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【後編】長年生産性が上がらない業界のレガシーを打ち破れ! 現場力&人間力でDXに挑む東洋エンジニアリング

レガシーな働き方がいまだ多く残り、労働生産性の向上がなかなか進まぬプラント業界。こうした業界に風穴を開けようとしているのがグローバルに活躍する専業エンジニアリング大手・東洋エンジニアリングです。同社でDXの推進を担うキーパーソン、鈴木 恭孝氏瀬尾 範章氏のお二人に、その取り組みについて伺いました。

インタビュー前編では、プラント業界におけるDX推進の課題とビジョンの共有、社内共感者を増やす仕掛け作り、如何に効果的にDXを進める素地を整えてきたかについて、具体的なお話しをいただきました。後編では、瀬尾氏のご経歴を紐解きながら、DX推進に必要な人材の素養について探っていきます。

現場で苦悩した経験が、DXを担う今に生きている

―― 読者の方は、DX推進リーダーに求められる素養に関心があると思います。瀬尾さんが東洋エンジニアリングに入社されて以降のご経歴の中で印象深かったことについて教えていただけますか?

瀬尾:まだ入社3年目の2006年から2010年に世界屈指のオイルメジャー、ロイヤル・ダッチ・シェルのシンガポール子会社 シェル・イースタン・ペトロリウム社との仕事での経験が印象深いです。シェルは世界有数のオイルメジャーで、世界的に優秀な人たちが集まっているのですが、ここで私はレインバース・プロジェクトにアサインされていました。

―― レインバースとはどういうものですか?

瀬尾:エンジニアリング会社とお客様の契約形態は大きく2通りに分けられます。1つが「このプラントをこの予算でいつまでに作ってください」と一括契約するパターンです。もう1つが、受注者がオーナーの代行者としてプロジェクトを遂行・マネジメントし、発注者がコストを含めた責任を負うパターンで、コスト・レインバース契約と言います。オーナーは、アサインメンバー1人1人に高水準での業務遂行と、説明責任を常に求めます。コストプラスフィー(実費償還)契約とも言い、シンガポールのプロジェクトはこの契約でした。プロジェクト要員として派遣されたエンジニアの中には、お客様の評価によって交替させられる場合もあります。

―― それは激しいプレッシャーですね。

瀬尾:そのプロジェクトでは、オランダのオフィスで基本設計をすることになっていました。そこに当時入社3年目の私がTOYO代表として「熱応力解析のスペシャリスト」という看板を背負って派遣されたのです。あの時ほどプレッシャーを感じたことは後にも先にもありません。

後編2

―― 3年目で大役を仰せつかったわけですね。

瀬尾:恥ずかしながら、そのときTOEICの点数が515点とかでした。オランダで一緒に働く50代のベテランは、30年ずっと熱応力解析をやってきたというような超ベテランの方でした。知識、経験、能力すべてにおいて役割を全うするレベルに達していなかったのは明らかで、精神的にはかなり厳しいものがありましたが、毎日食らいついて、今でも思いだしては冷や汗が出る思いです。よくクビを切られなかったなと不思議に思っています(笑)

―― それはたしかにすごい経験ですね。

瀬尾:日本人は人件費の単価が高いんですよね。当時3年目の私ですら、シンガポールで働いているインド人エンジニアの数倍の工数単価を頂いていたんです。パフォーマンスが求められる厳しい現実に直面して、「このままではプラント業界に限らず、グローバルで生き延びることは出来ない」ことを実感して、グローバルで通用するスキルを身に着けられる大学を選び、業務を続けながら、MBAを取得することに心に決めました。

―― 厳しい環境だっただけに、その後の人生に大きく影響する学びも得られたということですね。

瀬尾:そうですね。このプロジェクトが終わったあとTOEICを受けたら870点になっていました。必死になると人間なんとかなるもんですね(笑)

―― それはすごい! 現場業務でバリバリ鍛えられたのが伝わります。

瀬尾:プラント建設とは、プロジェクトを経営することとほぼ同義になりますので、国際色豊かな複数の利害関係者を動かすには、個の人間力を鍛える必要があると考えています。今携わっているDXoTも、フィールドは違いますが、根本的なところで実は一緒だと感じています。DXoTの推進もある種のプロジェクトと捉えることができますので、社内を丁寧にモチベートしながら一人ひとり自立的に動いてもらうためには、人間同士の対話が大事となってきます。このような対話の力は、プラント建設プロジェクトを通じての経験が活かされているように思えます。

