葦本

生きてりゃいい

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ロック、耳で滑っていく

ただ死なないでいて欲しいと思った。 生きていればそれで良い。 死にたいくらい辛くなって初めてそう思えた。 別に一方的に依存していただけの大人。 恋愛感情かどうか、そんなのよく分からない。 ただ生きていて欲しい。 あなたが生きている世界が良い。 生きてるって分かれば、私も生きていられる。そう思える人。 恋愛か友情か、何でもないか。そんなの何でも良いよ。 出会えたことは幸せ。それで良い。いくら今が辛くたって、出会ったことは幸せ。それはそれこれはこれ。 あなたのことを考えるのが

    • ランジャタイなハチワレ

      懐に、入りたいッ! 懐に、入るって、一体なに?皆さん、そう思いませんか?ッ ドルフィンキック、ありますでしょう? その逆、キックドルフィンで、懐に入れます。 キックドルフィン・・・・、ドルフィンキックってそもそもなんだっけッ・・あ、空中泳法で!やると、こうか!これ!ッこれッ!?ティックトックJKジャンッ!!?!ふんふんふーん、2人が出会ってェ、キックドルフィン、と、キックドルフィン、でハートォ!!!!!そこですかさず、キックドルフィン〜、キック!ドルフィン〜〜、、ティッ

      • 言語化nikki *❁⃘*.゚

        「真面目」「良い子」「正義感」、どれもピンと来ない。自分の個人的な「正解」に固執することは、自己満足だと思っている。 「善悪」を判断した上で、たとえ悪くないとしても私はこう思う。こうしたい。という、客観視の先に自分を形作っているものが現れる。 自分を隠して生きなければならない世界は苦しい。私という人間を一度リセットして人付き合い用の自分をつくる、その行為で私は自分の大切な言葉を失う。人間関係を築く上では不快であることを隠すことがある程度は必要だが、自分の快を失ってしまうかも

        • 私の美学

          自転車で学校へ向かう私は、額を隠さず欠伸をしている。どんなに崩れた表情になろうと、誰も私を笑うことはない。笑う機会が無いため幸せを感じられないからか、笑えることを必死に探している人間たち。そいつらは雨が降り続けても、空しさを無視し続けられるのか。バイクで一人爆音を鳴らしながら過ぎ去る大人も、とぼとぼ一人で歩いて帰る中学生も皆んな。自分の事だけ。図書館にいる時は階段から人間を流し見て、一人一人が懸命に生きている空気を感じる。外に出た瞬間から何も変わらない日常に飲まれる。認識の必

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        ロック、耳で滑っていく

          自己紹介(n回目)

          新学年になった記念に。 高校3年生 身長は156cm (1cm伸びてた) 長座体前屈は42cm (1番良い結果がこれ) 現代文だけ偏差値60は超えてる そういうの本当にどうでも良い。と思っている人間です。 その辺を歩いている時に見かける、生きていることの素晴らしさを体現しまくってる犬が好きです。猫はさびしい。どっちも好きだけどね。 芸人を目指しています。大学は落語研究会に入部して、お笑いを頑張りたい。いつかグレープカンパニーに所属したい。良いところを目指している

          自己紹介(n回目)

          『ものの考え方』より

          "『』より" をタイトルとするものは、あくまでも日記として、思考が生まれ育つ道筋を記録していこうというものである。 今回の参考文献 「ものの考え方」 / 串田孫一 <その1> 「孤独について」という章に書かれている言葉であり、自ら孤独な生活を望む人とはどのような心理状態であるか、について述べています。 私はこの心理状態を孤独生活においてでなく、お笑いに「固執すること」で感じているように思います。初めの動機は憧れであったとしても、自分にとってお笑いがどのような意味を持って

          『ものの考え方』より

          思考の記録

          洒落た人間の嗜みではない 何処の馬の骨かも分からない人間の言葉を、思想家の名言集かのように扱って「私こんな本を読んでいますのよオホホ」という面をしている人が最近は増えているのかもしれない。田舎に住む私でさえそう感じてしまう、SNSの発達とは恐ろしいもので。逆に考えると、SNSの住民では無い人間は「純粋な自分らしさ」への理解を深めることに専心し、心を平穏に生きている。のではないか。私はそちら側の人間になりたいね。不本意な孤独に病むことが無くなれば、きっと何もかもが好転し始める

