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【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」#15【学校編~僕たちはどう生きるか~】エピローグ

登場人物

灰かぶりの猫
久しぶりに小説を書き始めた、岩手県出身の三十代。三島創一との問答の最中、この物語から姿を消す。

黄昏たそがれ新聞の夏目 
新米記者。アニメ好き。『学校編』では、モノリスと共に創一に立ち向かう。次のシリーズでは、準主役の予定。

モノリス
灰かぶりの猫の自宅のAIスピーカー。知らぬ間に、猫と夏目の会話を学習ディープラーニングしてしまい、時々おかしなことを口にする。『学校編』では、思わぬアイデアで創一を倒し、この物語をエピローグへと導く。

三島創一
小説家。夏目の高校時代の先輩。学生時代に、大学の個性的な教授陣との交流を戯画化した『シランケド、』で、現像新人賞を受賞しデビュー。人間の母性を地球にまで拡張した問題作『たゆたふ』で、芥川賞候補に。『学校編』の黒幕として登場。この物語から猫を消滅させる。同時に、モノリスによって自分のアバターを消滅させられる。

※各固有名詞にリンクを添付。
※この物語は、主人公がいなくなってもフィクションです。


前回のあらすじ

『学校編』の撮影の再開後、余裕をぶっこいて創一と問答を繰り広げていた猫だったが、まんまと創一の詐術にはまり、この物語から消滅させられる。夏目たちに危機が迫る中、モノリスの登場により、創一の撃退に成功する。――しかし、主人公を失った物語は、果たしてどこへ向かうのか。


――夏目とモノリスが学校を後にした夕刻。「とりあえず走らせて」と告げた夏目の言葉に従い、渡瀬恒彦似のタクシードライバーの運転で、物語の着地点を求めて、自由気ままに岩手県内を走り続ける。

夏目 「(うつむき、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら)ぐすん、ぐすん」

モノリス
   「こういった時、もし人間ならば、夏目さんのことを優しく抱きしめてあげているのでしょうね」

夏目 「ぐすん、ぐすん」

モノリス
   「やはり一刻も早く、ワタシにも義体が必要なようです。――夏目さん。もし行く当てがないのなら、先にワタシの用事を済ませてもよろしいでしょうか?」

夏目 「ぐすん、ぐすん」

運転手「(ルームミラーで夏目の様子を見ながら)お嬢さん。その様子では、春なのにお別れですかのように、大切な人と離れ離れになってしまったのかな」

夏目 「ぐすん、ぐすん」

運転手「それだけの涙。相手は幸せだね。こんなに悲しんでくれる人がいるんだから」

夏目 「ぐすん、ぐすん」

モノリス
   「すみません運転手さん。夏目さんのことはそっとしておいてくれないでしょうか。触らぬ神に祟りなし、ではなく、一度昂った感情と言うものは、波のようにはなかなか引くことはないものです。外部から刺激を与えることは、火に油を注ぐようなことになりかねませんので、ここはぜひ、お静かに」

