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「光る君へ」第14回 「星落ちてなお」 その1 兼家の死から見える権力者の宿命

はじめに
 巨星墜つ…兼家の死を一言でまとめるとこの一言になるでしょう。平安の世は源平藤橘の四氏が争い、藤原氏が政変によって他の三氏を圧倒しました。天皇すらもすげ替え、藤原の氏長者となり、摂政に上りつめた兼家は、政の頂点であり、この時期の政局の要でした。その存在感は同期の貴族では比べられる者はいないでしょう。
 また、この後、しばらくは権力の中枢を担う摂政家の物理的、精神的支柱も兼家でした。兼家に比べれば、現状、あらゆる点で子どもたちはまだまだです。

 そして、そんな彼だからこそ、「光る君へ」序盤の物語を牽引してきたことは、これまでのnote記事で触れてきたとおりです。劇中で描かれた政治、摂政家の柱として、作品の要として兼家の存在感は大きかったのです。段田安則さんの芝居あってこその兼家であることは言うまでもありません。

 様々な面で要であった兼家の死によって、彼によってなんとかまとまっていた摂政家はバラバラになり、これまで見え隠れするだけだった問題が露わになっていきます。それは、摂関家だけでなく、政にも大きくかかわることになっていきます。当然、政に参画するようになった道長の志への影響は必至です。
 そこで今回は、本作における藤原兼家の死をとおして、彼の人物像を見ながら、権力者の宿命とは何かについて考えてみましょう。


1.道兼への憐憫

 東三条殿に呼ばれ、御前に控える三兄弟の前に関白、兼家が現れます。「今日は気分がよいのでお前たちを呼んだ」という声にはまだ張りがあり、病み衰えてはいるものの目に宿る意思は確かで、この場の彼が正気であることがわかります。

 兼家の用件の切り出しは出家するとのことです。第12回で描かれた高倉の人なつめと同じく、この出家は、極楽往生を願い、死への恐怖と苦しみをいくらかでも和らげるためのもの。つまり彼は、自分がもうすぐ死ぬことを息子たちに伝えたのです。ですから、道隆はじめ皆、いよいよその時が来たことにおののいた表情をします。

 しかし、前回noteでも触れたように、父の老い自体を案じたのは道長だけ。道隆と道兼の関心は既に父の死後、自分が後継者になったときのことです。ですから、このおののきは、父の死に対する恐れもあるでしょうが、それ以上にいよいよ自分の時代がきたことへの思いでしょう。37歳になる道隆は年齢的にも嫡男という立場からして当然ですし、人脈づくりに余念のない道兼も謀の一翼を担ったことで自信を深めています。


 兼家は一条帝元服で任じられた関白位をわずか数日で辞すことになりますが、それは後継者に譲ることを意味します。道隆と道兼は待ちかねるように息を飲みます。特にまだかまだかと期待に胸を膨らませる道兼の上気した表情が痛々しいですね。後の場面で行成が言ったとおり、定子が一条帝に入内した今、嫡男である道隆が後継者になるのが順当です。道兼は、己の功績に酔い、父親のおためごかしに乗せられ、あり得ない夢を抱いているのです。

 そんな期待顔の道兼を兼家は見やります。後継者の名を告げる大事な場面で、道隆でもなく道長でもなく、道兼を見るというのが意味深ですね。兼家の権謀術策において、道兼は汚れ役を担う、悪く言えば、ボロ雑巾のように使い捨てる駒です。ですから、捨て駒が何を思おうが無視してもよいでしょう。よしんば、悪いと思っているとするなら、後ろめたさで目を逸らし、殊更いないかのごとく振る舞うとしても不思議ではありません。にもかかわらず、自分に期待し目を輝かす道兼の表情を「お前の気持ちはわかっている」と言わんばかりに見やるのです。


 決して道兼を無視せず、彼の気持ちを百も承知で「道隆、お前が継げ」とその意に反した言葉を明言する兼家。彼は自身の冷酷さと非情さに自覚的で、その後、道兼に恨まれることも覚悟しているのだろうと察せられます。全ては、我が「家」の繁栄のためですから、そのことに後悔も後ろめたさもない。

