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新海誠 『天気の子』雑感

「自分にバトンが来たのだから走らなければ」

絶対的な憧憬の対象だったスタジオ・ジブリ製作部の解体、それまでカウンター相手、「超えられない壁」として想定していた細田守監督の新作『バケモノの子』の、あまりに劇的なクオリティ低下。

そんな幾つもの予兆を感じつつ公開された『君の名は。』の大成功と、それに伴う憤怒を含めた批判を受けて、多忙を極めてもぺースを落とさずに着想、製作、公開された『天気の子』は文字通り走り、叫び、狂った世界が狂ったままでも目の前の君と手を繋ごうとする映画だ。
それは新海誠監督長編第一作、「この作品が一番好きです、と言われると嬉しくなる」『雲のむこう、約束の場所』と、セルフ・リメイクと断言してしまいたくなるほど饗応する。
連絡船、浸水した街、屋上の少女、ピストル、「世界を救うか、彼女を救うか」で後者を選び「誰かの犠牲のうえで成り立つ最大多数の幸福」をぶち壊すテロ行為を行う主人公。
前作で怒った人をもっと怒らせてしまえ、という底意地悪い感情は、「この社会が狂っている」という危機感に気づかないフリを決めて「みんなそうだろ」と次の世代に責任を押しつけて「目を背ける大人」たちへの憤りから生まれた。

前作『君の名は。』の、充分に演技経験豊富な上白石萌音、神木隆之介のスキルフルなコンビから、一回性の煌めき、素材でしかない荒削りな魅力を放つ醍醐虎汰朗、森七菜による一点突破なシフトが今作を象徴している。

『雲のむこう、約束の場所』、『秒速5センチメートル』第2話『コスモナウト』で極に達したクラウド・スケイプ、雲の表象。『言の葉の庭』で体得した雨の表象。それらの経験値を注ぎ込んだ天気の表象は、ヒロインを演じる森七菜が発する、明るさと翳りを内包した「今から晴れるよ」という言葉の響きとともに洪水のように映画全体を満たす。

パンクロックのように世界と対立する主人公たちの旅が終わり、北野武『キッズ・リターン』のように「僕たちはきっと大丈夫だ」と叫ばれ、「愛に出来ることはまだあるよ」と結ばれた後、この世界はCovid-19で決定的に変わってしまう。それでも「きっと大丈夫だ」とバトンを離さなかった新海誠は、『すずめの戸締まり』に向かって走り始める。

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