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アンドロギュノスな魚

※こちらの記事は現在非公開のマガジン【アセクのたわごと】に収録されていたものを【テクパンの私説博物誌】に向けて再編集したものです


人間を始めとした哺乳類や鳥類、爬虫類、両棲類の場合、生まれ持った性別は生涯固定のもので、変える事は出来ない。然し魚類の中には敢えて性別を固定せず、生涯の間にオスになったりメスになったりする種類が少なからず居る(両棲類の一部にもこの特性を持つ種類がいるようだが、魚類の方が遥かにこうした特性を有する種が多い)。これは確実に子孫を残す為の彼等独特の生存戦略のひとつだ。


【例1】
イソギンチャクとの共生関係で有名なクマノミの仲間には、生まれたばかりの頃は全てオスで、成長しつがいになると体の大きな個体がメスになると言う種類が居る。クマノミは一夫一妻で繁殖を行うので、より大きく強い個体がメスとなる事で文字通り「強い母親」になって数多くの子孫を残せる為である。
学術的には【雄性先熟】と呼ばれる。

【例2】
日本海を中心とした海域に棲むコブダイと言う魚は、クマノミとは逆に生まれたばかりの頃は全てメスの個体しか居ない。そうして大きく成長した個体の一部がオスになるのだが、全ての個体がオスになれる訳でもないらしい。コブダイは一夫多妻、すなわち一匹のオスが複数のメスを囲んでハーレムを作る魚である。ハーレムを維持するのは並大抵の事ではなく、オスはハーレム形成に不可欠な縄張りを作る為に熾烈な争いを潜り抜けなければならない。当然より体が大きく、より強い個体がオスになり、縄張りを作り、ハーレムを形成する事になる。その為コブダイのオスは全長50センチを超えるまではメスとして卵を生み、50センチ以上(余談だが、オスのコブダイは最大で1メートル近くまで成長する)になるとオスにシフトチェンジし、熾烈な闘いを繰り広げ、生き残ったものが繁殖の機会を得る。
こちらは【雌性先熟】と呼ばれ、クマノミの雄性先熟よりも多くの魚類(ベラ、ブダイ、モンガラカワハギ、ハゼなど)で広く見られる。


【例3】
最も極端な例。
地中海近辺に棲息するペインテッド・コンバーと言うハタの仲間は、成熟するとオスメス両方の生殖機能を備え持つ【雌雄同体】の魚である。雌雄同体なので、成熟した個体が2体居れば繁殖が可能だ。しかも繁殖の際は、雌雄の役割を何度も交代しながら数時間に渡って産卵すると言われている。集団繁殖するのかどうかは定かではないが、若しも集団繁殖の習性があるならば収集がつかなくなるのでは無かろうか…と思うのは余計な心配であろうか。

以上、魚類界のアンドロギュノス達を紹介してみた。

魚類の一部の性別がファジーなのは、飽くまで子孫を確実に残す為の戦略であり、それ以上でもそれ以下でもない。魚類が地球上で繁栄を続けているのは、こうしたファジーな戦略がものを言うのだろう。逆に他の脊椎動物にこうした性質があったらどうなるのか、想像もつかない。特に人類にこのようなファジーな性転換の特質があったら、恐らく社会は大混乱に陥るだろう。
だが一方で、人類が若しも自ずと性転換が可能だったとしたら、それにより救われる人々が居るのでは無いか…と言う考えも捨てきれない。外面的な性と内面的な性との不一致に悩まされる人が減るかも知れない…等と考えるのは、あまりにもセクシャリティを傍観し過ぎで、ドライ且つ浅慮な思考であろうか。幾ら自分がアセクシュアルだからとは言え。

附記

そう言えば筒井康隆先生の短編小説で、【ヘンタイン】と言う名前の性転換用のカプセル薬が登場していたのをふと思い出した(当て字として【換性剤】と言う漢字が用いられていたかと記憶している)。服薬だけで気軽に性転換出来る時代はまだまだ当面来そうにも無いが、若しも仮に実現化に至るような事があったら…いや、これ以上考えるのは止そう。

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