【アニメ鑑賞】BLUE GIANT ~音×映像=∞~
劇場アニメ『BLUE GIANT』を鑑賞した。
本作が人気漫画を原作にしていること、ストーリーが大変熱いこと、魅力的な登場人物たちのこと、劇中の演奏シーンにおける音楽が最高であることはもう言い尽くされているように思うので、
ぱっと見はあまり見かけなかった、演奏シーンにおける描写のことを中心に感想を述べてみたい。
とはいえ、わざわざそんな格好つけたことを書く以前の問題として、本作はド直球で面白く、熱く、感動する作品だった。特に物語終盤は、目頭が熱くなるのを禁じえなかった。
それでも、本作がそれを引き起こしてくれた要因を探り、整理しておきたいと思う。
まず、演奏シーンは基本的に、ぬるぬる動く3Dアニメーションだった。その方が良いに決まってるだろう。どう考えても楽器演奏という複雑で細かい動作を表現するには、手書きでは途方もない労力がかかるはずだ。
だが、演奏シーンが3Dアニメーションであったことの利点はそんな消極的なものだけではない!
時折挟まれる手描きアニメーション…激しい筆致、大胆な構図、鮮やかすぎる色使い、極端にダイナミックな動き…これらがしかるべきタイミング(たとえば登場人物一人ひとりのソロ演奏シーンとか)に入ることで、恐るべきメリハリと盛り上がりがもたらされ、ただでさえ半端ない「音」の迫力に映像の激しさが掛け合わされた結果、
もはや鑑賞者は身体の内から溢れるリズムに、鼓動に、そして興奮に、身をゆだねる他なくなってしまうのである。
私はマンガの『BLUE GIANT』をほとんど読んだことがなく、多少そのイラストを覗いた程度しかない。それでも、あの演奏シーンの描き方は印象深かった。
マンガという媒体で、ジャズの持つ情熱的でエネルギッシュな「音」をどう届けるか。それを突き詰め、力の限りふり絞って描いている熱意が、ひしひしと伝わる気がした。
しかし映画の方も、決して原作マンガに負けていない、と思う。それは、マンガにはない「音」が乗っているからではなくて、むしろ「音」に甘えず、「音」と掛け合わさることで無限大の迫力と躍動感とエネルギーを描き切った、その演奏シーンの描写の素晴らしさをたたえて、そう思うのだ。
「たぎる」というのは、まさに本作の演奏シーンを観た人たちのための言葉ではないか。
ジャズが人間の奥底に眠る激しさを呼び覚ます音楽なのだとしたら、この映画の演奏シーンは完全にジャズのそれであったのだ、と思う。
楽曲がジャズだったからではない。製作者たちの、ジャズプレイヤーにも似た情熱によって。
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