『走れメロス』の冒頭に隠された衝撃
みなさんは『走れメロス』を読んだことはあるだろうか?
「メロスは激怒した。」から始まるメロスとセリヌンティウスの友情の物語は、読者に清涼感と一筋の希望を与えてくれる。
高校の授業などで読んだ方も多いだろう。
『走れメロス』が優れた文学であることは疑いようもないが、ここでは特にその冒頭について着目したい。
「メロスは激怒した」から受ける衝撃の正体について、ここでは論じる。
○小説の読み方
メロスの衝撃について語るには、普通の小説の読み方について知っておく必要がある。
特に受験における小説の読み方は、「出来事」と「リアクション」の分析が重要だ。
受験国語の小説の問題は、多くの場合、心情や行動の理由を問われる。
それにこたえるためには、やはり心情描写が見逃せない。
だが、心情を捉えるためには、その部分の描写を見るだけでは不十分だ。
例を見てみよう。
「武は拳を握りしめた」という表現があったとする。
あなたは、ここからどのような心情を読み取るだろうか?
「決意を固めた」と思う人もいるだろう。
「自らの無力感に苛まれている」と考えるかもしれない。
「悔しさをにじませている」とも読み取れる。
心情描写はふつう身体的動作として現れる。
だが、その動作を見るだけでは、どのような感情の発露か読み取れないのだ。
正確に感情を読み取るためには、原因となった出来事が必要だ。
先ほどの例をもう一度みてほしい。
この前に「災害で目の前で母を失った」出来事があったらどうだろうか?
それならば「無力感」が読み取れる感情になるだろう。
憧れの人に出会って、夢を語った後だったらどうだろうか?
その場合は、「決意を固めた」と考えられる。
このように、感情を読み取るためには、トリガーとなった出来事が何かを突き止める必要がある。
そのため、小説の読み方の基本は、「出来事」を捉え、それを受けた登場人物がどのようなリアクションを取るか確認していくことにある。
『走れメロス』の衝撃
もう一度、メロスに戻ってみよう。
メロスの冒頭はこうだ。
「メロスは激怒した。」
明らかにおかしいと思わなかっただろうか?
先ほど説明したように、小説の基本は出来事から派生したリアクションを読み取ることにある。
だが、どうだろう。
メロスはそのルールを一切打ち破り、いきなりリアクションから入っている。
これでは、読者は「どうしてメロスは怒っているんだろう」と感じざるを得ない。
そうして、怒りの理由を知るために冒頭の数行を読み進めていく。
これこそが、太宰の狙いだったろう。
これは、まず謎を提示して、それから少しずつ種明かしをしていくミステリの手法に近い。
ひとたび読者の心をつかめばスラスラと読ませることが可能だが、そのためには、それ相応の文章力が必要だ。
太宰の筆力が窺える。
もちろん、この手法は『走れメロス』が初出ではない。
例えば、太宰の敬愛した井伏鱒二の『山椒魚』なども同じ手法が使われている。
あえてここでメロスを取り上げたのは、それが多くの人に知られていると考えたからだ。
小学生から大人までみんな知っている文学作品。
それでありながら、入口の手法に気付く人は少ないのではないか。
国語のマジックは、このように「気付く人だけ気付く」ことができる。
分かると、とても楽しい。
小説の楽しみは、こうした手法を通じた筆者と読者の知恵比べにもある。
ぜひ、この機会に『走れメロス』を読み返してみてはいかがだろうか。
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