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我が国の公共工事発注方式の歴史的経緯と今日のインフラメンテナンスにおける由々しき状況

インフラメンテナンス国民会議への提言

【提言のタイトル】
我が国の公共工事発注方式の歴史的経緯と今日のインフラメンテナンスにおける由々しき状況

【提言の全文】

1 戦前の公共工事は官庁直営方式
 明治維新後、新政府は、欧米の制度や技術、芸術、医学などを学ばせるため、各分野で多くの優秀な人材を欧米に留学させました。そして、数年間にわたる欧米留学からの帰国後、特に欧米の土木・建築技術を学んだ人材は、主に官庁で登用していました。その結果として、戦前の我が国では、民間ではなく官庁が最先端の土木・建築技術を有することとなり、公共工事を担う官庁の技術力が民間よりも圧倒的に上という、欧米諸国ではまず見ることができない状況が生み出されたのです。
 そこで、当時の土木・建築の公共工事は、内務省、鉄道省及び農林省が、民間企業に発注するのではなく、設計と施工を「直営」で実施していたのです。つまり、官庁内部の技官が、道路や橋、公共建築物等を自ら設計して施工図面を作成し、その図面に基づく詳細な積算により必要となる経費を算出して、確保した予算で資材や人夫を調達して施工していたのです。
 このように、戦前の公共工事は、欧米諸国では類を見ない我が国独自の官庁直営方式で実施されていたのですが、公共工事の設計や施工を担う技術力を官庁がほぼ独占的に有していた当時としては、官庁直営方式は最も合理的なやり方であったと言えます。

2 戦後の土木事業で確立した仕様発注方式
(1) 仕様発注方式の端緒と根拠となった建設事務次官通達
 戦後になって、公共工事の施工業務の外部委託化が始まり、次いで、設計業務の外部委託化も始まりました。その際、昭和34年1月に、建設事務次官通達「土木事業に係わる設計業務等を委託する場合の契約方式等について」 が発出されています。この通達の中で、「原則として、設計業務を行う者に施工を行わせてはならない。」という、「設計・施工の分離の原則」 が打ち出されたことが端緒となって、設計と施工の分離発注方式、つまり、仕様発注方式が、土木分野で広く用いられるようになっていったのです。
 このような経緯から、我が国の仕様発注方式は、事務次官通達に基づくものであり、法令(法律・政令・省令)に基づくものではない、つまり、仕様発注方式を明示した根拠規程を法令上に見出すことはできないものであると言えます。
 そして、旧建設省所管の土木分野で広く用いられるようになった仕様発注方式が、今度は担当局長や担当課長による通達すら無いままに、旧建設省所管の建築分野及び製造請負分野(電気設備、機械設備等)にも波及していったのです。その結果として、半世紀を経た今日に至るまで、我が国の土木・建築工事や各種製造請負に係る発注は仕様発注方式一辺倒となったのです。

(2) 昭和30年代は仕様発注方式が最も合理的なやり方
 振り返って見れば、昭和30年代は、公共工事を担う民間企業も育ちつつあったのですが、戦前まで公共工事を官庁直営方式で実施していた官庁の技術力は、何といっても圧倒的でした。このため、「設計・施工の分離の原則」に則った仕様発注方式は、つまり、発注者である官庁から受注者である民間企業に対して「この図面どおりに施工せよ」と細かく指図するやり方は、当時としてはまさに理に叶っていたと言えます。
 ここで視点を変えてみますと、公共工事は、鉄筋・鉄骨・コンクリートが中心の工事です。そこで仮に、官庁に比べて技術力が優れてはいなかった昭和30年代の民間企業に、設計・施工一括で公共工事を発注したとすれば、使用された鉄筋・鉄骨・コンクリートについて、官庁が求めた品質なのか否か、完成検査の時点ではもはや確認の術はありません。それゆえ、「設計・施工の分離の原則」に則り、設計を外部委託した場合でも、官庁内部の技官が、設計結果の審査と委託成果物(施工図面)に基づく詳細な積算による「厳格な予定価格」の策定を行い、設計業者とは別の業者に施工を発注することについては、つまり、仕様発注方式を用いることについては、昭和30年代には大きな意義・目的があったのです。
 ちなみに、欧米諸国では昔も今も、公共工事を担う官庁の技術力が民間企業に優っていた例はほとんど見当たりません。このことから、戦前の官庁直営方式や戦後の仕様発注方式は、いずれも他国に類を見ない我が国独自のガラパゴスと言えます。

3 官庁と民間の技術力が逆転した今日の状況に追随できていない仕様発注方式
 昭和から平成に移る頃、公共工事の施工を担う技術力において、官庁は民間企業に逆転され、今日では、施工に係る最先端の高度な技術力は民間企業が有するようになっています。このため、「この図面どおりに施工せよ」といった仕様発注方式は、今日では、あたかも技術力に劣る者が技術力に優る者に指図しているのも同然の、おこがましいやり方になってしまっていると言えます。また、このようなやり方(つまり、仕様発注方式)では、民間の施工業者が有する高度な最先端技術や施工上の創意工夫を存分に活かせるはずもありません。つまり、仕様発注方式は、官庁と民間の技術力が完全に逆転してしまった今日の状況に全く追随できていないのです。このことは、これからのインフラメンテナンスを考えていく上で、とても容認できない由々しき状況であると言えます。

【提言の補足】

 我が国では、国や自治体が毎年、数兆円規模の公共工事や各種製造請負を発注していますが、殆どが仕様発注方式を用いています。ところが、仕様発注方式では、受注者側が有する最先端技術や創意工夫を存分に活かすことが難しいため、数兆円規模の投資がイノベーション(技術革新)には殆んど繋がっておりません。このことは、技術立国を自認する我が国にとって、大変由々しき事態であるといっても決して過言ではありません。


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