DXに必要なのは、泥臭いフォローをいとわない人

―― DXも究極的には、如何に人を動かすかということなのですね。瀬尾さんから見て、『一緒にDXを取り組む人財に求める姿勢や素養』について聞かせていただけると嬉しいです。

瀬尾:例えば、何か新しい提案をするとき、理解や共感よりも先に拒絶反応が出てしまう場合があります。そういう時にも粘り強く対応できる人間力が必要です。
この粘り強さは、けっこう泥臭いことが求められます。相手の心の機微を汲み取り、縁の下の力持ち的な役割でも不満を表に出さないような「泥臭さ」を厭わない人が貴重な戦力になります。やっぱりここにも人間力が必要な気がします。

このままでは「まずい」と思えば人は動く!

後編3

鈴木:私は、現場でちゃんと苦労した経験をしてないと、DXの推進/浸透は難しいと思っています。これからもっと気軽に「私も関わりたい」と言ってくる若手がいっぱい出てくると思います。ただ、現場で何が課題になっているのかを身をもって苦労しているということが、他の何にも変えられない大事な前提だと思うんだけど、どうだろうか。

瀬尾:少なくともエンジニアリング会社のDXを推進・実践するには、やはりプロジェクトでの経験は重要な要素になると思います。この業界のDXはAIベンダーに丸投げしてできるものではないし、それでは解決しません。業務を知ったうえで課題認識を持つ、そのうえでデジタルリテラシーを上げる――この両輪がないとできないと思います。
たとえ実戦経験が無くても、業務側の課題をしっかりと聞きだし、構造化するデザインシンキングの能力が重要です。一方、業務経験があることによるメリットとしては、業務側との会話がしやすくなります。業務改革なので、改革される側を説得しやすいなどのメリットがあります。私がマレーシアでプロジェクトエンジニアリングマネージャーを務めたとき、あれこれ色んな問題が出て、解決のために会社全体のエンジニアを巻き込まざるを得ない状態になりました。この経験を経て、共に苦労した人たちとDXoTの話題をするとき、「あれ苦労したよね」、「もうあんなこと、やりたくないよね!」といったように、同じ土俵で話ができる効果もありました。そういうところで、実務で同じ『苦労した』体験をしたという事実は、今DXoTを進めていく上で大きな後押しをもらえていると思います。

―― ベテランの意識も変わりつつありますか?

瀬尾:変わってきています。ですが、変革し続けることをカルチャーに変えるには、ベテランに限らず、全社的にもっと頑張らないとですね。

鈴木:さすがに、瀬尾の評価は厳しいですよね。ただ、理解もできます。私がDXoT推進部を担当するのはこの4月からでしたが、30数年間プラント営業の最前線だけをずっとやってきたので、実はITとかデジタルにはすごく疎いんです。だから、まず言葉がわからない。アルファベット三文字がたくさんあって判別ができないことに、これはまずいなと思い立って「JDLAのG検定(AIやディープラーニングに関する検定)」を受ける決意をして、短期間ながら猛勉強の末になんとか合格できました。これも瀬尾効果の一つですよね。
バリバリ前線を張っている我々世代が、漫然とデジタルの勉強もしないで経験だけに頼っていたら、会社は変われないし、伝承だってままなりません。だから私の一見無謀とも思われそうな挑戦に触発されて「俺も変わらなきゃ」と、少しずつ意識が変わっていけばいいと思います。

―― 鈴木さんのお話しから、日本経済を支えてきた歴史ある会社こそ、DXへの適応が難しくなると想像できます。そうした企業がDXを成功に導くために、『ベテランが変わる』大事なポイントはどのようにお考えでしょうか?

