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「性能発注方式」発注書制作活用実践法 第1章 日本人のDNAに組み込まれている「仕様発注方式」

第1章の目次

第1節 発注書と発注方式
1 発注書とは?
2 発注方式とは?
 
第2節 日本人のDNAに組み込まれている「仕様発注方式」の弱点
1 仕様発注方式は、他国に類を見ない我が国独自のガラパゴス
2 仕様発注方式の基本は、「設計・施工の分離の原則」
3 仕様発注方式の本質は、ボトムアップによる部分最適化
 
第3節 「仕様発注方式」とは対照的な「性能発注方式」
1 性能発注方式は、グローバルスタンダード
2 性能発注方式の基本は、「デザイン思考」によるニーズとシーズのベストマッチング
3 性能発注方式の本質は、トップダウンによる全体最適化
 
第4節 DX、オープンイノベーション、プロジェクトマネジメントを成功させる鍵は、「性能発注方式」による取り組み
1 DXに欠かせないソフトウェア開発
2 オープンイノベーション
3 プロジェクトマネジメント

第1章の全文

第1節 発注書と発注方式
1 発注書とは?
 発注書とは、一般的には「注文書」のことですが、本書では、建築・土木工事や各種製造の請負を専門業者に委託する際(つまり、外部の専門業者と請負契約を締結する際)に用いる「仕様書」を指しています。
 ここで、「契約書」と「仕様書」の関係についてですが、別個のものではなく、契約締結後は「契約書」と「仕様書」を一体のものとして扱います。その理由ですが、下記の【契約書に必須の五項目】の中で、⑤の「何をどうして欲しいのか(契約対象)」について、「契約書」に書き切れない場合に別途にまとめたものが「仕様書」だからです。
 
 【契約書に必須の五項目】
  ① 誰が(発注者「甲」)
  ② 誰に(受注者「乙」)
  ③ いつまでに(契約期限)
  ④ いくらで(契約金額)
  ⑤  何をどうして欲しいのか(契約対象)
 
 このことから、契約締結後の「仕様書」は、「契約書」の一部分を構成する別添文書として扱われます。ちなみに、「契約書」は有印私文書(つまり、契約の当事者である「甲」と「乙」の間でのみ意味を持つ文書)ですから、契約締結後の「仕様書」は、有印私文書の一部分となります。

2 発注方式とは?
 建築・土木工事や各種製造の請負を外部の専門業者に委託する際には、建築・土木工事の請負であれば対象物の「設計」と「施工」の二段階が欠かせず、各種製造の請負であれば対象物の「設計」と「製造」の二段階が欠かせなくなります。
 そこで、建築・土木工事や各種製造の請負のいずれにしても、委託先とする専門業者との請負契約の締結(つまり、発注)に先立ち、このような二段階の扱い方を発注方式として前もって決めておかなければなりません。このことから、発注方式は、二段階をそれぞれ別個に扱う方式と、二段階を一連のものとして一括して扱う方式に大別されます。前者が、一般的に「仕様発注方式」と言われる「設計と施工(or 製造)の分離発注方式」です。また、後者が、一般的に「性能発注方式」と言われる「設計と施工(or 製造)の一括発注方式」です。
 言い換えれば、「仕様発注方式」とは、「この設計・施工図面のとおりに作ってくれ」といった、目標を実現するための具体的な手段や方法を仕様書(工事仕様書や製造請負仕様書)として示す発注方式です。また、「性能発注方式」とは、「このような機能と性能を備えたものを設計も含めて作ってくれ」といった、実現しようとする具体的な目標そのものを仕様書(要求水準書や計画要求書)として示す発注方式です。
 このため、「仕様発注方式」と「性能発注方式」では、目標を実現するまでの取り組み方や考え方が、発注者と受注者の双方で全く違ってくるのです。このことを象徴するのが、ソフトウェアの開発を外部の専門業者に委託する場合です。実際の動作を目にすることができないソフトウェアを開発する場合には、「このとおりに作ってくれ(プログラミングしてくれ)」といった「仕様発注方式」が適するはずもなく、「このようなものを作ってくれ(プログラミングしてくれ)」といった「性能発注方式」に依るしかないところです。このため、DX(Digital Transformation)の成否に直結するソフトウェア開発の成否は、「性能発注方式」による取り組み方の上手下手次第であると言えます。
 同様のことは、オープンイノベーションやプロジェクトマネジメントについても言えます。オープンイノベーションにしても、プロジェクトマネジメントにしても、「このとおりに作ってくれ」といった「仕様発注方式」の取り組み方や考え方ではうまくいくはずもありません。それゆえ、「このようなものを作ってくれ」といった「性能発注方式」の取り組み方や考え方が、その本領を発揮するところとなるのです。
 そこで、「仕様発注方式」と「性能発注方式」のそれぞれの特徴と、DXに欠かせないソフトウェア開発、オープンイノベーション、プロジェクトマネジメントの三点についての発注方式に係る課題とその解決策について、次節以下に記載します。

第2節 日本人のDNAに組み込まれている「仕様発注方式」の弱点
1 仕様発注方式は、他国に類を見ない我が国独自のガラパゴス
 我が国では、建築・土木工事や各種製造請負の発注といえば仕様発注方式を指すと言えるほどに、今日でも普遍的に用いられているのが仕様発注方式です。しかし、第4章第1節に詳細を記載のとおり、我が国の仕様発注方式は、明治維新以来の他国に類を見ない特殊事情に起因する、「我が国独自のガラパゴス」なのです。このような仕様発注方式が、我が国で用いられるようになり全国に広まっていったのは昭和34年のことです。それ以来、日本人は、半世紀以上にわたって、何世代にもわたって、性能発注方式の取り組み方や考え方に触れる機会も無いままに、仕様発注方式の取り組み方や考え方が連綿と引き継がれていく中で生きてきたと言えます。いわば、仕様発注方式は、日本人のDNAにしっかりと組み込まれているような存在なのです。
 ちなみに、欧米諸国では、建築・土木工事や各種製造請負の発注といえば性能発注方式を指すと言えるほどに、昔から性能発注方式が普遍的であり、仕様発注方式という言葉すら見当たらないところです。

2 仕様発注方式の基本は、「設計・施工の分離の原則」
(1) 「設計・施工の分離の原則」とは?

