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高瀬隼子『犬のかたちをしているもの』

第167回芥川賞受賞者で『おいしいごはんが食べられますように』の作者が第43回すばる文学賞をとった作品。
主人公は子宮に持病があり、子供が産むことにかなり抵抗のある女性で、肉体的な関係に積極的になれないと説明される。その恋人(郁也)が大学の同級生である女性(ミナシロさん)に金銭を渡して肉体関係を持っていたのだが、酔った勢いで避妊せずに妊娠させてしまう。妊娠したミナシロは子どもを持つことにかなり抵抗感を持っていて、主人公にもらってくれませんかと提案するところから物語が始まる。
文庫版の解説で奥泉光はこの作品が「リアリズム作品」であること、そして主人公にはリアリズム作品の主人公たる資格があると述べているが、小説のスタイルはそうなのだが、男女関係や家族、婚姻制度、出産、子育てというものに対して批評的な眼差しを向けている点は評価したい。主人公を失いたくないといって、腕に触れてくる郁也のずるさ(弱い自分を意識的に演じることで決断を他者に委ねる、物語の最終部分を読んでも結局主人公の孤独さだけが浮かび上がる)は許し難い。
物語の後半で祖母が危篤になり、三島まで最終の新幹線に乗り、そこからタクシーで京都まで向かう場面が描かれる。結婚という制度やそれに伴う妊娠・出産のプレッシャーから死を迎える祖母へと意識が振り切れており、非常に印象的である。自らの周囲にある訳のわからなさに振り回されている主人公に最大瞬間風速的に全てを忘れられる瞬間だったのかもしれない(それが祖母の危篤という死に直面している瞬間というのは皮肉だが)。


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