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修論をnoteで公開してよかったこと

修論をnoteで公開するまで

修論が完成したのは去年で,学術誌に載せるように指導教官に勧められ,査読が通って2018年の春に出版されることになった。

いざ春になると,出版された学術誌3部と,自分の記事部分だけが印刷された抜き刷り30部が送られてきた。
「30部も!」と思ったが,ふと我に返る。

学術誌は全国の大学図書館などに置かれるはずで,興味のある人には読まれるはず(現代の一般茶道修練者の研究をしている人は,全国でもそれこそ30人に収まるかもしれないが)。あとはお世話になった方々に直接配れば,辛うじて読んでいただけるだろう。

紙媒体だけでなく,学術誌のサイトには論文要約のPDFも掲載された。これは「茶道 論文」とかで検索した人の目には触れるかもしれない。
そのワードで検索する人はどれだけいるのだろうか。

修論には,従来の茶道への批判のようなインタビュー内容も含まれている。私なりに(これでも)色んな人の顔色を窺いながら2年間書いてきた。

しかし実際,私の修論は,頑張って学術誌に掲載されたところで30人ぐらいにしか読まれない。「読むかもしれないごく一部の人」にビクビクしていたことに,30部の冊子を見て気付いた。

しかし本当は怯えるまでもなく,実在する茶道教室や流派への批判は目的ではなかった。

単なるお稽古事というイメージも払拭するような「お茶」が,趣味を超えて本業も侵食するような力を持った「お茶」が,この現代にはあることを残すための論文だったのだ。

つまり私の修論は,既に茶道はいいものだと思っている人よりは,茶道に触れていない圧倒的多数の人に,つまり「茶道 論文」なんかで絶対に検索しない人にこそ,読んでいただきたい内容だった。

SNSと修士論文の相性

学術誌での出版は,良くも悪くも私を後押しした。有料noteを買うためにアカウントだけ持っていたnote上で,すぐさま修論目次を作成。

noteを選んだのは,本名で発信している人が多かったから。学術誌には本名で載っている以上,ネットでも本名で公開する必要がある。Twitterも本名に変更したのはこの瞬間だ。

私のFacebookは茶道修練者の知人も多いため,まずTwitterに投下した。茶道修練者じゃない人に読んでもらえそうという理由で。

すると,noteに論文をアップするというアイデアがまず受け入れてもらえた。きっかけは以下のツイート。

論文が「コンテンツ」と呼ばれ,じわじわ拡散された数週間後,今度は論文の中身である現代茶道についての言及。

そして8月,『人工知能はなぜ椅子に座れないのか』の著者である松田雄馬さんにシェアしていただくと,学術界を中心に,1日で一気にFacebookのシェアの値が増えていた。

中身を読まないとコメントしづらいという論文の性質上,本当に中身に目を通してくださる方々の間で拡散された。
予想外に,肯定的な反応ばかりが目に入った。

修論を「デジタルコンテンツ」にするために

noteで公開した元々の修論原稿は10万字で,本1冊分になる。この論文を「デジタルコンテンツ」として読みやすくするためにしたことは,以下の通り。

■元の文章は一文が長いため,全文をリライトし短文に言い換え。
■改行をめちゃくちゃ加え,スマホでの可読性を上げる。
■もちろんマガジン機能により修論記事をまとめると、マガジンだけでもフォローしていただける。
■Kindle式に目次の項目に各記事へのリンクを貼り付け,基本的にはマガジンではなく目次をシェアする(全体が把握しやすいので)。
■全ての章を細かい節に分けてそれぞれを1ページの記事にして,長い節はさらに2記事に分けるなど,1記事を読むのにかかる時間を調整。
■論文は「全部読まないと意味わからなさそう」なイメージがあるため,1記事完結型にする。それにより記事単体でもシェアしやすく/されやすくする。
■修論を提出してからnoteで公開し始めるまでに新たに得た写真データを追加し,最新の研究結果を反映。
■Twitterで反応のあった研究対象の事例を書き下ろして追加するなど,SNSでの反応を見てデータを追加。
■全ての細かい分析を注釈に追いやり,本文だけをサーっと読んでも内容が掴めるように編集(注釈内に分析があるのは論文としては異例)。込み入った話を本文に差し込むと,離脱率が上がると予測したため。
■論文の「文字ばっかり」なイメージをどうにかするべく,各記事にヘッダ画像をつけ,章と節のタイトルを画像内にも記載。画像で記事を覚えてもらえるようにした。(章ごとに写真に写ってる茶碗を変えるなど,細かいこだわりもあります笑)
■各ページの一番下に,前後のページへのリンクと目次へのリンクを記載。(2019/01/23追記)

(その他,思い出したら追記します!)

