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映画『ヤクザと憲法』を観た――実名で語ることの勇気

映画『ヤクザと憲法』を観た。ヤクザを題材にしたドキュメンタリーで、2014年に東海で放送されたTV番組を再編集し、劇場公開したものだ。

■実名で表現するのには勇気がいる

実のところ、この映画の感想を述べることさえ、小心者の俺には勇気がいる。変なことを書いて、本物のヤクザを刺激しないか? 逆にヤクザを嫌う人たちを怒らせないか? 警察に睨まれることはないか? 取引先に「偏った思想の持ち主だ」と思われないか? いろんな不安が頭をよぎる。

ネットの片隅でチョチョチョイと駄文を書いているだけの俺がそうなのだから、「実名」でこの映画を作りあげたスタッフと、「実名」で取材を受けたヤクザの皆さんは単純に凄い。映画のポスターに写っている人物は、全員が本物のヤクザだ。ここからして凄い。ヤクザという存在は、良いか悪いかの2択でいえば「悪い」。おそらく本人たちもそう自覚している。だけど、凄い。悪いけど、凄いのだ。

もしも自分がどちらかの立場に属する人間だったら、名前を出してヤクザに接することができただろうか、全国の人びとに自分がヤクザだと知られることに躊躇なかっただろうか。そんな風に考えはじめると、それがとても難しいことだとわかる。偉いとか、カッコいいとかそういう話ではなく、凄い。『ヤクザと憲法』はそういう映画だ。

■今そこにいるヤクザ(以下、ややネタばれ)

映画は、大阪市西成区にあるヤクザの事務所の日常を追う。この事務所は、指定暴力団の二次団体にあたる組織のものだ。

冒頭、映し出される人物たちを観て、まず「ヤクザって年齢層が高くなっているんだな」と感じ、同時に「それでも若い人もいるんだな」と思う。

そして、部屋住み(=住み込み)のヤクザが居住スペースを案内しながら、「刑務所の中では、こういう癒しが必要なんですよ」などとネコの写真集を見せる場面で、ああそうだ。ヤクザも人間なんだと改めて知る。この序盤の序盤で、すでに引き込まれてしまう。誤解を恐れずにいえば、この案内役のヤクザが妙に愛嬌のある人で、劇場内では笑いが起きるほどだった。

愛嬌といえば、取材する側のスタッフ(おそらく監督)もそうで、ヤクザに組織図を描いてもらってる途中で「へー。『舎弟』ってもっと下の人なのかと思ってました」と割って入ったり、しばらく席を外して戻ってきたヤクザに「なんすか、『シノギ』っスか?」とドラマか何かで覚えたのであろう言葉で尋ねてみたりと、実に憎めないタイプの人だった。

そうしたなかで、この映画は「憲法」にも触れていく。

ここでいう憲法とは、日本国憲法第14条のことで、もっと具体的には

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

の部分を指す。つまり、法治国家で重んじられるべき憲法で定められた「誰も差別されない」という絶対のルールは、ヤクザにも適用されているのだろうか? と疑問を投げかけていくのだ。

しかも、取材しているヤクザの事務所というのが、ヤクザを苦しめることになる暴力団対策法が施行されるきっかけとなった事件を起こした、まさにその組織だというのだから、取材対象者たちの言葉は重い

映画のなかで「ここは撮影するな」という意味で、被写体となっている人物がカメラのレンズを自ら覆う場面が2箇所ある。1つ目の被写体はヤクザだが、2つ目は誰なのか。それがまた、問題の根深さを象徴しているようにも見える。

この疑問については、ある若いヤクザの言葉が印象的だった。

「気に食わないヤツがいて、相手も自分のことを『気に食わないヤツだ』と思っている。それでも、どちらも生きていける社会が良い社会なのではないか」

■最後の最後にひとつだけ

個人的な経験から言うと、人は清廉潔白であり続けることは難しい。間違えることもあれば、道を踏み外すこともあるだろう。「そうはなりたくない」と思っていても、「それしか選択肢がない」という状況にならないとは限らない。性善説を採る人がいるという事実がもうすでに性悪説の証明になっているのではないかと思うくらいだ。

だから、これが「己とは無関係の世界の出来事だ」とは決して思えなかった。

映画は、「(ヤクザに)謝礼を支払わない」「収録テープを事前に(ヤクザに)見せない」「モザイクは原則かけない」という約束のもとで作られたというだけあって、冷徹なまでにヤクザを中立的な立場で描いた作品だ。美化もせず過剰に貶めもせず、「ただそこにいるヤクザ」を描いていた。

ただ、ひとつだけ、本当に偉そうに言ってごめんなさいという視点から1点だけ注文をつけるとすれば、「ヤクザと子供の距離感」の描き方が気になった。それはおそらく現実ではあるんだろうけども、ここまで何度も見せる必要はなかったのではないか。ここにだけ制作者の「気持ち」が強く表れているように見えて、もったいないなぁと思いましたごめんなさい『ヤクザと憲法』は最高のドキュメンタリー映画です。

『ヤクザと憲法』公式サイト http://www.893-kenpou.com/

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