亜教員

今のところ現職高校教員(地歴公民科)。教育学で修士号を取得後。2022年度から働きはじ…

亜教員

今のところ現職高校教員(地歴公民科)。教育学で修士号を取得後。2022年度から働きはじめました。 教員にもなりきれず、ましてや公務員に徹することもできず、かといって学者になることもできない男。 何かあれば、gamble777@ahk.jpまで連絡ください。

最近の記事

スポーツとギャンブルの過去・現在・未来(2)

#3 スポーツベッティングの未来について  2021年ごろ、IR(統合型リゾート)をめぐる動向が一息ついたころから、日本国内でスポーツベッティングに関する議論が盛んに交わされるようになりました。その背景にあったのは、新型コロナウイルス感染症の流行にともない、スポーツクラブの収益が深刻に悪化したことがありました。パチンコ業界誌の「Pidea(ピデア)」2022年6月号には、以下のように経緯が説明されています。少々長くなりますが引用します。  上に引用した記事で述べられているよ

    • すべての教育関係者は教員の過剰労働を「子どものため」とか「やりがい」みたいな美辞麗句で放置してきたツケを払う必要があると思うんですよね 私もあなたたちも

      • 私は教員という仕事を「専門職」であり「労働者」でもあると解釈することにしました。 専門職的労働者、なじんだ言い方をすれば職人ですかね。 少なくとも聖職者ではないです。

        • スポーツとギャンブルの過去・現在・未来

          #1 WINNERについて  2022年9月、日本のスポーツベッティング(スポーツ賭博)に画期的な出来事がありました。スポーツくじ(正式名称:スポーツ振興投票)で、(1)「WINNER」と名付けられた新たなくじ種が販売開始したこと、(2)左記の「WINNER」において、バスケットボールの試合が賭けの対象となったこと、の2つです。  従来のスポーツくじは、どれだけ少なくても2試合の試合結果を予想する必要がありました(これは後述するように、スポーツくじを競馬や競輪といった公

        スポーツとギャンブルの過去・現在・未来(2)

        • すべての教育関係者は教員の過剰労働を「子どものため」とか「やりがい」みたいな美辞麗句で放置してきたツケを払う必要があると思うんですよね 私もあなたたちも

        • 私は教員という仕事を「専門職」であり「労働者」でもあると解釈することにしました。 専門職的労働者、なじんだ言い方をすれば職人ですかね。 少なくとも聖職者ではないです。

        • スポーツとギャンブルの過去・現在・未来

          9月の超勤時間は4時間52分でした。 ノー残業デーならぬノー残業マンスですね。

          9月の超勤時間は4時間52分でした。 ノー残業デーならぬノー残業マンスですね。

          2-1-2 戦後の教員養成について

           戦後の教員養成は、敗戦の反省が出発点となりました。これは戦争へ突き進む国家の体制を受け入れてしまったという教育制度の反省と、戦地へと教え子を送り込んでしまったという教師の内面の反省とがありました。後者も極めて重要な視点なのですが、今回はあまり触れないことにします。  「2-1-1」で述べたような教員は、戦後の教育改革では「師範タイプ」の教員として、反省され、改革の対象となりました。改めて総括すると、以下のような教員像です。 (土屋基規『戦後日本教員養成の歴史的研究』風間書

          2-1-2 戦後の教員養成について

          いまは教員の給与とか教員養成について書かれた本を読んでいます。備忘録として最近読んだ本を書いておきます。 (1)天野郁夫『新制大学の誕生 上・下』2016年 (2)土屋基規『戦後日本教員養成の歴史的研究』2017年 (3)佐藤学編『学びの専門家としての教師』2016年

          いまは教員の給与とか教員養成について書かれた本を読んでいます。備忘録として最近読んだ本を書いておきます。 (1)天野郁夫『新制大学の誕生 上・下』2016年 (2)土屋基規『戦後日本教員養成の歴史的研究』2017年 (3)佐藤学編『学びの専門家としての教師』2016年

          教員の残業は職務の遂行ではなく労働力の不当廉売なんですよ。 自分の労働を安売りする限り労働環境は改善されないです。安売りされただけ買い叩かれて終わりです。 教職に就いて5ヶ月の若造でも分かるこんな簡単な原理がなぜ分からないのか。

