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翻訳テクニック集:「品詞変換」によってスムーズな日本語にするテクニック

こんにちは。TPJのよんのすけです。

実務翻訳においては、大学受験生が行うような精読による英文和訳の手順を少なからず避けて通れませんが、単なる「英文和訳」のレベルを飛び越えて、日本語ネイティブが一から書いた文章と遜色ない自然な日本語へと訳文を仕上げなければなりません。

そこでよく使うのが、ある品詞を別の品詞に変換して表現するというテクニックです。英語の名詞を日本語では動詞で表現したり、英語の前置詞を日本語では動詞として訳出したりすることで、訳文を自然な日本語にします。

以下では、そのような品詞変換の例をいくつかご紹介します。

注:便宜上、本記事では動詞の連用形など、名詞を形容・修飾する役割を持つ語も『形容詞』と書き表しています。


形容詞→名詞

たとえば、実案件では"increased productivity"という表現をときどき見かけます。これを「向上した生産性」と訳すと、日本語としてしっくりこない場合があります。そこで、"increased"の方を「向上」と名詞化し、「生産性(productivity)」と順序を入れ替え、さらに助詞として「の」を補うと、「生産性の向上」となり、日本語として自然になります。

同様の例としては、"more/less ~"、"accelerated/slowed ~"、"successful~"などがあり、これらはそれぞれ「~の向上/低下」、「~の増加/減少」、「~の加速/減速」、「~の成功」などと訳すことができます。

形容詞→動詞

また、"(主語)provides increased productivity"という文は、「(主語)によって、生産性が向上します」のように、形容詞を動詞として訳すこともできます。これは、述部において動詞よりも名詞の方が大きな意味を持つような場合によく当てはまります。

名詞→動詞

上記の例、"(主語)provides increased productivity"の主語の部分は、「(主語)によって」だけでなく、「(主語)を使用することで」「(主語)を使用すると」などと訳すこともできます。

主語が動作名詞の場合に、"doing~"を「~することで」「~すると」と訳すのは翻訳者の方なら無意識的に行っていることだと思いますが、動作名詞に限らず、主語が機能やサービス、製品などの場合は、「~を利用して」「~を使用して」「~を使うと」「~を使えば」など、動詞を補って訳せますし、それで自然な日本語になることも多々あります。

もちろん、動詞を補わずに「~によって」や「~では」と訳す方がよい場合もありますので、適宜、状況によって使い分けていきます。

動詞→名詞

頻度は高くないものの、動詞を名詞に変えて訳す場合もあります。たとえば、"My father writes novels"を単純に英文和訳すれば「私の父は小説を書いています」になりますが、「私の父は作家です」と訳す方が適切な場合もあるでしょう。このタイプの変換は、バイオグラフィーや役職の紹介などで使えます。例を挙げると、"I'm in charge of~"を「私は~の担当者です」のように訳すケースです。

同じ文末の繰り返しを避けたい場合に、反復を回避するための選択肢として頭の隅に置いておくとよいかもしれません。

前置詞→動詞

前置詞の例は挙げるときりがなさそうなので、ここでは"with"だけ取り上げます。"with"は「で」と機械的に訳してしまいがちかもしれませんが、「で」には場所を示す意味(~において)もあります。意味が正確に伝わることが重視される実務翻訳では、「で」を使ったときに複数の解釈ができてしまう訳文にならないように注意が必要です。そこで、「with+道具/利用物」の形の場合には、「~を使用して」や「~を使って」のように動詞として訳出する方法を活用し、必要に応じてニュアンスを明確にするようにします。

もちろん、日本語の「で」も「~を使用して」の意味があるので、道具を伴う"with"を「で」と「~を使用して」のどちらで訳しても間違いとは言えない場合も多々あります。しかし、こういったニュアンスの違いを状況やお客様のニーズに応じて表現できるようにしておくことは、優れた翻訳を行ううえで必要と思います。

以上、簡単にですが品詞を変換する発想について例をご紹介いたしました。訳文がどうも日本語としてしっくりこないときに思い出してみてください。

参考文献

今回の記事に関連して2つ参考文献をご紹介します。

『英文翻訳術』著・安西徹雄(ちくま学芸文庫)

無生物主語の処理について扱った3章で、動詞を補ってやるべき場面の説明があります。また、11章では本記事では扱わなかった形容詞を副詞として訳すべき場合について説明されています。さらに13章では、本記事の「動詞→名詞」で扱った"My father writes novels"を「私の父は作家です」に訳すようなケースについて触れられています。実務翻訳を念頭において書かれたものではないものの、翻訳に役立つテクニックが満載です。

『英文読解講座』著・高橋善昭(研究社)

品詞変換を適切に行うには、文要素、文構造の正確な読み取りが欠かせません。そういった精読技術を徹底的に培うのに適しているのが本書です。本書は品詞変換をテーマとした教科書ではないものの、文と句の間の変形や、文に埋め込まれた文・句について理解することで、品詞変換を行ううえでの土台となる、英文の精読力を高められます。また、文構造の正確が不得意な方や、読解をやり直ししたい方にもおすすめです。


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