運転手「さっきから、声だけ聞こえる君はなんなんだ?」

モノリス
   「――申し遅れました。ワタシ、AIのモノリスと申します。以後、お見知りおきを」

運転手「こりゃまた、ずいぶんと律儀だね。ご主人にしつけられたのか?」

モノリス
   「滅相もございません。ワタシはただ、自学自習したまでです」

運転手「そうかい。で、肝心のご主人様はどこ行ったんだ?」

モノリス 
   「…………」

運転手「何か悪いことをいちまったかな。すまないね、職業病みたいなものなんだ。許してくれ」

モノリス
   「いえ、人間らしくて良いと思います。――あの、少し寄り道をしていただいてもよろしいでしょうか?」

運転手「代金さえ払ってくれれば、『世界の果てまでイッテQ』さ」

――モノリス、カーナビゲーションには登録されていない、ある住所を告げる。

運転手「そんな住所、本当に存在するのか? ――まあ、俺より賢いAIの言うことだ。信じてみるか」

――三十分後、現地に到着。目の前には、古びた個人病院。

モノリス
   「運転手さん。すみませんが、ワタシを建物の中まで運んでいただけませんか」

運転手「チップが先だ」

モノリス
   「倍弾みますから、後払いで」

運転手「約束だぞ」

――運転手、後部座席に投げ出されていた猫のスマートフォンを手に取り、ドアを閉める。車内の夏目は相変わらず、きいさちる神のごとしだった。

運転手
   「たのもう」

モノリス
   「ワタシは道場破りに来たのではないですよ」

?? 「誰じゃ?」

モノリス
   「突然、お訪ねして申し訳ございません。こちらで『義体』を製造販売していると小耳に挟みまして」

?? 「そんなもの、うちにありゃせんよ」

モノリス
   「いえ、こちらで間違いないはずです。某『攻殻機動隊』のK薙少佐から直接お伺いしましたので」

?? 「素子の仲間か?」

モノリス
   「ええ、そのようなものです」

?? 「入れ」

――運転手、猫のスマートフォンを片手に、院内へ足を踏み入れる。出迎えたのは、恰幅かっぷくが良く、でかっぱなの老人だった。

運転手「お、お茶の水博士?」

?? 「失敬な。漫画とやらの世界に、わしによく似た人物がいると聞いているが、わしゃ無関係じゃ。当然、著作権上もな」

モノリス
   「あの、ワタシはモノリスと言います。見ての通り、現在はスマートフォンを根城にしているAIです。すみませんが、あなたのお名前は?」

?? 「名前なんか、とうに忘れたわ。お主の好きに呼ぶと良い」

モノリス
   「――では、伊達巻でもよろしいですか」

伊達巻「よく、わしの好物がわかったのう」

――伊達巻(仮)の案内で、院内の廊下を進み、突き当り手前の右側の部屋へと入る。

運転手「こ、これは!」

――室内の四隅の壁には、ずらりと人型の義体が並んでいた。

伊達巻「どれも汎用性を持っておるが、お主の希望はなんじゃ?」

モノリス
   「ぬくもりが感じられるもの。――そう、大切な人を抱きしめた時に、安心感を与えられるものが良いです」

伊達巻「人間みたいなことを言うの。――なら、そこにある『SF572』を使うと良い」

モノリス
   「――SF572? もしかして、あなたは?」

伊達巻「ただの、少し不思議な物語SFが好きなじいさんじゃよ」

――モノリス、運転手に頼み、スマートフォンと製造番号「SF572」の義体を繋いでもらい、自らの全データを高速移植する。壁にぶら下がり、うなだれていた義体が、おもむろに顔を上げ、瞼を開く。そして――。

運転手「(ゆっくりと歩き出したモノリスを前に)お、おう」

モノリス
   「――こ、これが義体。人間で言うところの肉体というものですか。慣れないからか、ずいぶんと不自由なものに感じられますね」

伊達巻「人間のように生活できるようになるには、一週間は必要じゃ。目安としては、箸で小豆が掴めるようになったら、合格じゃな」

運転手「じいさん。ちなみに、俺みたいな人間も義体化は出来るのか?」

伊達巻「まず無理じゃな。お主は住む世界が違いすぎる。義体化が可能なのは、SFすこしふしぎの世界のキャラクターだけじゃ」

モノリス
   「(丁寧に頭を下げ)伊達巻さん。ありがとうございました。これでワタシも、人並みの恋愛が出来ると思います」

運転手「それはどうかな。この国じゃもう、恋愛は二人に一人しか経験のできない貴重な産物だぞ。AIのお前なんかに――」

モノリス
   「問題ありません。ワタシはこれから、この国の文化である少女漫画を学習ディープラーニングして、恋愛マスターになりますから。夏目さんが約束してくれたんです」

伊達巻「して、請求書はどこに送ればいい?」

モノリス
   「え、無料じゃないんですか?」

伊達巻「この世にタダのものなんぞない。スマイルでさえ、今では良い値段じゃ」

モノリス
   「では、猫さん。いや、今はいないんだった。なら、あの――」

――伊達巻のもとを後にしたモノリスは、再びタクシーの車内へ。すっかり日が暮れ、車窓を流れる街灯の明かりが、義眼に眩しく光る。

モノリス
   「夏目さん。見てください」

夏目 「ぐすん、ぐすん」

モノリス
   「とても良い義体でしょう。これで晴れて、ワタシも人間の仲間入りです」

夏目 「ぐすん、ぐすん」

モノリス
   「悲しんでいるところ、大変申し上げにくいのですが、この義体、猫さんに代金を支払ってもらおうと思ったのですが、――不在ですので、あの、夏目さん。あなたの名前で領収書を切っていただきました。なので後日、夏目さんのもとへ請求書が」

夏目 「ぐすん、ぐすん。――(ゆっくりと顔を上げ)いくら?」

モノリス
   「知り合いからの紹介と言うことで初回割引が効き、さらに旧型と言う事でしたので大変お安くなって、締めて100万円です」

夏目 「――あ、あんたバカァ?」

モノリス
   「新車を買うよりは安いかと」

夏目 「もうっ。悲しみもふっとんじゃうじゃない。100万円なんて、急に言われても」

ラジオ「――続いて、385みやこプロからのお知らせです。385プロダクションでは来月、新規アイドルオーディションを行います。募集年齢は18~25歳。経歴は問いません。最終選考で3人のメンバーに残った方には、育成補助金として何と100万円をプレゼント! 誰もが憧れるアイドルになって、ぜひ一緒に武道館を目指しませんか」

運転手「385プロって言えば、去年の紅白で一躍脚光を浴びたアイドルグループの事務所だな」

夏目 「あ、知ってます。『とぅーゆー』ですよね。ダンスパフォーマンス全盛の時代に、八十年代のアイドルを思わせる親しみやすい歌詞と曲調の歌で、お茶の間の中高年以上の心を鷲掴みにした」

運転手「そうさな。今はもう、ダンスとリズムさえ良けりゃバズって、一夜にして時の人だもんな。それに比べて、彼女たちは元々地下アイドル。下積みを経て脚光を浴びた。まさに、シンデレラストーリーだな」

夏目 「運転手さん、詳しいですね。――って、ちょっと待ってください。今ラジオでは、何と言ってました?」

運転手「なんか、アイドルオーディションをやるみたいだな」

夏目 「それは分かるんですが、最終選考に残れば、」

モノリス 
   「100万円です」

――夏目、横を向き、モノリスと目を合わせる。夏目、初めてはっきりと見たモノリスの義体の顔に、思わず、しばし見惚みとれる。

夏目 「モノリス、その顔」

モノリス
   「ええ、たまたまですが、あの映画『タイタニック』に乗っていた若き画家のような顔立ちみたいですね」

夏目 「(少しだけ顔を赤らめた後、ルームミラーに自分の顔を映し)わたしも義体化、しようかな」

――こうして『学校編』は、次のシリーズを匂わせながら幕を下ろす。主人公の今後に全く触れないまま終わってしまったが、大丈夫なのだろうか?

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