後編4

鈴木:ではおじさんを代表して私から回答しますね(笑)
おじさん自身が「今の俺じゃ駄目だ」と感じないといけないのだと思います。つまり、DX適応を諦めずに、「恥ずかしい」と思うことができれば、おじさんも自然と変わるんですよね。当社の場合は、我々世代といえども、プラントエンジニアリングの世界で経験を積んできた人財ばかりですから、技術適応力もあるし、人間力も身についている。ただ、現場での成功体験と失敗体験が見に染みついてきたから、それが習い症になって、その延長線上にしか想像力が及ばない。だけど今、東洋エンジニアリングのベテランたちは、確かに「変わらないといけない」と感じています。分からなくて恥ずかしいと感じる心がDXを勉強するエネルギーに変わります。どんどんDXを進めることで、更に「まずい、俺だけ取り残されている」みたいに感じて、勉強してもらえれば一緒になってDXoTのうねりに乗ってもらえるのだと信じています。

「正しい答え」がないことに苦しまないで

後編5

―― この記事を読まれている方には、「当社でもDXを進めないとまずい」と考えている方も多くいると思いますが、なかなか社内で話が進まない、年配の社員が耳を貸さないとか、協力しないだとか、きっとみなさんが同様の苦労に直面されるのではないでしょうか。そういったDX推進を担当して奮闘している方に向けて、お二人からそれぞれに、アドバイスをいただけるとありがたいです。

鈴木:私からは2つあります。1つ目は「DXごっこは絶対するな」ということです。若い世代もミドル世代もシニア世代も、自分でDXの必要性を感じて、その感じたことを行動に移す。私にとってのDXの必要性・テーマは「暗黙知を形式知にちゃんと変えること」と定義しています。
もう1つは、仕事のあり方を変える道具はデジタルですが、真に仕事を推進しているのは現場の力とアナログの力なのです。ドロドロとしたものに感じるかもしれませんが、これがあるから「使えるDX」ができて、会社も変わっていくのだと考えています。

―― ありがとうございます。瀬尾さんはいかがでしょうか?

瀬尾:強いて言えば、「DXには答えがない」ということでしょうかね。だからDXに取り組むリーダーには、答えがないことに苦しまないでほしい。そこで苦しむくらいなら、― 何をやらないといけないか ―を考えるのに苦しむ方がずっと意義深いと思います。唯一の正しい答えなんてありませんから、そこに迷い込むと余計に苦しみます。だから、どこかから見つけてきた借り物の答えを探すのじゃなくて、自分の組織を見て、どういう状況で、どこが問題なのかというところを探していくことになると思います。DXに真剣に取り組む限りは苦しむことからは逃げられないので、せめて健康的な苦しみ方を選んでいただくのがいいと思います(笑)

―― なるほど、苦しいことに変わりないけれど、苦しみ方を選びなさいということですね。ありがとうございました!

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DXoT部の成り立ちやこれまでのキャリア、現在の取り組みを赤裸々にお話いただいた東洋エンジニアリングの鈴木さんと瀬尾さん。
DXの世界でも「人間力」や「現場での経験」が欠かせないというメッセージは、ともするとIT技術の導入に目が向きがちである私たちの背筋が正される思いです。新しいデジタル技術に対して心理的抵抗を抱く方が多い中で、どうすれば社内関係者をうまくDX推進に巻き込んでいけるか。同社の取り組みやテクニックは、業界を問わず多くの方々の参考にして頂けるのではないでしょうか。鈴木さん、瀬尾さん、ありがとうございました!


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鈴木 恭孝(すずき やすたか)
東洋エンジニアリング株式会社 執行役員

1988年に三井物産に入社し、以来31年間一貫して、石油化学、石油・ガス、電力、鉄道、港湾、水など、さまざまな分野のプロジェクト開発業務に携わる。そのうち英国に6年間、韓国に3年間、シンガポールに4年間駐在。東洋エンジニアリングと数多くの案件で協業を経験してきた。直近ではPortek International(シンガポールに本社がある港湾運営・エンジニアリング会社)で“Portek Reborn”と銘打ち若手・中堅社員と共に経営刷新を実行。2019年8月より現職に就任し、世代の壁を克服する使命を負ってDXoT推進を管掌する。
瀬尾 範章(せお のりあき)
東洋エンジニアリング株式会社 DXoT推進部長

2004年、東洋エンジニアリング株式会社入社、配管設計部へ配属。配管設計エンジニアとして活躍後、2015年にマレーシアRAPIDプロジェクトのField Engineering Managerにアサインされ4年間務めあげる。2019年7月に現職DXoT推進部長へ抜擢。40歳を目前に社長直々の指名を受けて、本人にとって晴天の霹靂とも言える企業変革プロジェクトの推進役の任を担う。初めて耳にするDXを数か月の猛勉強で自分のものとし、Digital Transformation of TOYO(DXoT)のビジョン策定から実現に向けて、社内をモチベートしながら猛進する日々にある。


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