 仕様発注方式の発端は、第4章第1節に詳細を記載のとおり、昭和34年1月に発出された建設事務次官通達「土木事業に係わる設計業務等を委託する場合の契約方式等について」の中で、「原則として、設計業務を行う者に施工を行わせてはならない。」という、「設計・施工の分離の原則」 が打ち出されたことです。この「設計・施工の分離の原則」は、法令(法律、政令、省令)に基づくものではなく、事務次官通達に基づくものに過ぎないのですが、打ち出されてから半世紀以上を経た今日では、日本人の無意識レベルにまで浸透した「常識」と化している観があります。このため、「設計・施工の分離の原則」に則った「設計と施工の分離発注方式」(つまり、仕様発注方式)が、我が国では今日でも常識であり普遍的なのです。
 ところで、戦前まで公共工事を官庁直営方式で実施していた官庁の技術力は、昭和30年代においても民間企業と比べて圧倒的に上でした。このことから、「設計・施工の分離の原則」に則った「設計と施工の分離発注方式」(仕様発注方式)は、昭和30年代当時では最も合理的な発注方式であったと言えます。しかし、昭和から平成に移る頃、公共工事を担う技術力において官庁は民間企業に逆転され、今日では、最先端の高度な技術力は民間企業が有するようになっています。それゆえ、受注者よりも発注者の技術力が上であることを前提とした「設計と施工の分離発注方式」(仕様発注方式)は、発注者よりも受注者の技術力が上となった時代の流れにうまく追随できていないと言えます。
 
(2) 仕様発注方式での設計発注段階における問題
 発注者側の技術力の相対的な低下が主因となり、近年、問題が顕在化しているのは、設計段階での発注の仕方、つまり、仕様書の元となる設計図書の作成を外部に委託する際の発注の仕方についてです。設計段階での発注時には、「このとおりに設計してくれ」といった仕様発注方式の取り組み方や考え方では、うまくいくはずもないことは明らかです。そこで、「このようなものを設計してくれ」といった性能発注方式の取り組み方や考え方が、設計段階での発注時にその本領を発揮するはずです。
 ところが、我が国では過去半世紀以上にわたって、性能発注方式の取り組み方や考え方に触れる機会すら無いままに、仕様発注方式の取り組み方や考え方のみが連綿と受け継がれてきたため、設計段階での発注時に性能発注方式の取り組み方や考え方がほとんどできないのです。つまり、設計段階での発注に先立ち、発注者は、「どのようなものを作るべきか」といったコンセプトを明確にした上で、「機能と性能の要求要件」を規定していくといった取り組み方がほとんどできないのです。
 その結果、例えば建築・土木工事の設計を発注する際には、発注者は、設計対象のコンセプトと設計対象に求める「機能と性能の要求要件」を具体的に示さないままに、業者の規模や実績等に基づいて設計受託業者を選定する場合が多く見受けられます。この場合には、選定された設計受託業者は、発注者側の実務担当者との打ち合わせを重ねる中で、発注者側の実務担当者からの「設計に向けた要望」を受けつつ、基本設計を行って次は実施設計へと進めていくことにより、工事仕様書の元となる設計図書を作成して発注者に納品するのです。
 このようなプロセスで問題になるのは、「どのようなものを作ろうとしているのか」といったコンセプトについて、発注者側の組織としての認識が統一されないまま、つまり、発注の元締め(工事契約書上の「甲」)ですらコンセプトを十分に認識しないままに、工事仕様書が制定(制定決裁時に、工事仕様書の膨大な設計・施工図面の中からコンセプトを読み取ることなどほとんど不可能です。)されてしまうということです。そして、そのまま次の施工段階の発注に移行してしまうということです。このような問題は、豊洲新市場棟建設工事で露呈しているので、以下に記載します。
 
【豊洲新市場棟建設工事で露呈した問題】
 2016年に地下空洞の建設が問題視された豊洲新市場棟建設工事では、数百ページに及ぶ工事仕様書(案)を最終的に承認決裁した東京都中央卸売市場長は、決裁時に設計内容の妥当性の確認など全くできなかったのではないかと推察される。しかし、承認決裁しなければ仕事が進まないので、中央卸売市場長は、やむ無く決裁していたのではないかと推察される。ところが、新市場棟に地下空洞(公開済みの当初計画では、地下空洞の建設予定は無かった。)がいつの間にか設計・施工されていたことが後になって問題視され、承認決裁した中央卸売市場長はその責任を追及されている。このことは、仕様発注方式における設計段階での問題点が露呈したと言えるのである。

