スポーツとギャンブルの過去・現在・未来(2)
#3 スポーツベッティングの未来について
2021年ごろ、IR(統合型リゾート)をめぐる動向が一息ついたころから、日本国内でスポーツベッティングに関する議論が盛んに交わされるようになりました。その背景にあったのは、新型コロナウイルス感染症の流行にともない、スポーツクラブの収益が深刻に悪化したことがありました。パチンコ業界誌の「Pidea(ピデア)」2022年6月号には、以下のように経緯が説明されています。少々長くなりますが引用します。
上に引用した記事で述べられているような国レベルの動向として、経済産業省のもとに置かれた2つの研究会での議論を取り上げることにします。
ひとつは2020年に設置された「地域×スポーツクラブ産業研究会」です。この研究会は「スポーツの成長産業化」を視野に、「学校部活動を補完・代替する新たな基盤として、地域に根ざしたスポーツクラブ産業の可能性に改めて着目」し、「これまで数十年の歴史ある「総合型地域スポーツクラブ」の議論を含め、持続可能なスポーツクラブ産業のあり方について、国内先行事例や欧州事例などを見ながら課題の洗い出しと解決策を整理し、これを軸にしたスポーツ参画人口の拡大、スポーツの成長産業化を目指す政策立案につなげ」(経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会「資料3 第1回事務局説明資料」2020年10月21日,p2.)ることを目的として設置されたものです。 同資料では、スポーツの成長産業化、学校部活動、地域型総合スポーツクラブそれぞれの厳しい現状に触れられています。このことについては、資料をそのまま見てもらったほうが分かりやすいと思います。
(同前、上からp3,p4,p12,p13,p16)
スポーツの成長産業化とスポーツ振興のための財源不足を解決するための手段として模索されたのが、スポーツベッティングの拡大でした。前の記事でも少し触れましたが、すでに2020年12月にはスポーツ振興投票の実施等に関する法律(toto法)と、運営主体である(独)日本スポーツ振興センターに関わる法律が改正されています。
とはいえ、法改正によっても賭けの対象となったのはサッカーに加えてバスケットボールにとどまり、その効果は限定的なものになると考えられます。
ここで、先行事例として、アメリカのスポーツベッティング事情を見てみましょう。参考にするのは地域×スポーツクラブ研究会第6回(2021年1月26日)での、株式会社ミクシィ説明資料です。
同資料によれば、アメリカのスポーツベット市場売上額は、2017年では5,419億円であったのが、翌年には7,674億円(前年比+41%)、さらに翌年には15,151億円(前年比+96%)となり、急拡大の途上にあります。2030年には10兆9,702億円の売上額になる見込みです。
アメリカ合衆国では州ごとにベットが合法か否かが決定されており、「合法化及び事業開始済み」の州がインディアナ州やニュージャージー州など20州、「合法化済みだが事業未開始」がルイジアナ州やミシガン州など6州、「合法化計画中」がカリフォルニア州やフロリダ州など20州、「合法化未定」がテキサス州やウィスコンシン州など5州となっています(2020年11月現在)。すなわちアメリカ合衆国の51の州(準州含む)の約半数で、すでにスポーツベッティングが合法化されているということです。
資料に「政府は、スポーツベット合法化から2年間で200億円以上の税収を得た」とありますが、これは日本におけるスポーツくじ売上から繰出される「toto助成財源」と同等以上にあたります。スポーツベッティングが成長産業であり、また地域スポーツの振興財源として大きな可能性を持っているという希望は、たしかに妥当であると言えます。
スポーツベッティング拡大の文脈をより詳しく見るために、続いて2021年に経済産業省下に設置された「スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会」の議論を見てみましょう。この会議はスポーツが成長産業となる鍵をDXにあるという前提に立ち、デジタル技術を用いてスポーツビジネスを従来の”興業ビジネス”から”データ・コンテンツビジネス”へと拡大させ、それぞれの市場を相乗的に拡大していく方策が探られています。この会議においても、特に注目されたのがスポーツベッティングでした。
「スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会」,第1回 資料3p13、p14
ところで、スポーツベッティングの商流上には3つの主体が関与する余地ががあることが、「スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会」の第5回(2022年3月22日)p20.において指摘されています。
すなわち、デジタル技術の発達に伴って映像コンテンツなどの「データ」を売り買いする余地が生まれたことで、中央競馬におけるJRA(日本中央競馬会)のように、必ずしも競技の運営主体が賭博の提供を行わなくても、一定の収益を上げることが可能になった、というスポーツベッティングの新局面が到来したということです。ただ、スポーツ競技の運営主体は、あくまでもライツホルダー(権利保有者)としてスポーツベッティングに参与するという方式には、相対的に見てスポーツベッティングで動いているカネのうち少額しか運営主体に入らないという点には注意が必要だと思います。
この問題点については、例えば2001年に日工組社会安全研究財団が公開した「ヨーロッパにおけるゲーミング」と題するレポートで、伝統と格式あるイギリス競馬に関する記述で言及されていました。
仮にこれまで賭けの対象となってこなかった日本のスポーツ――野球や相撲など――がブックメーカー方式であるにせよ、トータリゼータ方式であろうと賭けの対象となれば、ギャンブル依存症患者の増大や八百長などの「ギャンブルの副作用」対策が厳格に求められることは必至であり、それらに係るコストと各クラブに入る新たな収益の釣り合いがとれる否か、慎重な議論が求められることは強調しておきます。
#4 まとめ
前回の記事から、日本におけるスポーツベッティングの現在の状況と未来の展望を概観してきました。ここまで書いたことを、簡単に箇条書きでまとめます。
・スポーツくじに「WINNER」が新設され、バスケットボールも賭けの対象となった。
・「WINNER」ではスポーツくじ導入当初はギャンブル性を抑えるために見送られた”一試合の結果についての賭け”ができるようになり、より「ギャンブル」に近づいた。
・スポーツくじの売上は予想系の「toto」より、非予想系(=ほとんど「宝くじ」と同じ形式の)「BIG」の方がはるかに大きい。
・新型コロナウイルス感染症の流行により経営難に陥ったスポーツクラブの資金調達手段として、停滞している日本経済の起爆剤として、そして八方塞がりになっている地域スポーツ振興の財源として、スポーツの成長産業化の手段が模索されている。
・アメリカ合衆国では既に半数以上の州でスポーツベッティングが合法化されている。
・日本のスポーツ競技も外国企業の賭けの対象となっており、ビジネスの機会損失となっている。
・例えばイギリスではスポーツ競技の運営者と賭けの提供者が異なることによって運営者の財政が脆弱になるという問題があったが、デジタル技術の発達により運営者がコンテンツのライツホルダーとなり、権利収入を得ることでスポーツとギャンブルの好循環が生まれる可能性もある。
また新たな情報が入れば随時更新したいと思います。
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