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「文化人類学×演劇」脚本シリーズNo.0『INO相談室』

こんにちは、TELL/てるです。
今回は、前回の記事「文化人類学の合言葉『当たり前がアタリマエじゃない』」でお話ししたように、文化人類学×演劇をテーマに脚本を皆さんとシェアしたいと思います。登場人物は2人で、10分ほどの作品です。タイトルは、『INO相談室』です。



むか~しむかし、あるところに、いの先生という人が相談室を開いておりました。そこにやってくるのは、昔話に登場する様々な生き物や英雄。今回相談にやってきたのは、誰もが知っているあの伝説のヒーロー。さて、ヒーローは、いの先生にどんな相談をするのでしょうか。


   (曲「にっぽん昔ばなし」、明転)
   (曲、フェードアウト)
   (いの、テーブルでカルテを書いている)

いの 次で最後かなぁ。じゃあ次の方、どうぞ。
桃太郎  失礼します。
いの   こんにちは。
桃太郎   こんにちは。
いの   (椅子を指して、優しく)どうぞ。
桃太郎   失礼します。
いの    あなたは…
桃太郎  (名前を言いかける)
いの    ちょっと待って。当ててもいい?
桃太郎   あ…はい。
いの    そうだなぁ。一応聞くけど、「むかし、むかし、あるところに」
     系だよね?
桃太郎   そうですね。
いの    だよねぇ。となると、おじいさん、おばあさんと…
桃太郎   暮らしてました。
いの    だよねぇ。(探るように)ちなみに、恩返しってした?
桃太郎   あぁ…まぁ。それっぽいことは。
いの    じゃあ、(ワクワクしながら)見られたくないものを見られたこ
     とってある?
桃太郎   え?
いの
   ほらなんかこう、(キメて)本当の私、みたいな
桃太郎   あぁ、日記は書いたことが無いので…
いの    じゃなくてほら、(鶴が隠れ機織るシーンを想像しながら、健気
     に)実は…羽生えちゃってます、みたいな。
     ついでに、(健気さに感動して)その羽で機織っちゃいます、み
     たいな。
桃太郎   あーいや、私は鶴じゃないです。というか、動物ではないです。
いの    そう…。え、もしかして「パッカーン」系かな?
桃太郎   ですね。
いの    ってことはあなた、玉手箱開けちゃったでしょ。パッカーン。
桃太郎   浦島さんじゃないです。
いの    だよねぇ。となると、おじいさんが光る竹を切ったら出てきた…
桃太郎   かぐや姫でもないです。
いの    だよねぇ。
桃太郎   でも近いです。竹というより、果物というか…
いの    まさか…桃太郎さん?
桃太郎  (こんにちは的なニュアンスで、お辞儀しながら)どんぶらこ。
いの    …。(明るく)どうもどうも、どんぶらこ~。
     それで、今日はどうしてこの(CM風に)教えて!INO先生!
     相談室に?
桃太郎   そのCMを見て。
いの   あらそう。(CM風に)ふとした時に思い出す、むか~しむかし
     のあの記憶。坊や、良い子はねんねしな。今も昔もかわりなく。
     母のめぐみの子守歌。背負っちまった運命は、嗚呼必然か、否偶
     然か。わからねぇなら言ってみな。

    (いの、桃太郎に耳を傾けて)