          教員の残業は職務の遂行ではなく労働力の不当廉売なんですよ。 自分の労働を安売りする限り労働環境は改善されないです。安売りされただけ買い叩かれて終わりです。 教職に就いて5ヶ月の若造でも分かるこんな簡単な原理がなぜ分からないのか。

          教員になって約5ヶ月経って思うのは、マジで「定時で帰って自分で勉強する」のが大切だということです。仕事が残ってても失敗してもとっとと帰ろう。

          教員になって約5ヶ月経って思うのは、マジで「定時で帰って自分で勉強する」のが大切だということです。仕事が残ってても失敗してもとっとと帰ろう。

          なかなか新記事が投稿できていませんが、教員養成について書かれた本をあとい2~3冊読んだらまとめて投稿します。 来週はテスト期間だから時間とれると思います

          なかなか新記事が投稿できていませんが、教員養成について書かれた本をあとい2~3冊読んだらまとめて投稿します。 来週はテスト期間だから時間とれると思います

          2-1-1 補記

           岡村達雄編著『日本近代公教育の支配装置 教員処分体制の形成と展開をめぐって』社会評論社,2001年.を参考に、戦前における「処分される教員」像について言及します。  本書では公教育ーー本書で特に強く意識されているのは小学校教育ーーは国家の支配装置であるという考えのもと、国家は教員を処分することによって、国民を、社会をコントロールしてきたと述べられています。 まずは、「序 本書の課題――対象・方法・構成」から重要と思われる部分をいくつか引用しておきます。  すなわち、戦前に

          2-1-1 補記

          文科省が示している教員の時間外労働時間のガイドラインでは、1ヶ月につき45時間が目安とされています。 私の8月の時間外労働時間は8.5時間でした。これでも教職手当は赤字出てます。かなしい。

          文科省が示している教員の時間外労働時間のガイドラインでは、1ヶ月につき45時間が目安とされています。 私の8月の時間外労働時間は8.5時間でした。これでも教職手当は赤字出てます。かなしい。

          2-1-1 かつて教員は「聖職者」だったのか?

           本稿では、教員観の変遷を探るため、歴史社会学的なアプローチをとります。したがって、まずは日本に「教員」という職業が登場した明治時代から、ひとつの時代の区切りとして太平洋戦争の終戦までを考察の範囲としたいと思います。なお、一口に「教員」といっても、とりわけ戦前においては初等教育の教員と中等教育以降の教員とでは社会的地位や個人ごとの意識にかなり差異があり、同列に論じることは大雑把な捉えであることをあらかじめ断っておきます。  江戸時代までの「教育」の担い手は、教員ではなく――

          2-1-1 かつて教員は「聖職者」だったのか?

          2-1 教員観の変容について

          #2-1 教員観の変容について 1997年生まれの私は、教員から「体罰」と呼べるような暴力を受けた経験がありません。中学生のころ、年配の数学科教員に(何の理由だったかは忘れましたが)ゲンコツをされた記憶はありますが、一度か二度だったはずです。田舎だったこともあり、ぎりぎり「学校の先生は偉い」という雰囲気の残渣が残っていた記憶があります。  翻って現在、私は高校で働いているわけですが、そういった雰囲気は全くと言ってよいほど感じられません。職員室にもそのような雰囲気はありません。

          2-1 教員観の変容について

          1-1 教育とパノプティコンの相同性

          この研究の序説については、以下の記事をご覧ください。 1 学校とパノプティコン 1-1 教育と〈監視〉の相同性  教育と〈監視〉は表裏一体ですらなく、同一線上にある。このような私の言い分は、学校に希望を持っている人にとって、にわかに受け入れがたいものかと思います。私の意見に説得力を持たせるためにも、論点を明確にするためにも、学校教育と社会学的な意味での監視にはそれぞれどのような機能があるのか、手短に確認しておきたいと思います。 1-1-1 学校の機能について  ここで

          1-1 教育とパノプティコンの相同性

          2 教員と監視

          #2「学校のパノプティコン化」と教員  「学校のパノプティコン化」というテーマを論じるにあたり、まずは教員の仕事について論じるのが適切かと思います。じっさいに「監視」の担い手となっているのは、(教師個人がどのような意識で働いているかに関わりなく)他でもない教員です。また、教員のしごとについて論じることは、今年(2022年)の春から高校教員として働きはじめた私自身の興味・関心とも合致します。  「教員」という職業が社会の色々な場面で、ポジティブな文脈で語られることは少なくなっ

          2 教員と監視