3 仕様発注方式の本質は、ボトムアップによる部分最適化
 設計と施工を分離して発注する仕様発注方式の主眼は、設計を発注する段階で競争原理を働かせ、施工を発注する段階でも競争原理を働かせるところにあると言えます。実際には、標準化された工法が利用できる場合(つまり、誰がやっても同じ結果が出せる場合)であれば、設計発注時と施工発注時のいずれにおいても、価格面の競争原理を働かせることは可能です。しかし、技術面の競争原理を働かせようとしても、設計発注時に施工業者が有する最先端技術や創意工夫を反映させることはほとんど不可能です。つまり、仕様発注方式では、設計発注時に詳細を確定できる「熟して枯れた技術による施工」しか実施できないのです。このことから、仕様発注方式の本質は、設計段階と施工段階ごとの「ボトムアップによる部分最適化」であると言えます。
 それゆえ、仕様発注方式での施工受注業者には、発注者が示した工事仕様書に規定されていない最先端技術を活用したり、イノベーションの源となる創意工夫を凝らしたりする余地はほとんどありません。このため、仕様発注方式では、発注者は、進展著しいイノベーション(技術革新)の成果を十分に享受できない上に、施工受注業者は、イノベーションに繋がる結果を生み出すことも困難となるのです。このことからも、仕様発注方式は、近年の時代の流れにうまく追随できていないと言えるのです。

第3節 「仕様発注方式」とは対照的な「性能発注方式」
1 性能発注方式は、グローバルスタンダード
 我が国では、今世紀に入ってからのPFI事業(第4章第2節に記載した民営化を主眼とする事業)において、性能発注方式を用いた実施事例が増加してきましたが、PFI事業以外の建築・土木工事や各種製造請負では、そのほとんどが今日でも仕様発注方式で実施されているところです。
 他方、欧米諸国では、建築・土木工事や各種製造請負は性能発注方式で実施するのが通例であり、仕様発注方式で実施された例はほとんど見当たりません。このことから、仕様発注方式が「我が国独自のガラパゴス」であるのに対して、性能発注方式は「グローバルスタンダード」であると言えます。
 ちなみに、我が国でも戦前には、第2章第1節に記載した「旧日本海軍が性能発注方式により零戦開発に成功した事例」が示すとおり、性能発注方式を効果的に用いて多くの優れた結果を残してきたのです。
 また、我が国でも一般人が自宅を新築する場合には、官庁のごとくの仕様発注方式(つまり、発注に先立ち、柱や梁の一本に至るまで詳細に設計した上で、釘の一本に至るまで詳細に積算して必要経費を算出するやり方)を用いるはずはなく、実際には特に意識しないままに性能発注方式を用いているのです。
 自宅の新築では、設計・施工を依頼したい建設業者に、「希望」を伝えるところから始まります。具体的には、「このような立地条件でこのような広さの土地に住宅を建てたい。坪数はこれ位にしたい。二階建ての洋風でクラシックな感じにしたい。二階にはバルコニーを設けたい。明るくて開放的なリビングにしたい。玄関は南向きにしたい。大きな地震に耐えられるようにしたい。2台分の車庫を設けたい。・・・」などの「希望」を伝えます。建設業者は、このような「希望」に基づいて詳細設計を行います。つまり、施工図面を作成します。詳細設計を行う上で、まだ不足するところについては、「ここはどうしたいですか?」と、建設業者はさらに「希望」を聴いてきます。
 実は、発注者としてのこのような「希望」を必要十分に箇条書きにしたものが、性能発注方式における発注仕様書(要求水準書)なのです。ここで、「二階にバルコニーを設けること」は、有るか無いかを規定する「機能要件」です。また、「大きな地震に耐えられるようにすること」は、どの程度かを規定する「性能要件」です。このように、性能発注方式で用いる要求水準書には、決まった様式は無く、その作成を難しく考える必要もありません。受注業者に実現してもらいたい目標をしっかりとイメージして、つまり、コンセプトを明確にして、「このようなものを創り上げて欲しい。」ということを、受注業者に分かりやすく伝える工夫が最も重要となります。
 このように、我が国でも一般人が自宅を新築する場合には、誰でもごく自然に性能発注方式を実践しているのです。つまり、必要に迫られた場合に常識的に対処すれば、誰でも性能発注方式を効果的に実践することができると言えます。このことの証として、第5章第1節に、我が国で戦後初となる性能発注方式により完遂することができた「宮崎県警察本部ヘリコプターTVシステム新規整備事業(1996年)」の詳細について記載します。

2 性能発注方式の基本は、「デザイン思考」によるニーズとシーズのベストマッチング
(1) 目的は「費用対効果の最大化」

 本章第2節の2に記載のとおり、仕様発注方式の基本は、「設計・施工の分離の原則」です。仕様発注方式は、今日までの長年にわたって、この原則から逸脱しないことを第一としてきました。つまり、この原則の遵守を絶対視してきたと言えます。そして、いつの間にか、発注時には常に念頭におくべき「費用対効果の最大化を図ること」の視点を見失ってしまったように見えます。その証左の一端と言えるのが、第3章に列挙した「仕様発注方式に起因する公共工事発注上の諸問題」です。
 他方、性能発注方式には、絶対視すべき原則などありません。それゆえ、性能発注方式では、「費用対効果の最大化を図ること」を常に念頭におくことができます。言い換えれば、性能発注方式の最大のメリットは、「費用対効果の最大化を図ること」ができるところにあります。
 ところで、費用対効果の最大化を図る具体的な方策ですが、一言で言えば、発注時に、価格面だけではなく技術面においても、競争原理を確実に働かせることです。これには、ニーズとシーズをベストマッチングした理想的な要求水準書を作成することが鍵となります。ここでのニーズとは、発注者が実現を求めようとする「機能と性能の要求要件」です。また、ここでのシーズとは、受注者が有する「設計と製造のノウハウ」です。第2章第1節に記載のとおり、旧日本海軍が性能発注方式により零戦開発に成功した最大の要因は、旧日本海軍が、ニーズとシーズをベストマッチングした結晶とも言える理想的な要求水準書(計画要求書)を作成したことでした。ちなみに、このような要求水準書(計画要求書)であれば、零戦開発の成功事例から明らかなように、イノベーション(技術革新)を促進することができます。
 なお、ニーズとシーズをベストマッチングした理想的な要求水準書(計画要求書)を作成するには、発注者ならではの技術力の涵養と発揮が欠かせません。発注者ならではの技術力とは、発注対象関連の技術動向を見極め、現状の課題解決に適する技術を選択し、その活用により課題解決に向けて期待される効果を的確に予見する能力です。これは、受注者側が有する設計と製造のための技術力とは、全く次元が異なるものです。そして、このような発注者ならではの技術力を涵養して発揮するには、次項(2)に記載する「デザイン思考」によりニーズとシーズのベストマッチングを図る取り組み方が、最も効果的であり効率的です。
 
