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自分の人生の主語を自分にすること

私の好きなラジオでパーソナリティを務める小説家の朝井リョウが結婚を機に語っていたことが素敵だった。

 私は誰かと一緒に生きていくことは、逆説的ですけど自分の人生の主語を自分にすることだなとすごい思っているんですよ。
 それは、夫婦とか関係なく「人と人との関係」全部に言えることだと思うんですけど、例えばAKBで総選挙っていうものがあるとして、応援するときに私は「あの子のために」っていう風に自分の考えや人生を誰かに預けるってことをした途端に、人間の関係は「不健康」なものになると思っていて......

ファン
「あなたが有名になるために、CDをたくさん買って応援します!」
アイドル
「応援してくれるファンの皆様のために、頑張ります!」」

(よく聞くフレーズだ)


こうした関係性は彼の視点では「不健康」な関係なのだそう。

なぜなら、これを続けていくと

ファン
「あなたのためにこんなに応援してきたのに、スキャンダルを起こすなんて!ファンのためにやっていたんじゃなかったのか!」
アイドル
「ファンのみんなのためにいろいろ我慢して来たのに、卒業したらついて来てくれないなんて!」

ということになる。つまり、「〇〇のために〜」を続けると「〜のに」という見返りを前提とする「不健康」な関係になってしまう。

親と子供の関係を例にすると

「あなたのためにたくさん習い事に通わせたのに、なんでことごとく途中で辞めるの!」となる。子供に対して過剰に期待した結果、勝手に失望している。でも、ここで人生の主語を自分にすると

「私はあなたに色んな世界に触れて欲しくて、自分の思いを伝えたくて通わせたの。だから辞めたとしても〜」という順接になる。何か自分の期待に沿わないこと、裏切られることがあったとしてもそこで気持ちがねじれるようなことはない。なぜなら、行動の出発点が「誰か」ではなく「自分の願望や考え」であるから。

つまり、自分の人生の主語を自分にすることは「私が〇〇したくて〜だから結果としてあなたがどうであれ〜」という見返りを前提としない「健康」な関係につながる。

朝井リョウにとっての「結婚」は、今の時代を配偶者と共に「健康」に生き延びるためだったと。

この考え方に沿うと、誰かと濃密な関係を築くことは、それだけ互いに「自分」を豊かにすることになる。

パートナーはもちろん、周りの人とこんな関係でありたい。素敵だ。

#朝井リョウ #高橋みなみ #ラジオ #大学生 #エッセイ








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