 兼家は、東三条殿一家が貴族の頂点に立つため、巧みな権謀術策で、人を籠絡し、恫喝し、他人の心を騙し、弄び、人々を道具にしてきました。ときには間接的に人を殺め、害することすら厭いませんでした。汚い手を使い、辣腕を振るうその様を忌み嫌う者も、恨みを抱く者も内外に多く抱えたのが、彼の人生です。ですが、そうしなければ、自分と我が「家」が滅ぼされていたでしょう。兼家からすれば、生き残るために必要な手段を講じたに過ぎません。必要悪ですから、やってきた所業に後悔はありません。

 しかし、それらを平気な思いでやってきたかと言えば、見た目に反して決してそうではなかったでしょう。第7回、忯子とお腹の皇子が晴明の呪詛で亡くなったとき、わざわざ晴明を呼び出し、叱責したのも、迷信深さから来る恐れの裏返しでした。案の定、その夜、兼家は悪夢にうなされ寧子に「呪われておる。俺は院にも、帝にも、死んだ女房にも呪われておる…」と弱音を吐き、「怖いよー」と泣きつきましたね。


 彼は自身の行いがいずれ自分に返ってくることを承知していたのですね。その恐れは、自身が貴族の頂点に相応しくない穢れた者であることを意識させたことでしょう。そうなると、我が「家」の存続のためには、この穢れは自分の代で一端断ち切っておきたいと考えるのは道理でしょう。

 ここに兼家が、嫡男道隆だけは、穢れに類するような謀からは徹底的に遠ざけるよう腐心した意図が見えてきます。貴族の頂点に立つためだけに生まれてきた純粋無垢な真なる政治家、貴族の中の貴族。穢れた自分が成しえなかった夢を道隆に託しているのですね。ですから、彼が順当に出世できるように道筋を立て、彼を嫡男として優遇してきたのです。道隆に残した「お前はまっさらな道を行け」という言葉には、彼の願いが込められています。


 一方で「「内裏の仕事は騙し合いじゃ」」(第5回)と宣う兼家は、理想を願いながらも、政が綺麗事で済まないことも長年の経験でよくわかっています。ですから、「道隆やお前(道長)が表の道を行くには、泥をかぶるやつがおらねばならん。道兼はそのための道具だと考えよ」(第6回)と述べ、必要悪としての謀に道兼を巻き込みました。
 兼家は、殺人を犯す前から気性の荒い道兼を後継者に相応しい性格ではないとし、「嫡男道隆を汚れなき者にしておくために泥をかぶるものがおらねばならぬ」(第1回)と汚れ役にしようと考えていたことを忘れてはいけません。人殺しなどしなくても、道兼の運命は決まっていたのです。


 言うなれば、兼家の語る我が「家」の繁栄とは、道隆に託した貴族の理想と道兼を引きずり込んだ謀という現実、この二律背反の上に立っています。

 そして、その穢れた権謀術策が、心を蝕むことを兼家は知っています。つまり、道兼がどういう心理状態になっていっているのかを一番知っているのも兼家ということです。心を病み、父親から愛情を注がれることだけを頼みにする愚かな息子。後悔はなくとも、道兼のさまは、同じ人生を歩んだ自分自身への憐れみと重なり、彼への憐憫として湧いてくるのではないでしょうか。だからこそ、道兼を見やり、その恨みを受ける覚悟もしていると思われます。


 そんな親の心などわかるはずもない道兼は「父上は正気を失っておられる。父上の今日あるは、私の働きあってこそ!」と自身の功績を盾に異議を唱えます。兼家は「何故兄上に…」とまで言いかけた道兼を「黙れ。正気を失っておるのはお前のほうじゃ」と一喝すると、冷淡に「お前のような人殺しに一族の長が務まると思うのか。大それた望みを抱くなど許しがたし。下がれ」と道兼の罪を改めて暴き、彼の後継者の芽を摘み取ろうとします。
 何も知らない道隆が「人殺し…??」という狼狽え、目が泳ぎ、知っているかと道長を見やりますが、この様子にこそ、道兼の蝕穢が貴族社会でいかに致命的であるかを物語っていますね。


 先ほど見せた憐れみの眼差しからは信じられないような冷酷な物言いですが、何もかもが我が「家」の繁栄のためにしていると一貫している兼家に迷いはありません。一同の前で道兼に恥をかかせて、彼の野心を潰しておかねば、摂政家は分裂してしまう。そう信じての言葉です。おそらくは、最初からこうなることも織り込み済みで、彼を一寸、憐れんだ目で見たのかもしれませんね。

