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日本選手権展望③ 男子100m注目選手たちが会見

勝ちパターンに持ち込めているのは日本新を出したばかりの山縣か?
自身の状態に言及しなかった前日本記録保持者のサニブラウン

 日本選手権(6月24~27日・大阪ヤンマースタジアム長居)開幕前日の23日に、男子100mで注目されている下記選手たちがオンライン会見した。
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山縣亮太   9秒95(+2.0) 2021/6/6
サニブラウン 9秒97(+0.8) 2019/6/7
桐生祥秀   9秒98(+1.8) 2017/9/9
小池祐貴   9秒98(+0.5) 2019/7/20
多田修平   10秒01(+2.0) 2021/6/6
※サニブラウンは千葉県内で幹事社が代表取材
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 9秒台の自己記録を持つ選手が3人以上出場する日本選手権は今大会が初めて。そして標準記録突破者が5人とトラック&フィールド種目では最も多く、そのうち最低でも2人が個人種目代表から漏れる厳しい戦いとなる。
 持ち記録が拮抗した選手たちの争いは、自身のパフォーマンスをより大きく発揮した選手が勝つことになる。

●その時々の課題に集中して力を発揮する山縣

 6月6日の布勢スプリントで9秒95(+2.0)の日本新を樹立したばかりの山縣亮太(セイコー)は、自身の勝ちパターンに持ち込んでいる。
 故障に苦しめられてきたシーズンも多いが、ロンドン五輪が開催された12年、リオ五輪の16年、そして東京五輪の21年と、オリンピックイヤーには4月の織田記念で優勝し、6月の日本選手権前に自己記録も更新している。
 その自己記録が今年は一気に伸びた。その分、体への負担は大きくなるが、9秒95を出した後はどうだったのか。
「確かに少し疲れがあって、いつもより回復に時間がかかった印象があります。布勢の日が暑く、思っていた以上に暑さにやられていました。スケジュール的にそれまで、体力的な練習ができていなかったことも影響したと思います。雨が降る可能性もあります。もっと体力的な練習もして高いレベルで安定させないと、シビアな代表争いに対処できません。その後は予定した通りに行うことができ、日本選手権をイメージした練習ができました」
 9秒95以前は新記録を出すことより、高いレベルの記録を安定して出すことが山縣の特徴だった。オリンピックやアジア大会などの国際大会でも、そこまで緊張感が大きくない試合でも10秒0台で走ってきた。陸上競技では高いレベルの記録を大会の種類に関係なく出せれば、それが強さとなる。
 山縣は以前、「その時点の課題の1つか2つに集中し、そこができれば全体の走りも良くなる」と話したことがあった。今大会に向けては「スタートしてから2次加速へのつなぎの部分」を意識してきた。
「布勢スプリントの特に決勝では、そこが課題でした。多田選手もスタートが速いのですが、自分も負けないようにしっかり出る技術的な部分に改良を加える必要があると感じてやってきました」
 勝敗を分けるポイントはどこか? という質問には「自分のレースができるかどうか、ですかね」と答えた。「1本全力で、最後行くんだ、という気持ちを持てば大丈夫だと思っています」
 山縣は自分のパフォーマンスを発揮できるパターンに、しっかりと持ち込めている。

山縣

●日本選手権2位だった17年と同じパターンの多田

 布勢スプリントで10秒01と4年ぶりの自己記録をマークした多田修平(住友電工)も、「このまま流れに乗って日本選手権で優勝したい」と、良いサイクルに入っている。
「3、4日前から寝られない日が続いている」が、前日に眠れないことはよくある。5年前の日本選手権は準決勝1組で最下位だった(10秒55・-0.3)。今回が五輪代表を狙う初の日本選手権ということで、「緊張しています。めちゃくちゃしています」というのは当たり前だろう。無理に平静を取り繕えば、かえって力みにつながるかもしれない。
 多田の課題は後半の減速が大きいこと。布勢スプリントでも後半で山縣に逆転を許した。「布勢では走り全体に力感がありました。練習して力感が、前への推進力に変わっています」
 17年に10秒07を出し、世界陸上ロンドン大会でも準決勝まで進んだ。18年にキックを強調した動きに変えて不調に陥り、日本選手権は18、19、20年と3年連続5位。技術的には17年の蹴りに戻しつつ、後半に出てしまう上体の反りへの対応などに取り組み続けた。
 今年5月のREADY STEADY TOKYOでは終盤までJ・ガトリン(米国。17年世界陸上金メダル)をリード。日本選手権で2位に入った17年も、5月のゴールデングランプリでガトリン相手に先行するレースを展開した。
 そして17年の日本選手権開催地は今回と同じ、多田の地元でもあるヤンマースタジアム長居だった。
「大阪はすごい応援をしてもらえて、自分の力になっています。2位だった17年も長居でしたが、優勝がまだありません。今年こそ、と思っています」
 17年と同じ流れに乗っている多田。自己記録を更新できなかった4年分の成長を今年発揮できれば、2位よりも上の順位を実現できる。

