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「ごちそうさま」

度々カムアウトしているが、ワタクシは北海道の函館市出身である。
ワタクシが青春時代を過ごした時の函館と言う街は、個人経営の飲食店や喫茶店が頑張っている反面フランチャイズの外食文化が平成・令和よりも盛んでは無かった。それこそワタクシが学生の頃の函館には、マクドナルドもモスバーガーも吉野家も無かったのである。
昔の職場で、この事を話題に出したら当時の社長に嘘つき呼ばわりされて激しくなじられた事がある。幾ら何でもマクドナルドやモスバーガーが存在しない都市など想像も出来ないと言うのである。恐らく札幌市や旭川市の限られた地域での賑わいでしか北海道の事を知らなかったんだろう。北海道とひと口に言っても広いのである。そこを踏まえずにキレられても困る。

先に【個人経営の飲食店や喫茶店が頑張っている】と書いたが、それとて店舗の数はそんなに多くなかったと記憶している。
これには理由がある。
先ずは、函館市の面積の広さに対しての建物の密度が東京程過密じゃないと言うのが挙げられる。同じ市にありながら、隣町に行くまで住宅以外は何もない道路を自転車で数十分くらい掛けて出向くなんて事も稀では無い。
もうひとつは食材の豊富さだ。北海道は牧畜・農業・漁業共に盛んであり、年中何かしらの食材が比較的安価で手に入る。そんな環境なので、基本的に食事は自宅で作って食べるもの…と言う風潮がかなり根強かった。故に外食産業は観光客向けの施設を除けば、あまり受けていなかったのでは無かろうか。
ワタクシと同世代位の人間には、割と外食の時に「わざわざカネ出して来てやった」的な雰囲気を隠さない輩が多い気がする。殊に冬になるとその傾向が強まるように思う。昭和時代の函館は、今より雪が多かったのだ。

そして、ワタクシ及びその同窓生にとっては致命的とでも言うべき【事件】があった。
例年、函館市内の各高校では卒業を控えた生徒にテーブルマナーを身に着けさせる為に、一日を費やしてレストランでマナー講習を兼ねた食事会をするのが慣わしだった。ところが、ワタクシが通う高校ではワタクシの年代の生徒のあまりの素行の悪さからレストランに迷惑がかかるとして、校長先生の鶴の一声でこのマナー講習が中止に追い込まれたのである。他の高校で同じ動きがあったかどうかは判らないが、とにかくこれが原因で、ワタクシはテーブルマナーを知らないまま社会に出る事になった。その出来事は、ワタクシの同窓生にネガティブな意味で強い影響を与えてしまったらしい。

嘗てこんな事があった。

何年か振りに帰郷した時の事だ。
旧友に連れ出されて函館市のあちこちを廻った挙句、夜遅くまで飲みにつき合わされた事がある。その時、外食をする度にワタクシが「ごちそうさま」と店員に挨拶するのを聞いて、旧友が露骨に顔を顰めた。

「こっちがわざわざカネ払って喰いに来てやってるのに、お礼言うとかバカなの?お前」

当然ながら、この旧友とはその後縁を切った。

今の函館で、嘗ての旧友と同じように考えている人間がどれだけ居るのか。それはワタクシには判らない。
ただ、近頃はラッキーピエロと言った、観光客のみならず地元住民にも愛される飲食店が隆盛しているようだから、少なくともワタクシが若かった頃とは状況が違うのではないかと思うし、そう願いたいところである。
そして、ワタクシは高校を出て本州に移り、更に上京して今に至った過程で、外食先で「ごちそうさま」とナチュラルに言えるようになったが、恐らくこれは幸いな事なのだと信じている。

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