出版された学術誌との兼ね合い

学術誌への掲載条件は「未発表の論文であること」だったため,出版されるまでは一切公開していなかった。
逆に出版後は,掲載された以下の文章(論文抄録)と全く同じものはウェブにアップできないし,していない。そのため,論文要旨を載せたいときは,学術誌のサイトにあるPDFのリンクを直接貼っている。

学術誌の募集要項には,掲載原稿を転載する場合の注意書きも載っており,転載後は「出版物を一部ご寄贈ください」とあるので,転載自体を禁じられてもいない(そしてnote自体は,献本できるような形態でもない)。

そもそも,noteに載せた内容は全文であり,中身も大改訂しているので,掲載された抄録とは別物ともいえるのだが。
(以上のルールはあくまで学術誌『アジア文化研究』に関するものであり,学術誌によって異なります。)

公開に踏み切れた理由

もちろん不安はあったが,公開に踏み切れた理由はいくつかある。

主要なインフォーマントの皆さんには,noteで公開する8ヶ月ほど前に,予め修論の製本版を一人ひとりに送っていた。文化人類学のような聞き取り調査では,研究協力者へ研究成果を見せることがお礼の代わりになっている(と思っている)からだ。

その後,複数のインフォーマントから「製本版を他の人に貸し出している」と伺い,インタビューされた本人が他の人に修論を読ませてもいることも確認できた。

研究対象となる一般の人々は,自分の発言が活字になることも,第三者に勝手に編集や分析をされることにも慣れていない。一方で私の研究対象は,茶人としてよっぽど取材慣れしており,もともとネットでの露出も多い。

私よりよっぽどお茶を発信してきたこの方々なら大丈夫だと,信用しきっていた面も多々ある。そこはインフォーマントと研究者の関係性にもよる。

インフォーマントの活動内容は個性が強く,どれだけボカしても団体が特定できてしまうため,団体名は実名で公表した。仮名でも誰か分かってしまうような内容は,逆に実名で載せておく。
そして活動に関する記述(実名部分)とインタビューを切り離し,発言は全て仮名で公開する。

これはnoteだからではなく,インタビューなどの質的研究なら,すべからく当てはまる。論文に限った話でもない。
「公開」のリスクの点では,noteも学術誌も,どの媒体でも留意すべき点は同じ。

公開した場が #noteでよかったこと

修士論文は,研究対象の決定,章構成,取材依頼,取材と謝礼,現地でのフィールドワークと撮影,執筆,編集,校正,出版決定後のやりとり,差し戻しの修正を,当然の如く一人で行う作業でした。

そのくせ,下手したら指導教官しか読んでくれない文章です。
10万字のライティングは自信にはなりましたが,修論は「ひとり弱小メディア」だと,何度も思いました。

それでも,手元にたった30部の抜き刷りしかなかったところから,noteで公開したことによって,短い期間に1,000倍以上読まれました。

すごいのは,そのほとんどが「好意的な読者」だったことです。
論文の一部分だけではなく少なからぬ記事に目を通し,論文の意図を酌んでくださる方がコメントやシェアをしてくださるnoteは,「優しいインターネット」だと実感しました。

1ヶ月かけて1〜3記事ずつ全文のリライトを進め,途中で息切れしそうになる中,ツイートやメッセンジャーでご感想をいただき最後まで更新できたこと。

「今日から新章突入です!」などと投稿するとリアルタイムで応援してもらえるという,完成してから公開する文章ではあり得ない執筆ができたこと。

拡散される度に,次なる研究対象ではと思うほどドンピシャなお茶人さん方の元に届いて知り合えたこと。

お茶会で知り合った方々が修論に興味を持ってくださり,「矢島愛子 修論」とかで検索すると出てきますよとお伝えすると,本当に読んでご感想を送ってくださること。

学術誌に掲載されていただけでは決して味わえない,リアルとネットが繋がる瞬間に何度も出会ってきました。

紙の抜き刷りを手渡すと「読まなきゃ」と思わせてしまいますが,無料noteなら,本当に読みたい方は検索してでも読んでくださいます。「修論読んでみたいです」という社交辞令が社交辞令ではなくなったのは,noteのおかげでした。


そして,2年かけて書いた文章がきちんと人に届くという,稀有な経験をできたのは全て,noteで公開したからです

今でも公開してよかったと感じていますし,本当にnoteには感謝しています。卒論や修論のような数年間かけて書き上げた文章をアップするのに,これ以上適したプラットフォームもないと思います。

弊修論を受け,卒論を公開した方がいることも伺いました。
私が何かに駆り立てられて修論を公開した経験が,誰かが温めている文章を世に送り出すきっかけになりましたら幸いです。

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「【修士論文】現代茶人の人類学」マガジン
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