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【小説】 スクープ・ストライプ  vol.4

 採寸は冬夕が行う。わたしもいっしょにいた方が本当はいいのだけれど、とてもプライベートなことだし、ふたりがかりでのぞむのは違うと思っている。
 いっしょの方がいいと思うのは、わたしも杉本のおっぱいがどんなだかはっきりわかるし、そうすればある程度ブラの形もイメージできるから。
 でも、そこは冬夕に任せる。
 目的のために、大事なことを履き違えないようにしないといけないと、言い聞かせる。

「さとみちゃん。あと、これはカルテなんだけれど、好みの色とか装飾とかそういうの、書き込んでちょうだい。あ、胸囲とかも書いてるから、これは絶対にわたしたち以外には誰にも見せないからね」

 杉本が帰ったあとで、ふたりで会議をする。
「なかなか立派なおっぱいでした。アンダーとトップの差が16cmあったよね」
「おー、Dカップになるかあ」
「うん。それを見た目で、C、できればBくらいにしたいって考えてる」
「それできるの?」
「うーん。やってみる。考えたデザインの方向性は間違ってないと思う。少し時間はかかるかなー。だから、雪綺にはカラーリングを考えてもらいたい」
「オーケー。カルテと杉本を見て、だいたい、イメージはできている」
「頼もしい」
「じゃあ、生地を今日は買い出しにゆこう」
「そうだね」

 スプスプのペナントを下げ、わたしたちは帰途につく。廊下を歩いていると、男子がひとり目の前からやってくる。
 すれちがいざま、
「レズのセックスターイム」
 とつぶやいて去って行く。追いかけようとしたわたしの腕をつかむ冬夕。
「言わせておいて。レズビアンがなんだかも彼はわかっていないのよ」
 伊藤先生に鍵を返し、わたしたちは無言で校門を出る。
「ああいう、揶揄と差別に、わたしたちは戦いを挑むの」
 冬夕がこぼすようにつぶやき、それきりわたしたちは黙って歩く。
 梅雨の季節。あいにく空は曇天で、なおさら重い空気がわたしたちを包んでいたけれど、生地屋さんにくると、それはひといきで雲散される。

 これがいいんじゃない。うん、すごくいい。差し色にはこれを使おうと思って。さすが。

 手芸店はいつ来てもわくわくする。なんでもつくれそうな気分にさせてくれる。それは冬夕と手芸を始めた頃から変わらない。最初の頃はなんでもできそうな気分だけで満足していた。だから、家についても何もしないことが多かった。布地だけが重なってゆく。
 それではいけない、と思わされたのは、やっぱり冬夕の手仕事を見たからだった。
 本当に惚れ惚れするようなその手つき。運針のリズミカル。吸い付くような布地。波が収まると、あらかじめ用意されていたみたいにその作品はそこにあった。
 わたしは、冬夕の手元をいつまでも眺めていられる自信がある。それと同時に、冬夕にもわたしの手元を見てもらいたいという欲求が芽生える。
 それがわたしの技術を向上させると、今も思う。差し出されたハンカチに答える術だと考える。

 わたしたちはそれから杉本のブラをつくることに専念をした。大半は冬夕が作業をした。わたしは、ブラひものレースの装飾や、ホックの部分、そこはストライプの生地を使用する、そういった細かい作業を担う。
 なんとか夏休みの前にはそれを仕上げたかった。期末テストに差し掛かっていたので、分担しながら、結局、その時期は杉本のブラを制作するので手一杯だった。
 期末テストが終了した日、わたしたちは家庭科室にペナントをさげる。

 コンコン。
 控えめなノック。
 少し、ペナントは揺れたかもしれない。

「こんにちは」
「こんにちは、さとみちゃん。こちらに座って」
 冬夕が不織布の袋から、ラベンダー色のブラジャーを取り出す。
「えー」
 口元をおさえる杉本。
「かわいい……」
 そのひとことにほっと息をつく。
「でも、これ、わたし、入るかな」
「準備室で試着しよ」
 冬夕は杉本を隣の部屋にうながす。
 わたしは、その間、じっとして待っていた。