 無論、父と同じ道を歩んできた同士と疑わない道兼には、この罵倒は納得できません。「父上こそ帝の父、円融院に毒を盛り、花山院の女御さまとそのお子を呪詛し、その挙げ句、殺め奉った張本人ではないか!」と売り言葉に買い言葉、今度は兼家の罪を暴き立てます。まあ、道兼の言い分はもっともなのですが、「父さんだって同じじゃないか」という開き直り方は子どもそのもの。この物言いには、父親に対する甘えが垣間見えます。

 二人の口論の内容が、とんでもないため、ますます困惑を深め、狼狽える道隆ですが、「道隆は何も知らずともよい。お前はまっさらな道を行け」と兼家に厳命されると、居住まいを正すように「はっ」と短く応じます。このやり取りを見た道兼の言葉にならない何とも言えない表情がよいですね。彼はこの瞬間になってようやく、父親に騙されていた、最初から自分を後継者にする気などないのだと知ったのでしょう。

 そしてこのやり取りで全てが決まったと見た兼家は「道兼はこれからも我が家の汚れ仕事を担って、兄を支えて参れ」と改めて、道兼は宿命から逃れられないと釘を刺します。今後も日陰ものとして、汚れ役を引き受け、その穢れに心を病み尽くす…そんな暗い残りの半生が道兼を貫いたでしょう。ただ、その冷酷な言い渡しの後に「それが嫌なら、身分を捨てどこへでも流れてゆくがよい」とも付け加えます。
 この言葉には、含みがあると思われます。一つは、人殺しのお前の役割は一つしかないと追いつめる意味合いです。そして、もう一つは、道兼への憐れみです。つまり、辛いのであれば、この「家」から出ていくことで別の道をいく手もあるという逃げ道の提示です。その選択をすれば、追ってまで汚れ仕事はさせない、お前が選べと突き放したのです。

 因みに「身分を捨てどこへでも流れてゆく」というのは、道長がかつてまひろに提案した愛の逃避行と同じだったりしますね。ですから、上手くいくはずがありません。それでも、兼家はそう言うしかなかった。「家」の繁栄が全てである兼家にとって、道兼を汚れ仕事から解放してやれる方法はこれぐらいしか提示できないからです。やはり、道兼を見やるあの眼差しには、憐れみが含まれているような気がしてなりません。

 ただ、この言葉は道兼からすれば、「お前など用済みである」との言葉にしか聞こえないでしょう。「この老いぼれが…とっとと死ね!」と捨て台詞を言い放ち、去っていくのも仕方ありません。それは、兼家にもわかっていたことでしょう。彼は道兼の無礼な物言いにも振る舞いにも、怒ることも罵倒することも言い訳することもなく「以上である」と淡々と話を打ち切ります。

 そして、その場に残った二人には「道隆、道長、今より父はないものと思って生きよ」と事実上の別れとこの先の「家」を頼むという願いだけを託します。死が迫る兼家は、最早、一人一人に情をかけてやる余裕はありません。自身の息子それぞれへの思いも差し置き、ただただ「家」のために最後まで尽くすのみなのです。

 用件が済んだ途端、また呆けたようになり、去っていく兼家。思わず、道長は追いかけ、その後ろ姿を眺めます。息子に恨まれても自分に感情を殺し、どこまでも「家」の繁栄に尽くす父の生きざまに思うところがあったのでしょう。反面、父に背を向け、廊下でうなだれる道兼には、そうした兼家の思いは通じません…参内をしなくなった道兼は荒れた生活に身をやつします。


2.ずっと伝えられなかった寧子への想い

 出家した兼家は昏睡状態に陥ったようです。その彼を、道綱の母、寧子が看病しているのですが、相変わらず「道綱、道綱、道綱…」と繰り返し、息子の出世について、後継者の道隆によろしく頼むように声掛けをしています。兼家の病状を顧みないような母のしつこさに傍にいる道綱も「お加減のお悪いときにそんなことを申されるのは…」と母を窘め、なんとかやめさせようとします。道綱は、病の父への申し訳なさと母の言動から見える妾の哀れさの板挟みになって居たたまれない思いでいるのです。