(2) 「デザイン思考」によるニーズとシーズのベストマッチング
 「デザイン思考」とは、あたかも、縦糸と横糸を織り成して絵柄(デザイン)を編み出していくように、現状の課題(ニーズ)の把握と、課題解決方策(シーズ)の検討を、並行して実施することにより、課題解決で期待される効果の最大化(ニーズとシーズのベストマッチング)を追求する取り組み方です。ニーズとシーズのベストマッチングを旨とする性能発注方式では、必要不可欠な取り組み方と言えます。
 ちなみに、「デザイン思考」に対比するこれまでの取り組み方は、「直線思考」と言えます。つまり、「直線思考」とは、現状の課題(ニーズ)を予め設定して確定(固定)した上で、そのような課題の解決方策(シーズ)を幅広く探求して最善の解決方策を見つけ出していくといった、一方通行のような取り組み方です。あるいは、その逆に、シーズの詳細(技術的なスペック等)を予め確定(固定)した上で、そのシーズで解決可能なニーズを模索していくといった、こちらも一方通行のような取り組み方です。
 このような「直線思考」の取り組み方は、仕様発注方式の取り組み方や考え方がその根底にあります。ここで問題となるのは、技術革新が激烈な分野ではシーズの進化が著しく、その反映としてニーズの所在と内容が移り変わってしまう場合が多く見受けられることです。このような場合には、ニーズ又はシーズを予め確定(固定)する「直線思考」の取り組み方では、確定(固定)しておいたはずのニーズ又はシーズが、取り組んでいる間にどんどん陳腐化してしまうのです。

3 性能発注方式の本質は、トップダウンによる全体最適化
 設計と施工(or 製造)を一括して発注する性能発注方式の主眼は、受注業者が有する施工上(or 製造上)のノウハウや創意工夫を存分に活かすことができるところにあります。
 その大前提は、理想的な要求水準書を発注者が作成することです。つまり、受注業者に実現を求める目標を具体的に規定する「機能と性能の要求要件」について、受注業者に委ねるべき設計には決して立ち入ることなく、かつ、受注業者が設計と施工(or製造)を行う上で必要十分となるよう、分かりやすく示した要求水準書を発注者が作成することです。
 この際、発注者が特に注意しなければならないことは、主要な性能要求要件の間には、トレードオフ関係、つまり、彼方を立てれば此方が立たなくなる相反関係が生じることです。
 このようなトレードオフ関係にある性能要求要件に数値目標を設定しようとする場合に、各性能要求要件ごとに最適と推測した数値を割り振っていくといった、「ボトムアップによる部分最適化」のアプローチではうまくいくはずがありません。
 そこで、このようなトレードオフ関係にある性能要求要件に数値目標を設定しようとする場合には、トレードオフ関係にある性能要求要件の全体を一つの達成目標として捉えて、トレードオフ関係を熟慮した上で、各性能要求要件の目標数値については各々の「最大値」の位置に並び立たせるといった、「トップダウンによる全体最適化」のアプローチが必要となります。
 例えば、第2章第1節に記載した零戦の開発では、空戦性能・最高速度・航続距離についての性能要求要件が三つ巴のトレードオフ関係にありました。そこで、旧日本海軍は、軍用機に関する最先端の技術動向(シーズ)を調べ上げて、現場が抱える課題(ニーズ)も並行して調べ上げて、部内の開発会議での議論を重ねて、空戦性能・最高速度・航続距離についての性能要求要件間に生ずるトレードオフ関係について熟慮(シーズとニーズのベストマッチング)した上で、極めてハイレベルだけれども実現が不可能ではない「機能と性能の要求要件」を見極めて、一枚の計画要求書(要求水準書)にリストアップしたのです。
 そして、旧日本海軍は、このような計画要求書で航空機メーカー(三菱重工業)に、零戦の研究開発・設計・製造を一括して委託しました。これを受けて、三菱重工業は、計画要求書に掲げられた極めてハイレベルな「機能と性能の要求要件」の全てを満たす(つまり、全体最適化する)ために、研究開発・設計・製造を一貫して実施する中で、全体最適化に向けて創意工夫を存分に凝らすことができたのです。つまり、零戦は、旧日本海軍が作成した理想的な計画要求書があったからこそ、三菱重工業が全体最適化に向けて創意工夫を存分に凝らすことができた賜物であったと言えます。
 さて、話を戻しますと、性能発注方式には、設計と施工(or 製造)を単に一括して業者任せにしてしまうといった、発注者側に極めてイージーな方式であるかの如くの印象が残ります。しかし、実際に性能発注方式で成功させるには、発注者は、零戦開発時の旧日本海軍のように、シーズ(最先端の技術動向)とニーズ(現場が抱える課題)のベストマッチング(課題解決により期待される効果の最大化)に向けて、分けてもトレードオフ関係にある性能要求要件に係る「トップダウンによる全体最適化」について、発注者として真剣に取り組まなければならないということです。見方を変えれば、「トップダウンによる全体最適化」が性能発注方式の成否を決する鍵であり、この鍵は発注者が握っていると言えます。

第4節 DX、オープンイノベーション、プロジェクトマネジメントを成功させる鍵は、「性能発注方式」による取り組み
1 DXに欠かせないソフトウェア開発
(1) DXとは?

