
 名古屋ウィメンズに女子単独レース日本記録で優勝すると、公の場で「鬼メニュー」という言葉を使い出した。永山監督との信頼関係が強固になっていなければ言えない言葉だろう。
 鬼メニューを正しく行う精度が上がれば上がるほど、一山の力は上がる。20年夏に10000mと5000mで自己記録を更新し、今年1月の大阪国際女子マラソンではセカンド記録日本最高をマークした。
 東京五輪に向けての練習はどうだったのか。
「ポイント練習はどれも、できるかできないかギリギリのところでやってきました。永山監督から、名古屋の時よりプラスアルファの練習だから全部できなくてもいい、でもチャレンジはしようと言われていました。確実にできる練習ではなく、設定通りにできなかった練習もあります」
 決めたメニューを100%こなそうとすると、故障につながることもある。負荷の高い練習メニューを設定しながらも、幅を持たせるやり方は指導者の手腕といっていい。信頼関係が築けている選手と指導者なら、その効果は大きくなる。
 鬼メニューへの理解度が深くなっていれば、武器であるスピード持久力が上がり、名古屋のように30km以降で勝負に出られるはずだ。

 50km競歩の気象コンディションを見て、スタート時間が7:00から6:00に変更された。少しは暑さの影響が和らぐが、ハイペースで飛ばすことができる選手はいないだろう。スローな展開の中で、タイミングを見極めて一気にペースアップをする。
 どの選手もそう考えているので、先手をとれるかどうかはわからない。だからといって、ペースアップが早すぎれば、終盤で失速する。メダルを狙うのか、入賞を狙うのかによっても、そのタイミングは違ってくる。
 日本勢がメダルにからむには、思い切りの良さを正しいタイミングで発揮するしかない。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト

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