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遠因

性自認は、先天的な要因によるものもあれば、後天的な要因によるものもある。
ワタクシの場合は果たしてどちらだろうか。

もし後天的な理由でアセクシュアルになったのだとしたら、何故ワタクシはアセクシュアルの自覚を得るに至ったのか。

これが、はっきりとした要因が未だに判らない。

元々ワタクシは学生時代、人間関係を良く保つのがあまり得意な方では無かった。
それを未だに引き摺っていて、人間不信とまでは行かずとも他人に心を預けるのがなかなか出来ない、況して恋愛などと言う駆け引きはワタクシには荷が重過ぎる…と言うのが、ワタクシがアセクシュアルになる至った遠因のひとつ…なのかも知れない。

それと共に、もうひとつ思い当たる節がある。
我が生まれ故郷の風土と言うか、文化と言うか(それを文化と呼んで良いのかは甚だ心許ないのだが)、青春時代の経験に起因する事である。

ワタクシの生まれ故郷は北海道・函館市である。
今はどうなのか知らないが(何しろ故郷を出て30年は過ぎているので)ワタクシが学生の時分、函館の高校生や大学生の間では【ヤラハタ】と言う言い回しが存在していた。
これは【(性行為を)やらずに二十歳を過ぎた】と言う意味が込められており、要するに二十歳過ぎて未だ童貞たる男子に対する侮蔑を含んだ語である。
ワタクシが学生の時分は、男子たるもの二十歳前に童貞を捨てる…性行為を済ます事が当たり前、半ば常識のように考えられていたのである。

自虐する訳では無いが、ワタクシは学生の頃から冴えない、女子受けの悪い外見をしていた。ワタクシの外見的特徴に関しては敢えて割愛するが、それ故にワタクシは特に中学生の頃、クラスメイトの女子にゴキブリの如く忌み嫌われていた。
そして、長じて高校生になってからは上述の【ヤラハタ】のレッテルを貼られ、クラスメイト達から嘲笑の種にされ続けてきた。

此処で性的好奇心が旺盛な少年なら、躍起になって恋人を作り同衾する事だろう。
だがワタクシは違った。思えば、ワタクシは当時から少し変わった思考回路の持ち主だったのだ…と今は思う。

(周囲からの嘲笑を撥ね退ける為だけに、貴重なリソースを恋人探しに割くのは、本当に正しい事なのか?他にすべき事がワタクシにはあるのではないか?)

そんな思いが頭をよぎったのだ。

元よりクラスメイトからは嘲笑と侮蔑の対象にされていた身、同輩の中に好きな異性の存在など見出だせる筈も無い。
斯くしてワタクシは、周囲からの【ヤラハタ】のレッテルに甘んじたまま、高校を卒業して故郷を離れたのである。

このような青春時代を過ごしたが故に色恋沙汰から足が遠のき、結果的にアセクシュアルの自覚を得るに至ったとしても、それはさして暴論でもないような気がする。

最も今思えば、物心ついた時から性自認が行方不明と言うか、そんな感じの違和感はちらほら感じていた事もまた事実である。
そんな人生の節々に【前駆症状】とでも言うべきなのか、思い当たる出来事はちらほらあった。
例えば…インターネットの世界に居場所を見つけたばかりの頃、男女間の距離の取り方が良く判らず、それ故のトラブルを幾つか経験した。
また、当時の友人に無理矢理誘われてつき合いで風俗店に足を運び、コトが済んでから物凄い虚無感と疲労を感じた事もある。勿論、快感なんて少しも抱かなかった。少なからぬ銭を無駄に使った、と言う後悔だけが残された。

それを踏まえると、矢張りワタクシには元々アセクシュアルになる素養があった、と見做すべきであろうか。

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