 DX(Digital Transformation)とは、経済産業省が2018年12月に公表した「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver.1.0」の中での定義によれば、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」です。
 要するに、DXとは、企業が競争上の優位性を確立することを目的として、データとデジタル技術の活用により企業体質を変革・強化していくことです。それゆえ、企業が新たなデジタル技術を導入して活用していくことは、DXの目的そのものではなく、DXを推進していく手段であると言えます。また、企業がデータを活用していくには、業務運営の基盤を成す基幹系システムの見直しが欠かせないところですが、これには、大規模なソフトウェア開発が必要不可欠となります。このため、DXの成否は、ソフトウェア開発の成否次第であるとも言えます。
 
(2) 我が国では、基幹系システムの更新失敗が頻発
 企業の業務運営の基盤を成す基幹系システムは、企業における業務そのものや、組織、プロセスと密接に結び付いています。従って、DXを推進して、業務そのものや、組織、プロセスを変革していくには、基幹系システムを変革することが最も効果的であり、また、避けては通れないところとなります。
 ところが、我が国では、基幹系システムの変革どころか、基幹系システムの更新失敗(つまり、大規模なソフトウェア開発の失敗)が頻発しており、その失敗の責任を巡って受発注者間で裁判沙汰となった事例も少なくありません。例えば、次のような事例です。
① 三菱食品は、基幹系システム開発失敗の責任はインテックにあるとして、約127億円の損害賠償を求める訴訟を提起(2018年11月)
② 古河電気工業は、基幹系システム開発失敗の責任はワークスアプリケーションズにあるとして、約50億円の損害賠償を求める訴訟を提起(2018年11月)
③ 文化シヤッターは、基幹系システム開発失敗の責任は日本IBMにあるとして、約27億円の損害賠償を求める訴訟を提起(2017年11月)
④ 野村ホールディングスと野村証券は、基幹系システム開発失敗の責任は日本IBMにあるとして、約36億円の損害賠償を求める訴訟を提起(2013年11月)
⑤ NTT東日本は、基幹系システム再構築の発注元であった旭川医科大学に対して、契約解除に伴う約23億円の損害賠償を求める訴訟を提起(2010年8月)
⑥ スルガ銀行は、基幹系システム開発失敗の責任は日本IBMにあるとして、約111億円の損害賠償を求める訴訟を提起(2008年3月)
 さて、裁判沙汰にまで発展した上記6件の基幹系システム開発失敗事例には、多くの共通点があります。つまり、6件の全てにおいて、新たに開発しようとしたシステムでは「汎用的なパッケージソフトウェア」の利用を基本として、発注者側の要望を踏まえて新たな機能を追加していくとしていたことや、これを受けて、発注者側の業務部門からの新システムへの機能追加要望・機能改善要望(これまでのやり方をできる限り踏襲したいといった業務部門の思惑からの要望が大半です。)が五月雨式にとめどもなく出されたことにより、受注者は長期にわたって新システムの詳細仕様を固めることができなかったことなどです。
 これでは、本章第3節に記載の性能発注方式からはほど遠い取り組みであり、本章第2節に記載の仕様発注方式に近似した取り組み(つまり、「発注者が示す設計図面のとおりに製造してくれ」に考え方が近似した「発注者が要望として言ったとおりにシステム開発してくれ」といった取り組み)であるため、システム開発に失敗した場合の責任の所在が全く不明確になってしまいます。だから、裁判沙汰となってしまったのです。
 加えて、システム開発を無事に終えることができたとしても、発注者側の業務部門からの機能追加要望・機能改善要望(これまでのやり方をできる限り踏襲したいといった業務部門の思惑からの要望が大半です。)を鵜呑みにしてきた場合には、出来上がった新システムは、これまでの基幹系システムとさほど代わり映えがしなくなってしまいます。その結果として、これまでの業務プロセス(紙による処理等を残したままの旧態依然とした業務プロセス)がほとんどそのまま温存されてしまうため、業務プロセスの抜本的な改善・変革の機会を逸することになりがちです。
 ところで、この本項(2)では、基幹系システムのソフトウェア開発委託における問題に焦点を当てましたが、DXの推進に向けたデジタル技術の導入時に必要となるソフトウェア開発委託についても、同様の問題が潜んでいることはまず間違いありません。そこで、次項(3)では、我が国のソフトウェア開発委託における問題をさらに掘り下げた上で、このような問題を性能発注方式による取り組みで払拭して、ソフトウェア開発委託を成功させるための要諦について説明します。
 