 以前のnoteでも触れましたが、寧子が道綱の出世にこだわるのは、息子の将来を心配するからだけではなく、彼女の中に兼家の愛情への飢えが巣食うからです。ですから、自分への十分な愛情を示さず黄泉へ逝こうとする兼家へ恨み言を言いたくなっているのが、寧子の心情なのでしょう。兼家の愛にすがるしかなかった彼女の切ない思いを、あさましいと単純に言いきりたくはないところです。

 すると、兼家は突如、目を覚まし、その目に寧子を認めると、急に優しげで柔らかな表情を浮かべて、「歎きつつ ひとり寝る夜の 明くる間はいかに久しき ものとかは知る(意訳:嘆きながら、一人で孤独に寝ている夜が明けるまでの時間がどれだけ長いかご存じでしょうか?ご存じないでしょうね)」と和歌を口ずさみます。それは、彼女が書いた「蜻蛉日記」に記載されたもの…その事実にはっとした寧子は、兼家の手を強く握ります。

 ずっと兼家はつれなくしていて、自分への関心を失ったのだと思っていた。しかし、実際の兼家は、彼女の書いた「蜻蛉日記」をきちんと読み、そこに編み込まれた彼を待ち続ける寧子の辛い心を知っていたというのです。知っていても、どうにもしてやれなかったのでしょう。
 本作の兼家であれば、その理由は一つ、我が「家」の繁栄のためでしょう。権力闘争に明け暮れ、我が「家」が貴族の頂点に立つため、嫡妻を立て、その娘は入内できるように育て、息子三人は「家」の役立つ者に仕立てる…それが兄二人を失って以降の兼家の第一義だったと思われます。妾への思いは二の次にせざるを得なかったということでしょう。


 それでも兼家は、十分とは言えなかった寧子との恋に生きた日々を「あれは…良かったの。輝しき日々であった…」と満足そうに語ります。そこには、あの日に帰りたい思い、そして、彼女への万感の想いが感じられますね(嫡妻の時子には申し訳ないですが)。おそらく寧子が、募る嫉妬と不満をこじらせていたのも、遠いあの日を思い返していたからです。
 一瞬にして、二人の想いが重なり、あの日に帰った瞬間、寧子は彼の手を自らの頬に寄せます。積年の想いがわずかに報われたこのとき、寧子の心には、道綱の将来はなく、ただ兼家との思い出だけが占めたかもしれませんね。後悔なき兼家から詫びの言葉はありません。それでも、寧子には、この今の想いを信じられることが全てでしょう。惜しむらくは、彼はもう逝くということです。

 それにしても、道綱の台詞「嫡妻は一緒に暮らしておるが、妾はいつ来るかわからない男を待ち続けているんだよなぁ…」(第12回)は寧子の思いを端的に表していますが、これをこういう形で回収してくるとは巧いですね。そして、このことは、後継者を告げたとき同様、兼家は己の思いを犠牲にして、「家」の繁栄に尽くしてきたことを意味しています。果たして、それが幸せと言えるのか否か…それは、その最期を迎えるシーンに託されます。



3.そして、星落ちるとき

 さて、兼家の終活が着々と進む中、幸せに死なせてなるものかと荼枳尼(だきに)天の修法を行い、兼家の呪詛をしているのが明子女王です。因みにこの呪詛は、扇を祀った神棚が爆砕して、兼家の死に作用したような演出がされ、明子の怨念の強さを感じさせます。本作の晴明は、本業でありながら、こうした派手な場面はないため、明子に晴明以上の呪力があると誤解した方もいるかもしれませんが、そういうことではありません。

 強い呪詛は自身に返る反動も強く、相手の命を奪うのであれば、当然、自身の命が危険に晒されます。まして、明子が頼った荼枳尼天は魂を食らう代わりに大願成就させるとされる代物。自分などどうでもよいとうそぶき、恨みのみに生きる明子だからこそ行えた素人の生兵法。捨て身に過ぎないのです。逆に晴明ほどの術師であれば、そうした危険を承知していますから、安易に強い呪法は使わず、地味にじわじわとやるでしょう。また、反動を自分が受けないための方策、他の動物を代わりにするなどといったことも心得ているでしょうね。