多田

●不安も払拭しきれていない桐生、小池、ケンブリッジ

 山縣と多田以外の選手は、明確に良いときのパターンになっているとは言いがたい。
 桐生祥秀(日本生命)は3月にヒザを痛め、スピードを上げた練習が不足していたため織田記念は3位に終わった。しかし布勢スプリントの予選で10秒01(+2.6)と復調。アキレス腱に不安があって決勝は棄権したが、日本選手権には合わせられそうだった。
 だが前日会見で「完全に治っていない状態。布勢以降、ほぼほぼ走り込みができていない」とコメント。アキレス腱が万全の状態ではないことを明かした。
 ただ、「走り込み」という言葉を使ったのは、短い距離で技術練習を行うなど、負荷を少なくすれば走れていたことを意味する。「明日(予選と準決勝)、明後日(決勝)の3本を耐えきれるようにやって、しっかり結果を残していきたい」
 前回優勝者の桐生にとって正念場の日本選手権となるが、光が見えていないわけではない。
 桐生と同学年の小池祐貴(住友電工)も、今季のレースでは織田記念2位、READY STEADY TOKYO3位、布勢スプリント3位と、会心の走りができていない。シーズンベストは布勢の10秒13(+2.0)である。
「自分の感覚的に納得できるレースは、この2年1本もない」と正直に話し、布勢スプリント後に「ウエイトの重量を重くして、使うべきところにクセをつけ、走る感覚を全体的に見直した」という。
 日本選手権という重要な試合の直前に、そこまでの変更は賭けなのではないか。
 小池は「大きな試合だから変えない、ということはなくて、前の試合で良くなかったり、ここを良くできそうだという部分があったりすれば、どんどん変えています。いつも通りのスタイルです」と、特別でないことを強調した。
 山縣の言う「その時の課題に集中する」ことと通じる部分があるのかもしれない。
 ケンブリッジ飛鳥(Nike)は今季、左大腿裏の違和感で出雲陸上、READY STEADY TOKYOと予選は組1位で通過しながら決勝を欠場した。布勢スプリントは10秒28(+2.0)で6位。山縣とは0.33秒差をつけられた。
「違和感は布勢からほとんどなくなってきています。ハムストリングが伸びない、力が入らない感覚が続いていましたが、それがなくなって走りの感覚がつかめている。不安はありますが、不安でいても仕方ありません。明日、しっかり切り換えてやっていきます」
 昨年は10秒03と自己記録を3年ぶりに更新。昨年4月から11月まで適用期間外になったため、標準記録は未突破になる。「決勝に合わせて行きますが、記録も(チャンスがあれば予選から)狙って行きます」
 日本選手権こそ桐生に惜敗したが、昨年、好調のシーズンを送ったことがケンブリッジにとっては自信になっている。
「去年の走りに近づけられるように、布勢の後は意識できていますし、意識しなくてもそういう走りができるようになってきました」
 以前は完全な後半型だったが、昨年は前傾姿勢を長く維持する走り方に変えることに成功し、桐生に対しても中盤で差がない走りができていた。リオ五輪のシーズンの日本選手権で優勝できたことも、「今回もやれるぞ、と思える。その経験は生きてきます」と、自信になっている。
 小池と同様にレースでは確認ができていないが、良かったときのパターンはしっかりとイメージできる段階まで来ている。

桐生

●調子の良し悪しには言及しなかったサニブラウン

 サニブラウンは代表取材に対し、その日行った練習の目的などは話したが、自身の状態の良し悪しは話さなかった。
――仕上がりの面で、自信はどうですか?
「本当にいつも練習でやっていることを試合で出せれば問題はないかなと思っているので。そこをしっかり集中していって、1レース1レースしっかり走っていけたらなと思います」
――仕上がりとしては、今までの日本選手権と比べてもいい状態で持ってこられた?
「うーん、どうですかね? なんせ全然レース走ってないんで。まあ走ってみなきゃわかんないですね」
 練習でやっていることを試合で出す。これはサニブラウンがずっと強調してきた部分だ。そう考えることで、余分な緊張はしないようにしているのだろう。その意味ではサニブラウンも、いつも通りのスタンスは貫いている。
 練習でできることが試合でできるか。これは永遠の課題かもしれない。絶好調で自身のパターンに持ち込めている山縣でさえも、課題としている「スタートから2次加速へのつなぎ」が本当にできるかは、本番にならなってみないとわからないという。
「意識しているポイントが何個かあって、どれがハマるかは当日の体力的なところもあるので、レースをしてみないとわかりません」
 レース本番で、練習よりも大きな力を出し、トップスピードを出す。その中で練習で行っている動きができるかは、手応えなどは感じられても、100%できる保証はない。山縣や多田に好材料があるのは確かだが、実際のところはレースの号砲が鳴って初めてわかる。
 運命のレースは25日20:30にスタートする。

TEXT by 寺田辰朗
写真提供:フォート・キシモト


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