【短編小説】嫌い嫌いも好きのうち


この小説は西野 夏葉さん主催企画アドベントカレンダー2022参加作品です。
12月11日を担当させていただきます葵野楓(あおいのかえで)と申します。よろしくお願いいたします!!
お楽しみ頂けると嬉しいです。


 最近じゃハロウィンが終わればクリスマス商戦一直線で街や人もきらめきだす。
 そんなクリスマスの足音が聞こえだすなか、私は半年お付き合いしていた同じ大学の彼氏にフラれた。理由を一応聞いたけれど、うまい具合にはぐらかされて真相は闇のなかだ。私も私でフラれた理由を聞きはしたが「別れたくない」とすがりついたり、ましてや涙すらも出なかったから彼のことを本当に好きだったのかは自分でもよくわからない。私の恋愛はこれまでこういう終わり方ばかりしてきた。私にも非があるのか、はたまた私には恋愛は向いていないのかもしれない。

 そんな訳で今年のクリスマスは二十四日も二十五日、何なら二十三日も大学一年生から続けているレストランのバイトのシフトを入れた。
 店長には泣いて喜ばれた。まあ、そうだよね。わざわざ忙しいクリスマスに率先してシフト入れたがる奇特な人間は私くらいなものだった。
 私がアルバイトしているレストランは雰囲気の良いイタリアンで、それはもうデートにはもってこいだ。

 怒涛の三連勤最終日の十二月二十五日。クリスマス当日。私はせわしなくレストランのホールを動き回っている。
「紗英(さえ)ちゃん、今のうちに休憩いっといて」コース料理の提供をすませ、一旦落ち着いた隙にこちらも疲れの色が隠せていない店長に声をかけられた。
「ありがとうございます。じゃあお言葉にあまえて少し休憩いってきます」
 店のバックヤードに入ると、シェフの佐野さんがソファーで仰向けに寝転びスマホを触りながら「おう、おつかれ」とやる気のない声をだした。
「お疲れ様です」私はバイトを始めて三年が経つけれど、どうもこの佐野さんが苦手だ。
 シェフとしての腕は一流で、その大きな手からつくり出される繊細な料理たちがうちのレストランでは評判だ。けれども「クリスマスに三連勤もするなんて、彼氏いなかったっけ?」こういうあけすけな物の言い方が好きになれない。
「最近フラれました」
「あっそう。それはご愁傷様」
「いえ。佐野さんこそ、スマホ触ってましたけど彼女さんですか?」
「違うよ」
「でも女の人でしょう?」
「だったら?」
「べつに」
 なんだ、この会話。私は佐野さん相手だと社交辞令やかわいげといったものが使えなくなってしまう。良いのか悪いのかはわからないけれど。
「先に戻るわ。あ、ラスト終ったらちょっと時間ちょうだい」
「なんでですか?」
「三日間頑張ったご褒美やるよ」
 甘ったるい笑顔を残して佐野さんは厨房へと戻っていった。なるほど、ああやっていつも女の人を落としてるんだな。やっぱり私はかわいげがない女だな。そう自覚せざるを得なくなる、佐野さんの態度や言動が嫌いだ。大嫌い。考えてたらむかむかしてきた。
「私もホール戻ろう」

 閉店してお客さんが全て帰って行ったのは十一時過ぎ。あと少しでクリスマスも終り。へろへろな店長は仮眠をとりにバックヤードへと戻ってしまった。もくもくとクローズの準備をしている私に、佐野さんが低い声で「紗英」と呼んだ。
「何ですか?」
「ちょっとこっちきて」
「え?私今クローズ作業してるんですけど」
「後で時間くれるって言ったろ?」そういえばそんなことも言ってたな。忙しすぎて記憶から吹っ飛んでた。
 佐野さんに導かれるまま厨房の大きな冷蔵庫の前にくると「開けてみ?」と促される。
 観音開きの取っ手に手をかけ、冷蔵庫を開けると、そこには明日以降の仕込みに混じってイチゴのショートケーキが入っていた。美しいケーキの上には律儀にチョコプレートがつけられており、そこには『HAPPY BIRTHDAY SAE』とかかれている。
 嘘。なんで。
 人って心底驚いたときは声が出ないんだな。そんなことを頭の隅っこで考えながら、私は呆然と立ち尽くしていた。
「びっくりした?」なんて、いたずらが成功した小さな子供のような笑顔をみせながら、佐野さんが言う。
「え?え?なんで?なんで知ってるんですか?」
「俺、ここの社員だぞ。お前の履歴書くらい見たことあるよ」
 やめてよ。そんな優しい笑みをみせないで。
 十二月二十五日。クリスマス当日は私の誕生日でもある。だけど、クリスマスという大きなイベントの前に私の誕生日はくすみ続け、自分でも自分の誕生日には期待しなくなっていた。それなのに。自分でも忘れかけていた誕生日をこんなかたちで祝ってもらえるなんて。
 じんわり胸があたたかくなり、そのあたたかさが込み上がってきて少し涙目になる。
「紗英はいつも頑張ってるよ。店長や俺も紗英に助けられてばっかりだ。ありがとうな。うまれてきてくれてありがとう。誕生日おめでとう」
 佐野さんの大きくてあたたかな手がぽんと私の頭に乗る。
「こうやっていつも女の人落としてるんですか?」
 ああもう、やっぱり私はかわいくないな。こんなことが言いたいわけじゃないのに。
「あのさあ、前から思ってたんだけど、紗英の目には俺ってそんなに女たらしに見えてるわけ?」
「まあ」
「心外だな。これでも少なくても好きな女しか興味ないし、好きな女の誕生日に特別ケーキ用意しちゃうくらいには一途なつもりなんだけど」
「へ?それって」
「そういうこと。紗英に嫌われてる自覚はあるけど、自分の気持に嘘つくのも違うと思うから、これからそのつもりで」
「え、あ、はい」何これ。何これ。佐野さんの真剣な眼差しに顔がどんどんあつくなっていくのがわかる。私、こんなちょろい女だったっけ?
 けど。だけど。今までの余裕ぶった物の言い方も、すましたような顔も全部私の気を引きたくてしていたとしたら?
「佐野さんって意外と子供っぽいんですね」
「男なんていつまでも子供だよ。特に好きな女の子の前では」
 そう優しい声を出す佐野さんに、少しだけ心がときめいた。少しだけ。
 そんな私の二十二歳の誕生日の始まり。何かが始まる気がした。
「佐野さん、ありがとうございます。最高の誕生日です」
 
(了)


 


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