 話を戻しましょう。静かに終わりそうだった兼家の死は、明子の鬼気迫る呪詛によって不穏な空気が漂い始めます。ただ、この明子の呪詛は、藤原家の恨みを持つ者たちの象徴、代表的なものとして描かれているだけで、実は都中に兼家を呪う呪詛は溢れていることでしょう。散楽で東三条殿の者たちを揶揄する散楽に民たちが熱狂するのも、恨みを買っていることの表われですし、多くの貴族は政変で追われ、騙された花山院に至っては幼い一条帝を呪うほどに兼家の一族を恨んでいます。そして、円融帝との仲を裂かれた詮子、後継者に指名されなかった道兼と子どもたちからすら不興を被っているのが兼家です。

 兼家に限らず、政争を生き残り、政の頂点に立つということは、今も昔も非情さと冷酷さと騙し合いも用いて人の恨みと妬みを買い、それら積もりに積もった負の感情の上に立つということなのかもしれませんね。その宿命をわかった上で自覚的に振る舞えるのが、兼家の強さと言えるでしょう。だからこそ、彼は、思うままにすべてを手にしたのです。


 多くの時の権力者のもとを渡り歩いたであろう老獪な陰陽師、安倍晴明は、そうした政争の宿命も目の当たりにしているでしょう。さらに彼は、人相と人柄を見抜き、星を読むことでその人の天命を測ります。ですから、権勢なるものの栄枯盛衰もよくよく知り抜き、根本的にはその天命からは誰も逃れられないという諦観も持っています。そのことは、前回、兼家の問いに対し、答えることも術を使うこともやんわりとはぐらかしたことにも表れています。命数の尽きた者には、何をしても意味をなさないからです。

 そして、幾人もの権力者が消えてきたときと同じようにその終わりを静かに告げます。その事実を伝える淡々とした響きと星を見る目からは、何の表情も見えません。
 しかし、これまでのnote記事で触れてきたように、晴明にとって兼家との関係とは、微妙な緊張感のある腹芸、綱渡りのような大胆な謀など、腹立たしくも面白いものでした。ある種通じ合っていた二人は、前回の謁見で二度と会うこともないこともわかったことでしょう。
 ですから、兼家を星と見立て「今宵、星は堕ちる」と晴明が、わざわざ口にしたのは、彼なりに兼家を送る思いもあったのではないでしょうか。二人の蜜月(笑)を思えば、それくらいあったと考えるのは不自然ではないと思われます。

 ただ、人を見、星を読む晴明は。「次なる者も長くはあるまい」とも続けます。とんでもない言葉に従者の須麻流が驚いた顔で晴明を見上げていますが、晴明は、兼家が誰を後継者にしたのかを見抜いたのでしょうね。現実的な兼家は、順当に道隆を選びましたが、「この国の未来」という観点でものを見る晴明の眼差しは少し違います。具体的に彼が何を思ったかは描かれませんでしたが、中関白家一門との酒宴での様子からして、中関白家の命運を決めるのが定子の人間性だけで、道隆の嫡男伊周にはそれだけの器量がないと見たように思われます。
 一方で、妙に無垢で、彼の目でも図り切れなかったのが道長です。これまでのところ、定子と道長に共通するのは、人の心をつかむ才でしょうか。つまり、晴明はそこに可能性を見ているのですね。

 摂政家が貴族の頂点に立つには兼家のような手段を選ばない力が不可欠でした。兼家の人生がそれを証明しています。しかし、これから必要なのは掴み取った権勢を維持し、発展させる力です。たとえ、兼家よりも優秀であっても兼家のコピーであっては敵を作るだけです。必要なことは、和を尊び、味方を作っていくようなことでしょう。
 ですから、道隆では「長くはあるまい」と読むのだと思われます。勿論、陰陽師の晴明、その不可思議な力で道隆の健康状態も幻視できているかもしれません(道隆は酒を呑むシーンが結構多いですが、大酒呑みが命を縮めたとも言われています)。


 さて、明子女王から呪詛され、晴明に静かに見送られんとしている当の兼家は、夜中、夢遊病のように廊下へ、そして庭へと彷徨い出ていきます。成すべきことは成し、息子に伝えるべきことは伝え、妾への秘めた想いも通じた今、思い残すことはないゆえか、あるいは痴呆が進んだゆえか、その表情は柔らかです。彼は庭園の朱色の橋のたもとに来ると、煌々と白く輝く三日月を見て、目を見張ります。月の輝きを前に、この世の美しさを改めて感じ入る…それはすべてを手に入れた兼家の人生の満足を意味しています。多幸感にあふれ、目を細める兼家は、今こそ人生の絶頂にあるのですね。