 やがて、はにかみながら杉本が出てくる。わたしは立ち上がって彼女を迎える。
「雪綺ちゃん、どうかな?」
「すごく、すっきりした」
「そうなの!」
 杉本は瞳を輝かせて、あとから出て来た冬夕の方を向く。
「とっても快適なの」
「よかったあ」
「なんだか、制服がひとまわり大きくなっちゃった。ぶかぶかして、おなかのあたりがすかすかするよ」
「少し、背筋も支えられると思うから、楽になるんじゃないかな? そのことを意識すると姿勢ももっとよくなるよ。向こうに鏡があるから見てみて」
 杉本は飛ぶようにそちらに向かい、左右に体を振って、全身を眺める。
「すごいね。全然違うんだもん。わたし、やせちゃったあ」
 確かに胸の印象で、体のラインの見え方も変わってくる。
「このまま、つけて帰ってもいい?」
「もちろん」
「ありがとう。えっとふたりはなんていうんだったっけ?」
「スクープ・ストライプ。スプスプ」
「スプスプ! ありがとう! きっとまたオーダーしちゃう」
「うん。夏休み中にたくさん作る予定だよ。それが出来上がったらオンラインショップもはじめるつもり」
 杉本は、きらきらした瞳でわたしたちを見る。
「すごいすごい! 絶対すごいよ! 友達に自慢しちゃう。スプスプ、すごくいそがしくなっちゃうよ」
「うふふ。嬉しい。さとみちゃん、ブラにひとこと刺繍も入れているから、あとで見てみてね。スプスプからのメッセージ」
 うん、と答えて杉本は家庭科室をステップを踏むように出てゆく。
 わたしたちはグータッチをする。

 ペナントをおろし、今日の営業を終了する。テストも終わって、ものすごい開放感に浸っている。
「打ち上げといきますか」
「そうだね。今日はどこにしますか?」
「もちろん、ムーン・コーンズ」
「トリプルスクープにしちゃおっかな」
「わたしも」

 わたしたちは、行きつけのアイスクリーム屋さんに向かう。テスト明けで、ウチの生徒でごったがえしているだろう。人気のお店だから、立ったまま、カウンター席で食べることになるだろう。フレーバーはどんな組み合わせにしようかな?
 昇降口を抜ける。強い日差しが目を射る。梅雨はもうじきあけるだろう。
 いよいよ夏休みに突入だ。
 わたしたちは、たくさんのブラをつくるつもりだ。
「雪綺、わたしもブラ、欲しくなっちゃった。つくってもらえる?」
「もちろん。あ、でもまた採寸しなくちゃだな。冬夕さんは成長期ですから」
「あー。太ったって言いたい? これからアイス食べるのに」
「全然。だって、ほら、わたしと身長いっしょになったじゃん」
 冬夕は立ち止まり、わたしの目をじっと見る。そして、
「ほんとだ」
 そう言って、手のひらでふたりの頭のてっぺんを測ってみる。
「雪綺の瞳がまっすぐ見られる。わたしね、雪綺の目の形が好きよ」
 アーモンドの瞳がまっすぐにわたしを見据える。
「え、わたしキツネ目じゃん」
「オリエンタルな瞳だよ。切れ長でとってもかっこいい」
 わたしは照れてしまって、はにかんでうつむく。冬夕の瞳がアーモンドの形で、素敵だってことを伝えそびれる。ううん、伝えなくちゃ。
 わたしは、まっすぐに冬夕の瞳を見る。
「わたしは冬夕の瞳が好き。アーモンドの瞳。憧れる」
 冬夕は、はっとした表情を浮かべる。その瞳が大きくなる。目を見据えたまま、わたしの手を取り、歩き出す。
「トリプルスクープにしなよ。わたし、おごっちゃうぞ」
「それなら、わたしも君にアイスをプレゼントしよう」
 手を繋いで、わたしたちは笑い合う。
 風がびゅう、と背中を押す。木漏れ日が細かい拍手のように揺れている。

( Ⅰ. Proudly! 終|Ⅱ. Sparkle! へ続く)

*****

<参考文献>

ハヤカワ五味『私だけの選択をする22のルール あふれる情報におぼれる前に今すべきこと』

マララ・ユスフザイ『わたしはマララ: 教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女』

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