          思考の記録

          気分は賢くなってくるくる

          事実として理解すること、感覚として掴んでいくもの。この世にはその2種類がある。 双方において大事にする比率に個人差は大ありで、それ故に 「パッと見て聞いて分かる」 物事を消化する時間であらゆる出会いの可能性が潰れていくわけで。パッと見て聞いて分かるものばかりで時間を潰していると、人間みな馬鹿のまま。とさえ思ってしまう。 「自分なりに掴みたい / 思いをより強固なものにし、深めたい」と羨望する出会いはまさに、自分の憧れと同時にコンプレックスまで引き連れてくる。一人間の孤独の

          気分は賢くなってくるくる

          悲しめることに安心する

          明るくポジティブである事が、一般的には良いとされている。 私は「ネガポジ」を信用していない。かなり悪質だと思っている。 ネガティブをポジティブに変換する。それって信じられない言葉も唱えることで、自分の身体に落とし込むってことじゃん? 「考えて納得することで信じる」がベースの人間には本当に無理な話だよ。ネガポジ人間を目指した時期もあったけど、結局ネガポジをベースとして楽しい面して生きてる人にはなりたくないって思っちゃった。 私は最近気付いた。神聖かまってちゃんを聴くと、春野さ

          悲しめることに安心する

          thx~!! 国!!!

          叶わないことを願っている。 間違っていないか不安になる。 時々、運命を辿っている気がしてならないと思うことがある。 他人は私の望みを分かっていなくて良い。 ただ、私だけの人生の悲しみがあるという事を理解して欲しい。 ただ、何事にも慈愛の心を持っていて欲しい。自分のことを大切にする事を選んでいなくなっちゃったけど、そのくらい自分も大切にしていて欲しい。 自分に嘘をつかない人と生きて、安心して眠りにつきたいだけ。 友達って何だろう。 愛されている、いない。って何。 馬鹿にし

          thx~!! 国!!!

          耐えろ、胎動。

          私が躍動するには、どうしても自分の部屋を出るなければならない。今日も相変わらず、そう強く思う。その苦しみは、自らが自分に与えることのできる賜物だ。 躍動の対義語には、「不動」「安静」「無気力」などがあるらしい。しかし私は、「胎動」が一番の対義語だと考える。心の苦しみに触れるたび、躍動したいと望む人間が一番に耐え難いと感じることが「胎動」であるから。調べると、胎動とは「内部で新しい物事が動き出すこと」という意味であるが、その意味を何も考えずに受け取ると希望の始まりのようなイメ

          耐えろ、胎動。

          絶対に諦めないよ〜😂😅😜

          絶対に諦めないよ〜😂😅😜

          採点不可避な世の中

          微妙な変動を感じ取れるから、自分には自分という存在が採点不可能であると思う。 不可能であるのにも関わらず、どうしてなのか自分の採点をする事を避けられない自分がいて自らを苦しめる。 最近は「自分はこれで良いんだ」と心から思える人生を歩むことが幸せである気がしている。 それは「諦め」なのか。自分の求めるものが人生で一貫して変わらないことが大切なのか。あの頃の自分に戻る、とは何なのか。 自分の人生を良くし、生活の質を向上させるためにプライドは必要なのか。 あの人もこの人も「持って

          採点不可避な世の中

          完読できたら格好いいと小学五年生のとき思っていた星の王子さま、今なら読めると思って3分の1読んだ

          完読できたら格好いいと小学五年生のとき思っていた星の王子さま、今なら読めると思って3分の1読んだ

          現実を探せない

          それは、単なる現実逃避の言い換えかもしれない。 自己主張に労力を馬鹿ほど取られる日々に、久々のシフォンケーキのように軽く甘い対話。 他の人と同じ話が出来ないからこそ、空気にならなければならない時がある。 他の人と同じ話が出来ないからこそ、いつもと違う自分で話したい時に話せる。 コンビニで買うセルフのコーヒーの話で少しばかり共感しあった。加えて今日はラッキー、お笑いの話をした。 自分である必要がない対話が好きだ。 自分を魅せる、その意味とは。 自分を魅せられる人、魅せられない

          現実を探せない

          孤独とは

          孤独とは「同じ気持ちになれない事」なのではなかろうか。最近はそう思います。 今孤独だな。というのは一人の時に気付くことであって、人は常に孤独なのだ。一度は聞いた事があるのでは無いでしょうか。一人でいる時より皆んなといる時の方が孤独というのは、単に自己開示の過不足によるものだと経験から推測します。人に囲まれていても孤立している、という状況は珍しくないからです。 さて本題に戻ります。孤独とは 「同じ気持ちになれないこと」 という話をするにあたり、一つ触れておきたい言葉があります

          孤独とは