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奈緒とハナ

 奈緒ちゃんは転校してきたハナちゃんが嫌いだった
「だってあの子と一緒だと遅れるし、負けるし、怒られるし、めんどくさい」
 ハナちゃんはマイペースでおっとりしているので、回りからワンテンポ遅れることがよくあった。グループで勝負になるとハナちゃんのせいで負けることもあった。ハナちゃんはわからないことがあると何時も奈緒ちゃんに話しかけるのでよく先生に注意された。なんだか一緒に怒られているみたいでいつも「やれやれ」と思った。
 
 奈緒ちゃんの方は勝気で、背が高く成績も良かった。積極的な性格で目立った存在だった。ただ、少しせっかちで「早くー」というのが口癖だった。家族で出かけるときも一番に玄関に立って「早く!」と大きな声で皆を急かして苦笑いされていた。

 半年ほど前、ハナちゃんが転校してきた時、隣の席になった男の子ではなく後ろの席だった奈緒ちゃんを頼りにしようとハナちゃんは思った。直感だった。
 しっかり者の奈緒ちゃんを頼りにしていたということもあるのだけれど、最初からハナちゃんは奈緒ちゃんの事が大好きだった。
 ハナちゃんはいつもニコニコしていたので周りの評判は悪くなかった。
 でも、ある時ハナちゃんが教室に入ろうとしたとき「だってあの子、足手まといなんだもん」という奈緒ちゃんの声が聞こえた。最悪のタイミングだった。
 ハナちゃんは入り口の所に立ち止まって「私のこと!」といった。珍しく大きな声だったので教室の空気は張り詰めて、奈緒ちゃんの周りからスッとみんなが離れていった。奈緒ちゃんはあまり見せたことがない少しキツイ顔になって独りで立っていた。
 ハナちゃんは奈緒ちゃんの前までゆっくり歩いていって「ゴメンネ、頼ってばかりで」と何時ものおっとりした声でいった。嫌いになったりはしなかった。
 奈緒ちゃんは真っ赤になってただ首を横に振るだけしかできなかった。泣きそうになったのは奈緒ちゃんの方だった。
 それから暫らく二人は気まずいまま過ごした。
 ある時ハナちやんは白い小さな丸い鉢に植えられた白い綺麗な花を奈緒ちゃんに差し出して「やっと咲いたの」といった。
 白い小さな花は笑っているように優しく綺麗だった。奈緒ちゃんの完全な負けだった。奈緒ちゃんはハナちゃんに貰った仲直りの花を育てることにした。
 植物を育てるコツは、忘れない事と、構い過ぎない事だと教えられた。水を忘れない、水をやり過ぎない。それだけだった。慌てる必要はなかった、急かしても仕方がなかった。そうすればいつでもそこに居てくれた。白い小さな綺麗な花はハナちゃんに似ていた。
 それでも何度か奈緒ちゃんはもらった花を枯らしてしまった。そのたびにハナちゃんに謝ってハナちゃんの家の庭からまた花を分けてもらった。何度か目に小さな青い花をもらった奈緒ちゃんは「この花は奈緒ちゃんに似ているね」とハナちゃんにいわれた。そのことがなんだかうれしくて今度こそと思って育てた。そうして何時しか草花に夢中になっていった。青い花は綺麗に咲き続けた。
 そのうちに二人は話し込んでいっしょに遅れたり、失敗していっしょに笑われたり、調子に乗っていっしょに怒られたりするようになった。
 遅れても、負けても、怒られても前ほど気にならなくなった。独りじゃなかったので平気だった。その度に二人でケラケラ笑い合った。
 そんなふうに少女時代は過ぎていった。
 
 奈緒ちゃんのその後の人生にも花は何時も寄り添っていた。大学生の頃には窓辺に鉢植えを並べた。就職するとベランダは鉢植えで一杯になった。やはり、青い小さな花がお気に入りだった。そして、白い小さな花を見つけるとハナちゃんのことを思い出した。

 結婚すると奈緒ちゃんには女の子が生まれた。その子は小さい頃からせっかちでよく転んだ。親の三歩前を何時も歩きたがり、転ぶとひとりで直ぐに起き上がり母親の方を振り向いて「はやく、はやく」といった。
 その度に「やれやれ」と思うのだった。その子は元気な黄色い花の様だった。ただ、花と違って目を離すと何所へ行ってしまうかわからず何時もハラハラさせられた。
 自分の幼い頃に良く似ていた。その小さな娘を見ていて、改めて自分もこうだったのかと気づかされた。そのたびに「やれやれ」とまた思った。
 その横ではいつも、青い花と白い花がそよ風に揺られていた。

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