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コカトライスの秘密

(ヘッダーはウィキメディア・コモンズより)

コカトライス(コカトリス、コカドリーユとも)と呼ばれる空想上の生き物が居る。
伝承により様々な姿で言い伝えられているが、平均的な(?)容姿は以下の通りである。

●鶏の頭と体
●ドラゴンの翼
●蛇の尾(または先端が鏃型になった尾)
●黄色い羽毛

この幻獣、非常に奇妙な生まれ方をする。
何と雄鶏が産み落とした卵をヒキガエルが暖めて孵化させると生まれると言うのだ。雄鶏が産む卵には白身と黄身の別が鳴く、中には雄鶏の精液と糞が混ざったものが詰まっている…と言う説もある。そんな卵がヒキガエルに庇護される事で孵化したコカトライスは、孵化後素早く身を隠し、あっと言う間に大きくなる。そして、ヒトに危害を加えるのだ。

その視線には強烈な毒があり、睨まれた者は即死すると言うし、喉を潤したせせらぎは瞬時に毒水になると言われ、また突ついた相手を麻痺(または石化)させるとも言われる。
斯様に強力な毒を持つ事から後世、コカトライスは同じ能力を持つアフリカの怪蛇・バシリスクと同一視されるようになった。これはコカトライスの別名のひとつに【バシリコック】(バジリスクの雄鶏)と言う語がある事も関係しているらしい。
最も、一部の幻想生物研究家はこの説に強く反対している。何故なら、バシリスクは雄鶏の鳴き声を聞くと死んでしまうと言われるからだ。そしてコカトライスの頭は…これ以上は語る必要も無いだろう。
近年ではコカトライスが雄鶏の頭を持つ事に対し「バシリスクの一部が弱点である雄鶏の鳴き声を克服する為に会得した」とする説もあるそうだ。

さて、中世ヨーロッパにはこのコカトライスを巡る面白い記録がある。とある街で雄鶏が卵を産み落とした罪で公衆の面前で絞首刑に処されたのだ。勿論、雄鶏が卵を産めばコカトライス誕生に繋がる、それ故に大衆は恐怖したのだろう。

雄鶏が卵を生む?
そんなバカな話があって堪るか。
現代人ならそう思うだろう。だが、この話を与太と断ずるのは些か早い。何故ならニワトリを含むキジの仲間には、性ホルモンに関わる興味深い身体的特徴があるからだ。

一般にキジの仲間は雄の羽毛が派手で雌の羽毛は地味である。これは雌のみが抱卵・育雛する習性に関わる体質で、ひと言で言うなら外敵を欺くカムフラージュの為の適応である。
ところが、キジ類の雌は老いて子宮の機能が停止して卵が産めなくなると、体内の雄性ホルモンの分泌が過剰になり、羽毛が雄のそれに生え変わってしまうのである。
…いや、変わるのは羽毛だけでは無い。
クジャクに至っては羽毛が生え変わると、雄と同じように雌も飾り羽を広げてディスプレイするようになる。ニワトリなら雌も「コケコッコー」と時を告げるようになる。

この形質は学者の間では古くから知られていたらしく、日本の研究家が卵から生まれたキジの雛の子宮を段階的に除去する手術を行ったところ、矢張り換毛後雄の羽毛に生え変わったと言う。前述の研究家は「キジ類は元々雄になりやすい形質を持っていて、それを雌性ホルモンが抑制する事で雌雄が決まるのでは」と結論づけている。
また、キジ類の雄は非常に派手な羽毛を持つ事から、野外では雌の個体より天敵に見つかり易い。そこで「繁殖の役目を終えた雌キジは、敢えて雄の個体の羽毛に変わる事で天敵の目を引き、仔を持つ雌を護っているのでは」と提唱する御仁もおられるようだ。流石にそれは話が上手過ぎると思うが。

上記の按配で、子宮の活動が停止し雌の羽毛から雄の羽毛に生え変わってしまったと思われるニワトリが、機能停止した筈の子宮に何らかの刺激があり、卵を産み落として…と言う可能性は大いに考えられるところである。
近年もそんな例があって大騒ぎになったニュースが流れてきた。確か中国の何処かの農村での事件では無かったか…と思う。

恐らく前述の絞首刑になったニワトリも【雄鶏の羽毛に生え変わった雌鶏が卵を産んだのが騒がれた】と言うオチなのでは無いかと想像を逞しくしてみる。
現代人でさえ予備知識が無かったら驚いて大騒ぎするのだ。迷信深い中世の人々の驚きたるや想像もつかない。
同時に、どれだけ巷間でコカトライスが恐れられていたのかが垣間見えるようでもある。

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