 しかし、白かった三日月は徐々に赤くなり始め、同時に兼家の笑顔も引き、空虚な表情へと変わっていきます。この月の変化は、明子女王の呪詛の力によるものか、正気に戻った兼家の内面であるのかは曖昧にされています。そのどちらでもよいですし、あるいは両方なのでしょう。ともかく、その赤い月はやがて、濃い血に染まっていきます。権力の頂点に立つために踏みにじった多くの命の血かもしれません。そして、それは彼の罪の色でもあります。

 痴呆による忘却…それは見方によっては苦悩から解き放たれる天からの授かりものです。しかし、罪深い兼家は、認知症に罹りながらも最期の瞬間に呆けることを許されません。血色の月に照らされ、恐ろし気な赤紫に染まる兼家は、それでもその血の付きから目を逸らすことなく見つめています。そこにあるのは、自らの罪を自覚し「やはり楽には死ねんか」という諦観です。

 繰り返しますが、兼家は我が「家」の繁栄のためにやったあらゆることについて、後悔はありません。だから、血の月に照らされようとも、臆することもなくそれを見つめられるのです。しかし、それが人々(それは彼が虫けらと呼ぶ者も含め)の恨みを買う所業であり、罪であることは自覚しています。道隆と道長を穢れから遠ざけたこと、穢れてしまった道兼への憐れみ、苦しめてしまった妾、寧子へ最後に思いを伝えたこと、それらは、罪の意識の裏返しです。
 罪の意識ゆえに彼は血の月を前に、是非もなしとの諦観の表情を見せます。そこには、報いと恨みをすべて引き受ける覚悟すらも窺えます。演ずる段田安則さん自身の役者としての凄みも加わり、兼家の断末魔の表情は凄惨という他ありません。

 そして、最高潮となった明子女王の呪詛が、神棚を爆砕させた瞬間…呼応するように兼家は逝きます。因果応報…決して幸せになれない。飽くなき権勢欲に生きた最高権力者の末路が、強く印象づけられます。


おわりに

 夜中、父を思っていた道長が、橋のたもとで眠るように倒れている兼家を見つけます。脈をみて、その死を確かめた道長は、穢れも厭わず、その御身を抱きかかえます。直秀の死をその手で供養した彼だからこそできる行為ですね。そして、抱きすくめると「父上…父上…父上!」とむせび泣きます。
 兼家の「家」優先の政治信条は、道長とは相容れるものではありませんでした。未だ、「民に阿るな」という父の言葉も納得しかねているでしょう。また、権力を得るために行った非道な手段も、道兼に汚れ役を押しつけたことも、詮子を入内させ犠牲にしたことも、許せることではなかったはずです。

 しかし、その一方で兼家の政治手腕、政争を生き延びた強さ、一家をまとめあげ、なすべきことをなしていく強い意思には、敬意を抱いていました。父が倒れたとき「導いてくだされ」と言ったのも、父に対する愛情と甘えでしょう。兼家がいればこそ、道長は好きにやれた…精神的支柱でもあったのですね。その彼が永遠に失われた…受け止めきれない事実と複雑な哀しみがあふれ出てくるのです。

 因みに寝殿造の浄土式庭園でよく見られる朱色の橋は、渡りきることで極楽浄土へ渡ることができるとされます。しかし、多くの者の恨みを買った兼家は、出家をしても許されず、遂に極楽往生を遂げるに至りませんでした。道長は、そのことにも気づいたでしょう。権力者である彼が誰に看取られることもなく、孤独に寂しく死んでいったこと…道長はそれをどう見たでしょうか。
 まひろに誓ったように、政の頂点に立つと道長が思うのであれば、兼家の死は我がことでもあるのですね。彼のように死ぬ覚悟があるか、あるいは、こうならないような人生があるのか、それが今後の道長の物語では重要なポイントになってくるでしょう。
 茫漠たる曇り空は、道長の重苦しい気分を表していますね。

 
   ※ その2に続きます。

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