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あの車をヒッチハイク PCT-3

ヒッチハイクはアメリカのロングトレイルを歩く上で一つのイベントのようなものでもあるし、ハイキング文化の一つであるようにも感じている。
行き先を記した段ボールを掲げて、親指を立てた人が路上にいる姿を簡単に想像できるんじゃないかと思う、まさにそれだ。

ロングトレイルにおいてヒッチハイクというものは、トレイルから街へ食料補給に行く時、そして街からトレイルに戻る時の交通手段として必ず経験するだろうと思う。当然僕も、何度もヒッチハイクを経験した。
公共交通機関が全くないような田舎町へのアクセスとして有効な手段(歩けばいいのだが、トレイル以外の道はあんまり歩きたくないという心理もある)ではあるが、そこには別の大切な意味があるような気がする。ヒッチハイクをすると「なんだか旅してるなー」という実感をビシビシに感じることができたのだ。

行き先を記したてぬぐいを使用してる

そんなハイカーたちを乗せる側の心の広さは尋常じゃないと思う。トレイルから街に行く時なんて、数日間、長くて1週間くらいトレイルで汚れまくって、お世辞にも綺麗とは言えない、おそらく悪臭を放っているだろう。(日々臭いに慣れて自分では悪臭を感じないというお気楽な)僕たちハイカー。
彼らが僕たちハイカーを乗せてくれる一つの理由は、旅の物語を聞きたがっている。

「君のトレイルネームは?由来も教えてくれ」
「アメリカはどうだ」
「これまでのPCTはどうだった?」
「どこが印象に残っている?」

興味津々である。
僕たちハイカーも旅の1ページとしてヒッチハイクの思い出が残るように、彼らの人生の1ページにもまた、ロングトレイルというよくわからない行為をしている、なんだかCrazyな人の手助けをしたという、ヘンテコな思い出が刻まれているのかもしれない。

ロングトレイルをする上で、英語が話せる必要があるか?と聞かれることがある。
僕の答えは絶対にYESだ。
でも、めちゃくちゃ勉強をしないといけない。みたいな考えは必要ない。
とにかく、コミュニケーションが取れればいい。
別に発音なんて気にしなくていいし、わからない単語は調べればいい。
伝わればいいいのだ。
旅はビジネスじゃない。お互いになんとなくでも気持ちを通じ合おうという気持ちがあれば、言語の壁はさらりと越えれいける。

英語が話せないから。。ともじもじしていたら、目の前に転がりまくっているいろいろな楽しさやチャンスの種を見過ごしてしまう。
実際に僕も英語を話せるかといわれたら非常に怪しい。
でも、自信を持って
「英語を話すことに抵抗がない」と言える。これはとても大切なことだ。

初めの頃、ヒッチハイクの車内でもじもじして、景色を眺めるだけになったこと、トレイルで何も話せず相手に悲しい顔をされたこと、そんな経験が僕を成長させてくれたのだと思う。

車のトランクに突っ込まれた僕とバックパック

では、僕の記憶に残っているヒッチハイクの話を一つしたいと思う。
シエラセクションに入り立ての頃だろうか、ある街に滞在し食料補給を済ませた僕は、当然のように道路に向かって親指を立てていた。
1時間ほど立っても全く誰も止まってくれない。よくあることだ。

少し飽きてきた僕は、同じようにヒッチハイクをしようとしている女性ハイカーが近くにいることに気づいた。これはロングトレイルヒッチハイクあるあるなのだが、女性がヒッチハイクすると成功率が格段に上がると言われている。世の中とは、そういうものなのだろう。

「なかなか車が止まってくれないよ」
「ここは私に任せて、少し休んでて」

行き先が同じだった僕たちはヒッチハイクを交代しながら継続することにした。彼女も一人で知らない人の車に乗り込むのは怖いから、僕と彼女は利害関係が一致するちょうどいいチームになったわけだ。

僕は日陰に行き、少し休んだ。とにかく暑く、1秒でも早くトレイルにもどりたいなーなんて考えていると

「成功したよー」

とものの10分くらいで戻ってきた彼女、あるあるは本当にあるあるだ。

彼女についていくとそこにはテスラが止まっていた。
あの高級車、テスラだ。後部座席にはなんだか小綺麗でかっこいい犬が乗っていた。
テスラおじさんは彼女を助手席にエスコートし、僕は後部座席に自分で乗り込んだ。(テスラおじさんは僕を邪魔者のような目で見ていた)

高級そうな時計を身につけている、明らかに成功者であるテスラおじさん。
それから彼は、自分がいかに成功者であるか、それからテスラはすごいだろうー?ということを永遠に女性ハイカーに向けて喋っていた。彼女もまた、大袈裟以上の反応でおじさんを上機嫌に仕立ていた。リアクションがとてもうまいのだ。
途中なぜか止まって、急発進をして加速力の凄さをアピールしたりもした。存在を忘れられた僕は、トレイルネームの由来なんて聞かれることもなく、後部座席で明らかに僕より綺麗な犬を撫でることしかできなかった。

テスラおじさんとテスラ

雲行きが怪しいなと感じたのは、走り出して10分以上経った頃だったか、僕の予想では東にある程度進んだ後、南に向かうはずなのに、なぜか僕らを乗せたテスラは東に進み続けている。
いや、これ絶対道違うよな。という気持ちと、もしかしたらこっちからもアクセスできるのかもなという淡い期待と、テスラおじさんと女性ハイカーのドライブデートを邪魔するのはやめとこうという気持ちで揺れていた。


そんな僕をよそに、スーッと揺れずに走り続けたテスラは、明らかに目的地と違う公園のような場所の駐車場に到着した。
ヒッチハイクで乗せてもらっている以上、文句は言えない僕らは、とりあえずそこに降りることにした。(そうするしかできなかったとも言える)
上機嫌のテスラおじさんは、さっそうと街にむかってテスラで走り出している。

「 Where are we? 」
「 I know.. 」

絶望である。
またどうにかして街にもどらなきゃいけない。時刻も昼を過ぎていた。
幸いにも、そこは駐車場だったので、乗せてくれそうな人を探しながら歩き回っていると
同じく絶望の表情で二人の女性ハイカーが座っていた。
ピンときた僕は

「どんな車ヒッチハイクした?」

と聞くと、予想通り100点満点の答えが返ってきた

「テスラ」

テスラおじさんは確信犯だったのだろう。女性にテスラの自慢をしたかった、それだけのことだったのかもしれない。それならせめて、見当違いの場所に下さないでくれ。そんな気持ちになってしまったが、真相はわからないし、やっぱり文句は言えない。テスラに乗せてくれてありがとうと思うしかない。

結果的には、その後すぐにヒッチハイクでき(この車内では僕は自分のトレイルネームの話をすることだできた)、街戻ることができた。しかも、ちょうど街に戻ったタイミングで、別の車のヒッチハイクに成功したハイカーが声をかけてくれ、ぎゅうぎゅうのバンにのって正しい場所に戻った。

旅はそういうものだ。

TO TOWNは嬉しい響き

この文章は、pacific crest trailをハイキング中に筆者が感じたことを綴っているもので、日時や場所、環境の表現などの正確性にこだわったものではありません。あのよくわからない日々の中で起こったことを、今や、朧げになりつつある記憶を辿りにできる限り鮮明に記録に残していく。鮮度の落ちてしまった記憶に、今思う気持ちを繋げていく、ノンフィクションのようで、ある意味ではフィクションなのかもしれないなと思う。


まとめはこちらから。

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