(3) ソフトウェア開発委託を成功させる鍵は、性能発注方式による取り組み
a. 仕様発注方式による取り組みでは、ソフトウェア開発の成功はおぼつかない
 仕様発注方式とは、別途に実施した詳細設計に基づき、「この設計のとおりに作ってくれ」といった、目標を実現するための具体的なやり方を仕様書で示す発注方式です。しかし、ソフトウェアの開発では、システムの詳細設計を別途に実施することは極めて困難であるため、「この設計のとおりに作ってくれ(プログラミングしてくれ)」といった仕様発注方式は、もともと適するはずもないところです。
 そこで、性能発注方式、つまり、実現したい目標をしっかりとイメージ(その具体的なやり方は、次項b.に記載します。)した上で、「このような機能と性能を備えたものを作ってくれ」といった、実現したい目標そのものを「機能と性能の要求要件」として要求水準書(その具体的な作成方法は、次項c.に記載します。)で示す発注方式の出番となるところです。
 しかし、本章第2節の1に記載のとおり、我が国では、今日でも発注といえば仕様発注方式を指すと言えるほどに仕様発注方式が普遍的であり、性能発注方式はまだ馴染みが薄いところです。
 それゆえ、我が国では、ソフトウェアの開発を外部の専門業者に委託する際に、性能発注方式による取り組み方や考え方がほとんどできないため、仕様発注方式による取り組み方や考え方がごく自然に委託開発のプロセスに反映されてしまうのです。その結果として、「汎用的なパッケージソフトウェア」の利用を前提としておきながら、発注者側の業務部門からの「汎用的なパッケージソフトウェア」への機能追加要望・機能改善要望が五月雨式にとめどもなく出されて、受注者は長期にわたって詳細仕様を固めることができないなどといった、欧米諸国(性能発注方式が普遍的に用いられています。)では到底考えられない(あり得ない)事態が頻発してしまうのです。
 
b. 経営トップまでの意志統一を図るための概要設計書(開発計画書)の作成
 性能発注方式でソフトウェア開発委託を成功させるための要諦の一つは、実現したい新システムを具体的にイメージして、誰でも一読すれば理解できるような文章で概要設計書(開発計画書)を作成することにより、経営トップまでの決裁を経るなどして組織としての認識や意志の統一を図ることです。この概要設計書(開発計画書)には、次の三項目を簡潔明瞭に記載することが肝要です。
① 現状の課題
② 課題解決方策の概要
③ 課題解決により期待される効果
 ここで、「① 現状の課題」では、例えば、既存の基幹系システムが抱えている問題(DXに向けたデータの高度な活用ができない、紙による事務処理を電子化できない、業務プロセス全般を合理化できない、など)について、建前論を述べるのではなく、真摯に検討・熟慮した結果を簡潔明瞭に記載することが肝要です。
 次に、「② 課題解決方策の概要」では、例えば、「汎用的なパッケージソフトウェア」の利用を前提とするのであれば、利用可能と思われる「汎用的なパッケージソフトウェア」に関する情報の収集に努めてそれらを比較対照し、「① 現状の課題」に掲げた問題の解決に最も適すると考えられる「汎用的なパッケージソフトウェア」を特定した上で、その「汎用的なパッケージソフトウェア」の選定理由と特徴を簡潔明瞭に記載することが肝要です。ここで、「機能追加の容易性」に触れることは禁物です。さもなければ、発注者側の業務部門からの「汎用的なパッケージソフトウェア」への機能追加要望・機能改善要望(これまでのやり方をできる限り踏襲したいといった業務部門の思惑からの要望が大半です。)が五月雨式にとめどもなく出される事態に繋がりかねないからです。
 最後に、「③ 課題解決により期待される効果」では、「② 課題解決方策の概要」に記載した「汎用的なパッケージソフトウェア」をそのまま用いることにより、「① 現状の課題」に記載した問題がどのように解決され、それによりどのような効果が期待できるのかについて、簡潔明瞭に記載することが肝要です。ここで、「汎用的なパッケージソフトウェア」をそのまま用いることとするのが大事です。そのまま用いようとすれば、既存の業務プロセスを見直して変革していこうとする動機が生まれるからです。
 
c. 理想的な要求水準書の作成
 性能発注方式でソフトウェア開発委託を成功させるためのもう一つの要諦は、理想的な要求水準書を作成することです。理想的な要求水準書とは、受注者に実現を求めようとする「機能と性能の要求要件」について、受注者に委ねるべきシステム設計に立ち入ることなく、受注者がシステム設計とプログラム製造を行う上で必要十分となるように、簡潔明瞭に記載した要求水準書のことです。
 ここで、「汎用的なパッケージソフトウェア」を利用する場合についてですが、「汎用的なパッケージソフトウェア」は、汎用的であるが故に、コンピュータにインストールすればそのまま使えるといった代物ではありません。「汎用的なパッケージソフトウェア」を効果的に活用していくには、実現しようとする業務プロセスに合致するように「汎用的なパッケージソフトウェア」の各種のパラメータを適切に設定する必要があり、また、「汎用的なパッケージソフトウェア」とその利用者とのマンマシンインタフェースとなるソフトウェアを、利用業務ごとに適切に開発する必要があるのです。
 それゆえ、「汎用的なパッケージソフトウェア」の利用を前提としたソフトウェア開発を外部の専門業者に委託する場合には、受託業者が、「汎用的なパッケージソフトウェア」の各種のパラメータを適切に設定できるようにするため、また、「汎用的なパッケージソフトウェア」と利用者とのマンマシンインタフェースとなるソフトウェアを、利用業務ごとに適切に開発できるようにするため、要求水準書には、実現を求める業務プロセスや利用業務ごとのマンマシンインタフェースに係る「機能と性能の要求要件」を、必要十分に記載することが肝要です。

