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【蝦夷幽世問わず語り】飢饉

飢饉の事をアイヌ語で【ケムラム】と言い、飢饉を齎すカムイ(精霊)はケムラムカムイと呼ばれる。アイヌの人々は数ある邪悪なカムイでも殊にこのケムラムカムイを恐れていたようで、ウウェペケレ(昔ばなし)に登場するケムラムカムイは必ずと言って良いほどヒトを苦しめ、最後には英雄神や文化神に倒される存在として描かれる。逆に言えば飢饉に人格を与え、英雄神や文化神に退治される伝承を語り継ぐ事により、飢饉が訪れないよう願いを込めていたとも言える。

〈容姿〉
ヒトと同じ姿をしていると語られる一方で、倒したら黒い巨大な鳥に変わったと言う伝承もある(但し、巨大な黒い鳥は他の怪異の正体としても登場する事がある)。

〈性質〉
ヒトを飢えで苦しめる事を好む。また、ケムラムカムイが術をかけると山々の動物(熊、鹿、狐など)や川の魚(鮭、鱒、ウグイなど)はヒトの目に見えなくなり、目の前に獲物がいても狩る事が出来なくなる。また、ヒトが働いて倉に蓄えた食糧を奪って山中に捨てる事もある。甚だしきに至っては飢えたヒトを攫って屠り、大鍋で煮て食べてしまう。

〈備考〉
飢饉を齎す邪悪な存在としては、ケムラムカムイの他に【キナポソインカラ】("草陰から透かして見る"と言う意味)と言う妖異が知られる。姿かたちは定かでは無いが朝露のように不気味に輝く目を持つと言い、ケムラムカムイと同様にヒトの狩りの妨げをする。同類として【ペポソインカラ】("水から透かして見る")と【イワポソインカラ】("岩陰から透かして見る")と言う妖異も存在する。これらの妖異はいずれもヨモギの矢で射られると白骨化して死ぬ。


参考資料
炎の馬(萱野茂著、すずさわ書店)
アイヌと神々の物語(萱野茂著、ヤマケイ文庫)

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