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兄弟古墳を見比べて -『シリーズ遺跡を学ぶ155 高松塚古墳・キトラ古墳』感想-

『装飾古墳』というジャンルがある。
自然石に『切る』以外の装飾加工を施した古墳の総称で、線刻、彫刻、朱塗りに壁画など装飾内容はさまざまだ。
全国に分布する装飾古墳だが、意外にも奈良県での発見例は少ない。県内の大型古墳の多くが宮内庁管理下のため未発掘だからか、奈良県の大型古墳は比較的古い時代のものが多いせいか(装飾古墳が出現するのは古墳時代後期)。
それでも、装飾古墳の最高傑作が存在するのも奈良県だったりする。明日香村の名高い高松塚古墳とキトラ古墳がそれだ。

キトラ古墳 by Saigen Jiro, CC0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=141654029
高松塚古墳 by 8-hachiro -, CC 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=35978239

明日香村といえば、古墳に巨石、聖徳太子の生きた時代を伝える遺物の数々。高松塚古墳は飛鳥駅から徒歩五分ほどの歴史公園内、キトラ古墳は高松塚地区から一キロほど南下した集落の一隅に静かに佇んでいる。

どちらも終末期(7世紀末~8世紀初頭)の円墳で、サイズは直径20メートル程度。100メートル以上の古墳が150基以上存在している古墳界では余り大きなものではない。
しかし両古墳の真の価値はサイズや副葬品ではなく、壁画にある。飛鳥文化を生き生きと伝える極彩色壁画は昭和後期に発見された。その後、日本文化の象徴として古墳本体は特別史跡に、壁画は国宝に指定されるに至る。お宝のなかのお宝だ。

この本は古墳発見秘話、壁画取り出しの経緯、現時点で分かっている学術的知見をまとめたビジュアル解説書。総合的に高松塚古墳・キトラ古墳のことを知りたい人にうってつけの一冊だと思う。

※ちなみに、『シリーズ 遺跡を学ぶ』は古代から近世にわたる日本史上の様々な遺跡を全国各地から取り上げて、発掘記録や最新の知見を紹介するシリーズ。あまり知られていないが密かに人気があるようで、160巻を越えて刊行され続けている。装飾古墳だと九州の王塚古墳の本が面白かったのでおすすめ。


さて、キトラ高松塚古墳の話に戻る。
本書はまず、高松塚古墳発見に至る経緯~キトラ古墳発見の流れを紹介している。小規模な古墳からの極彩色壁画という思いもかけない大発見に慌てふためいた当時の考古学者たちの興奮、マスコミの反応など、『明日香村≒キトラ・高松塚等のあるところ』となってしまった現在からみると興味深い。それに、キトラ古墳を実際に発掘したのが意外と新しい(発掘調査完了が2013年)ことに驚いた。もっと古い時期かと思っていたので。

本の後半は現在までに判明している事実を解説しているが、随所に見られる考古学者の緻密な検証作業に驚いた。もちろん、発掘して調査して図面を作る作業自体が根気のいる仕事だと知ってはいるのだが、高松塚古墳では既に朽ち果て欠片しか残存しない棺の形状まで推定している。その手法が「よくそんなの気付いたな!?」という凄いもの。ほとんど執念でたどり着いた知見に驚く。
盗掘が行われたのが鎌倉時代と推定した方法も、並々ならぬ尽力の成果。考古学会の頭脳が集結したんだなと感動。

キトラ古墳と高松塚古墳の関係も興味深かった。二つの古墳はよく似ているが、本当に兄弟にあたるらしい。厳密にはマルコ山古墳(明日香村)と石のカラト古墳(奈良市)を合わせた四兄弟、キトラ古墳が次男、高松塚古墳が末っ子。
順番はほぼ決着がついているものの、四兄弟古墳にはまだまだ不明点も多い。四つのうち壁画があるのは二つだけなのは何故か。古墳の被葬者は誰か。被葬者については数名まで絞られているものの、古墳の常として被葬者を明示する資料がほぼないため、学会でもなかなか一致を見ないらしい。

このように謎と魅力に満ちたキトラ・高松塚古墳では年に数回、壁画の実物公開が実施されている。どちらの墳丘も掘り戻された丸いぽっこりした膨らみが見学出来るだけなので、公開期間に訪問した方が楽しめるかもしれない。
壁画見学は古墳に隣接する壁画保存・修復・管理施設にて。空きがあれば飛び込み参加も可能のようだが、事前に申し込んでおくと安心。
本書はその良い参考資料になると思う。


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