2 オープンイノベーション
(1) イノベーションは目的ではなく手段であり結果

 オープンイノベーションとは、これまでに無い画期的な製品(つまり、従来品を駆逐してしまうほどに費用対効果に優れた製品)を産み出すために、その全部又は一部についての研究開発や設計・製造に最適なベンダー企業を、広く外部に求めて活かしていく手法のことです。分けても、技術革新が激烈な分野において、自社内で研究開発して設計・製造する体制を整えるいとまが無いような場合に、即戦力となる(つまり、自社内で未整備の体制を代替できる)優れたベンダー企業を見つけ出し活かしていくオープンイノベーションの手法は、大きな効果が期待できるところとなります。
 ところで、オープンイノベーションは、そのネーミングから、外部の企業とタイアップして何かのイノベーション(技術革新)を起こすことを目的としているように捉えられがちです。しかし、オープンイノベーション本来の目的は、従来品を駆逐してしまうほどに費用対効果に優れた製品を産み出していくために、その全部又は一部についての研究開発や設計・製造に最適なベンダー企業を迅速・的確に見つけ出して、活かしていくことです。、それゆえ、オープンイノベーションにおいて、イノベーション(技術革新)そのものは目的ではなく、費用対効果に優れた製品を産み出していくプロセスでの手段であり結果であると言えます。
 
(2) オープンイノベーションを成功させる鍵は、性能発注方式による取り組み
 オープンイノベーションの手法により、費用対効果に優れた製品を産み出すための必須要件は、次の二点です。
① 即戦力となる優れたベンダー企業を、迅速・的確に見つけ出すこと
② ベンダー企業の有する最先端技術と創意工夫を、存分に活かすこと
 さて、このような必須要件を満たすには、発注者側(つまり、費用対効果に優れた製品を産み出そうとする側)のニーズと、ベンダー企業側のシーズとのベストマッチングが何よりも大事です。ここでのニーズとは、発注者側が「費用対効果に優れた製品」に求める「機能と性能の要求要件」です。また、ここでのシーズとは、ベンダー企業が有する「設計と製造のノウハウ」です。
 このようなニーズとシーズのベストマッチングは、本章第3節の2に記載のとおり、性能発注方式がその基本とするところです。それゆえ、オープンイノベーションを成功させる鍵は、性能発注方式による取り組みにあると言えます。
 そこで、性能発注方式による具体的な取り組み方としては、次の二段階となります。
① 発注者側の関係者の意志統一を図るために、概要設計書(開発計画書)を作成する。その中で、現状の課題(つまり、ニーズ)、課題解決方策の概要(つまり、シーズ)、課題解決により期待される効果(つまり、ニーズとシーズのベストマッチング)の三項目について、A4版で2〜3枚程度のボリュームで、誰でも一読すれば理解できる簡潔明瞭な文章にまとめる。
② 即戦力となる優れたベンダー企業を募るために、要求水準書(計画要求書)を作成する。その中で、前記①の概要設計書に記載する「課題解決方策の概要」を大枠として、ベンダー企業に実現を求めようとする製品に係る「機能と性能の要求要件」について、ベンダー企業に委ねるべき設計には立ち入ることなく、ベンダー企業が設計と製造を行う上で必要十分となるよう、簡潔明瞭に記載する。
 
(3) 優れたベンダー企業を募る方法
a. 官庁が募る場合
 我が国では、官庁が特注品の製造請負を民間企業に委託する場合には、製造請負業務委託の入札公告を「政府調達官報」に掲載した上で、総合評価方式一般競争入札を実施して受注業者を選定するのが通例です。しかし、官庁による製造請負業務委託では、そのほとんどが仕様発注方式(設計と製造を分離して、別途実施した設計に基づく製造の請負のみを発注する方式)を用いているため、本章第2節の3に記載のとおり、製造請負のみを受注した業者は、イノベーションの源となる創意工夫を凝らしたりする余地がほとんどありません。その結果、我が国では、官庁による製造請負業務委託に莫大な予算が毎年費やされているのにも関わらず、イノベーション(技術革新)にはほとんど結び付いていないのです。
 それゆえ、官庁が特注品の製造請負を民間企業に委託する場合には、仕様発注方式に代えて、前項(2)に記載した性能発注方式を用いることが望まれるところです。つまり、特注品に求める「機能と性能の要求要件」を掲げた要求水準書を準備して、当該要求水準書に基づく設計・製造請負業務委託の入札等公告を「政府調達官報」に掲載した上で、総合評価方式一般競争入札又は公募型プロポーザル方式により受注業者を選定するのです。この手法は、オープンイノベーションの手法そのものと言えるので、第2章第1節の3の(3)に記載の「旧日本海軍が性能発注方式により開発委託して出来上がった零戦には、世界初の革新的技術が随所に盛り込まれていた」ことと同様のイノベーション(技術革新)が、今日の官庁による特注品の設計・製造請負業務委託においても大いに期待できるようになります。
 
b. 民間企業が募る場合
 民間企業が、従来品を駆逐してしまうほどに費用対効果に優れた製品を産み出そうとして、そのような製品に求める「機能と性能の要求要件」を掲げた要求水準書を準備し、当該要求水準書に基づき設計と製造を一括して受託できる業者(ベンダー企業)を選定しようとする場合には、官庁が用いている「政府調達官報」に相当する全国に周知可能な媒体が存在しません。そこで、民間企業が要求水準書を準備してベンダー企業を募る場合には、発注者側(つまり、要求水準書を準備した側)のニーズ(つまり、要求水準書に掲げた「機能と性能の要求要件」)と、ベンダー企業側のシーズ(つまり、ベンダー企業が有する設計と製造のノウハウ)とのベストマッチングについて、オープンイノベーション仲介会社に委ねることが効果的であり効率的です。要求水準書には、企業秘密が含まれていることも多いので、オープンイノベーション仲介会社では、企業秘密が暴露しないよう、細心の注意を払って算段するのが通例です。
 ところが、我が国では、オープンイノベーション仲介会社の活用の度合いが欧米諸国ほど高くはありません。その最大の理由は、本章第2節の1に記載のとおり、他国に類を見ない我が国独自のガラパゴスである仕様発注方式が今日でも主流である一方、欧米諸国では、今も昔も、性能発注方式が主流だからです。
 それゆえ、我が国でも民間企業におけるオープンイノベーションの活性化に向けて、オープンイノベーション仲介会社の活用の度合いを高めていくには、民間企業においても、前項(2)に記載の「オープンイノベーションの成功に向けた性能発注方式による取り組み」を実践することが肝要であると言えます。