桃太郎   教えて!INO先生!
いの   よくできました。それで、あなたの相談は?
     あ、その前に何か飲む?コーヒーとお茶くらいしかないけど。
桃太郎   じゃあコーヒー、ブラックで。
いの   (飲み物を準備しながら)で、何だっけ、相談。
桃太郎   実はずいぶん前に、鬼ヶ島というところで鬼を退治したんです。
いの    有名な話だよね。
桃太郎   いやぁ、すごかったですよ、色々。 鬼を退治するとき、鬼の首
     をこう、ぐががっとしめて、「どうだ!まだ降参しないか!」っ
     て。
いの   それで?
桃太郎  それで鬼は、「降参します、降参します。命だけはお助け下さ
     い!その代わりに、宝物をのこらず差し上げます」って。
いの   宝物…
桃太郎  鬼がほうぼうの国から盗んで、守っていたようなんです。
いの   そっかぁ。でもすごいよね、鬼を倒して一躍ヒーローになったん
     だもん。
桃太郎  …そうでもないかなって。
いの   というと?
桃太郎  先生は、当たり前がアタリマエじゃなかった、って思ったことあ
     りますか。
いの   ちょっと難しいなぁ。例えばどんなこと?
桃太郎  例えば…(ホワイトボードにあるカレンダーを見つけて)虹!
いの   虹?
桃太郎  (ホワイトボードの前に移動して)私の仲間にキジがいるんです
     けど、
いの   キジ?
桃太郎  鬼ヶ島に行く途中、キジが虹を見つけたんです、
いの   キジが虹を?
桃太郎  そしたら、「やっぱり虹は5色でなくちゃね」って。
いの   (怪訝な顔で)はぁ…
桃太郎  変だと思いませんか。虹が5色ですよ。普通7色でしょ。
いの   確かに。
桃太郎  だから、キジに聞いたんです。「5色ってどんな色?」って。そ
     しらた、「赤、オレンジ、黄色、緑、青だ」って。
いの   ってことは藍色と紫無いってこと?
桃太郎  そうなんです。それでキジに「よーく見てご覧。青の下の方に、
     夜の海みたいな暗い色と桔梗の花びらみたいな明るい色が見えな
     いか?」って言ったんです。そしたら「見える、見える」って。
いの   ってことは、桃太郎さんにとって、虹は7色が当たり前だったけ
     ど、キジにとっては当たり前じゃなかったってことかな。
桃太郎  そうです。
いの   なるほどねぇ。
     それで?あなたがこの相談室に来たことと、その当たり前がアタ
     リマエじゃなかったっていうことと、どんな関係があるの?
桃太郎  …私は、「鬼は悪者だから、退治するのが当然」だと思っていま
     した。
いの   うん。
桃太郎  でも鬼退治から帰ってきて、ふと思ったんです。自分は鬼に何か
     されたっけ?って。
     別に、鬼は私と暮らしていたおじいさんやおばあさんを襲った
     り、私の村を荒らしたりしていないんです。
     よくよく考えたら、鬼から手に入れた宝物だって、元の持ち主に
     返すべきだったし。それに、さっきは言わなかったけど、鬼が
     「降参します」って言った時、泣いてたんですよね。
いの   それはほら、桃太郎さんが強すぎたからでしょ?
桃太郎  いや、でもそうじゃない気がして…
いの   どうして?
桃太郎  宝物…「鬼はほうぼうの国から宝物を盗んで、守っていた」って
     噂で聞いたんです。盗むだけなら悪者だけど、守っていたとなる
     と、盗むにも何か理由があったんじゃないかって。
いの   要するに、桃太郎さんは「鬼は悪者」って思ってたけど、今は
    「鬼は悪者、じゃないかもしれない」って思ってるってことかな?
桃太郎  そうです。でも、今更あの伝説は変えられないし、ましてや「鬼
     は悪者じゃないかもしれない」なんて私には言えなくて。
いの   だよねぇ。
桃太郎  …
いの   桃太郎さんは、今どうしたいの?
桃太郎  どうしたい…
いの   うん。
桃太郎  私には、伝説は変えられないし、「鬼は悪者じゃないかもしれな
     い」なんて言えません。
いの   うん。
桃太郎  でも、鬼のことをちゃんと知りたいんです。「鬼は悪者」ってい
     う自分にとっての当たり前とか、噂とかじゃなくて。
いの   …そっか。じゃあ、聞いてみる?
桃太郎  え?
いの   鬼と話してみる?
桃太郎  いやでも鬼退治はずいぶん前に…
いの   これ、鬼の電話番号。
桃太郎  え、鬼って携帯とか持ってるんですか。
いの   持ってるわよ。ガラパゴス携帯だけど。
桃太郎  あ、スマホじゃないんだ。っていうか、なんで先生、鬼の電話番
     号知ってるんですか。
いの   だってここは「教えて!INO先生!相談室」よ。与えられた設
     定に疑問を持った英雄や生き物が沢山来るわ。
桃太郎  鬼もここへ?
いの   そうね。
桃太郎  鬼は、私について何か言っていましたか。
いの   それは桃太郎さんが聞いてみたら?
桃太郎  でも、
いの   大丈夫だよ。さっき私に話してくれたみたいに、桃太郎さんが今
     どうしたいかを、真っすぐに言えば大丈夫。
桃太郎  …わかりました。真っすぐに、伝えてみます。いの先生、ありが
     とうございます。
いの   (うなずく)
桃太郎  それじゃあ。(さようなら的なニュアンスで)どんぶらこ~。
いの   うん、どんぶらこ~。

   (桃太郎、下手にはける)

いの  当たり前がアタリマエじゃなかったかぁ…よし、今日もお終い。

   (いの、看板を片付け始める。携帯が鳴る。)

いの (電話に出て)もしもし、オニです。あぁ、桃太郎さん。鬼ヶ島以来
    ですね。

   (暗転)


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