3 プロジェクトマネジメント
(1) プロジェクトマネージャによるトップダウンで全体最適化

 我が国ではこれまで、優れたシステムを実現する方法論として、「システムを構成する各部分ごとに最適化を図れば、最適化された各部分をまとめ上げたシステム全体が最適化される。」とする考え方が主流であったように推察されます。
 技術革新が緩やかに進む中で、既に確立された技術を用いてシステムを構成する場合には、部分最適化の積み上げが全体最適化に繋がっていました。既に確立された技術は、大抵は規格化・標準化されているので、システムを構成する各部分ごとの最適化が容易であり、また、各部分を他の部分とベストマッチングさせて全体を最適化することも難しくはないからです。 
 しかし、技術革新が急激に進む中で、最先端技術を用いてシステムを構成する場合には、このような部分最適化の積み上げ(つまり、ボトムアップによる部分最適化)では全体最適化に繋がりません。最先端技術は、規格化・標準化されていないことが多いので、システムを構成する各部分ごとに最適化ができたとしても、各部分を他の部分とベストマッチングさせることが容易ではないからです。そこで、このような場合には、実現したいシステムの目的を見据えたトップダウンにより、全体最適化を図ることが極めて重要となります。 
 このように、全体最適化に向けたアプローチをボトムアップからトップダウンに変えていくには、システムの実現を目指すプロジェクトの運営体制、特に、プロジェクトマネージャが果たすべき役割を抜本的に見直すことが大前提となります。ボトムアップでは、プロジェクトマネージャの一番の役割は、プロジェクトを構成する各グループの「まとめ役」です。しかし、トップダウンでは、プロジェクトの成否はひとえにプロジェクトマネージャの手腕に掛かっていると言えます。
 プロジェクトマネージャによるトップダウンでプロジェクトを運営することは、欧米では通例となっていますが、我が国では、戦前の三菱重工業による零戦開発プロジェクト(第2章第1節の3の(3)に記載)や、2019年11月に完成した新国立競技場整備事業(第2章第2節の4の(2)に記載)が、プロジェクトマネージャによるトップダウンで運営されたプロジェクト(事業)です。
 いずれにも共通するのは、全て性能発注方式がベースとなっていることです。本章第2節の3と本章第3節の3に記載のとおり、仕様発注方式の本質はボトムアップによる部分最適化であり、性能発注方式の本質はトップダウンによる全体最適化であることがそのまま反映されていると言えます。
 また、第2章に記載した「プロジェクトや事業の全体最適化 成功と失敗の事例研究」から明らかなことは、プロジェクトや事業を成功させるには、トップダウンによる全体最適化が欠かせないということです。これには、プロジェクトや事業を性能発注方式で運営することが望ましく、また、全体最適化に向けて大きな効果を発揮するところとなります。
 
(2) 仕様発注方式の考え方に立脚したプロジェクト運営の弊害
 我が国では、オリンピックなどの巨大プロジェクトに要するトータルコストが、プロジェクトの進展につれて膨らむ一方となりがちです。これは、プロジェクトマネジメントの中核を占める必要経費についての考え方が、我が国では、仕様発注方式の考え方(仕様発注方式では、発注後に設計内容を変更する都度、契約金額を設計変更内容に応じて変更するのが通例です。)にどうしても立脚してしまうためです。
 一般的に、プロジェクトを立ち上げる時点では、プロジェクトで取り組もうとする内容とそれに必要な経費を大雑把に見積もりますが、プロジェクトの進展につれて、プロジェクトの内容を詳細に詰めて充実していくなどの内容変更が避けられません。しかし、仕様発注方式の考え方(仕様発注方式では、発注後に設計内容を変更する都度、契約金額を設計変更内容に応じて変更するのが通例です。)に立脚してプロジェクトを運営する限り、プロジェクトの進展に伴い内容が変更されていくにつれて、トータルコストが次第に膨らんでいってしまうのです。このことは、仕様発注方式の考え方に立脚したプロジェクト運営の大きな弊害であると言えます。
 そこで、欧米諸国のように性能発注方式の考え方に立脚してプロジェクトを運営すれば、このような弊害を払拭することができます。性能発注方式の考え方に立脚すれば、2019年11月に完成した新国立競技場整備事業(第2章第2節の4に記載)のごとくに、まず最初にプロジェクトや事業のコンセプトを明確にして、次にその大枠(実施内容・実施期間・実施に要する経費)を設定した上で、価格と技術の両面での競争原理を働かせて、最先端技術や創意工夫を存分に活かすことにより、大枠を逸脱することなく費用対効果に優れた結果を得ることが期待できるのです。
 要するに、性能発注方式の考え方に立脚してプロジェクトを運営すれば、プロジェクトの進展につれてトータルコストがどんどん膨らんでいってしまうようなことは無く、準備した予算の範囲内での最善の結果を手に入れることができると言えるのです。


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