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胎内記憶

※ よい内容ではないので閲覧にご注意ください


四月に入社した新人がとても仕事ができるうえ、美人だった。おまけにスタイルもよい。
研究室が個々に別れている研究棟でもあっという間にウワサは広がった。

美人だ
仕事が的確で早い
スタイルいい
総務じゃなくて研究室に来てほしい

高感度が非常に高かった。彼女を面接で採用した第二研究部長も鼻が高かった。
「私の見る目は間違っていなかったな」
彼女が事務室にくるたびについニヤけてしまう。周囲には隠していたが彼女は好みのタイプでもあった。

新人歓迎会が終わり、オリエンテーションも終わりすっかり蒸し暑い季節になるころ、親しい仲間で暑気払いをしようということで、都内のおしゃれなバーで飲むことになった。観葉植物が品よく置かれたテラスにテーブル席が設けられ、目前には海だった。潮風に当たりながら職員たちはビールなどを楽しんだ。

新人の彼女はやはり人気だ。周囲には性別年齢問わず人が集まっていた。
宴が盛り上がりを迎えたくらいに、第二研究部長は席をはずした。酔いすぎてしまったので、休みたくなったのだ。木製のおしゃれなラティスで囲まれた場所に席を用意してもらって夜の海を眺めていた。
するとそこへ予想外の客がやってきた。
「部長、相席してもよろしいですか?」
ほろ酔い姿で現れたのは新人の彼女だった。
「ああ、かまわないよ」
この時、部長は四半期の報告を終えていくらか開放的な気分になっていた。

すぐ隣に座る彼女の柔らかい長い髪が腕に触れた。彼女は白くて細い指でハイビスカスの添えられたカクテルを美味しそうに一口飲むとテーブルにそっと置いた。
「第二研究部は胎内記憶の研究をされているんですね」
「そうだよ」
「私、胎内記憶残ってるんですよ」
「ほう、そうなのか」
白い頬がほんのりと赤く染まっている。酔っているのだろう。いつもの彼女とは明らかに違っていた。いつもは見せることのない人懐っこい笑顔を向けてくる。そして薬指に指輪が光る部長の腕に手を触れるとその耳元に顔をそっと近づけてきた。甘い香りがする。
「私の記憶、聞きたいですか?」
お互いに酔いが回っていた。彼女は内緒話をするように耳元でそう言った。
「ああ、聞いてみたいな」
部長はそのまま彼女の顔を自分に向けた。
「私、あなたに一度殺されそうになってるんですよ」
「え?」
あと数センチで唇に触れるというところで止まる。
「母のお腹の中で聞いていたんです。会話を」
彼女は微笑んだまま話を続けた。

アナタノ子ヲ妊娠シタミタイナノ。
ソレハ困ル。堕胎シテクレ。

「って聞こえたわ。ね、パパ」
蒸し暑い夏の夜のはずなのに真冬のベンチに座っているように体が冷たくなった。背筋に震えが走る。
「あと私、人の気持ちをトレースできるみたいなんです。母のお腹の中にいる時にあなたが母のことを死んでくれたらいいのにと思っていたこともわかりました」
驚愕した。過去が脳裏によみがえる。
「どうです?どこか間違っているところありますか?」
ひとつも間違っていなかった。
彼女はその妖艶な美しい笑顔でこちらを見ている。
「何かの間違いではないのかな…」
「よければ私も研究対象にしてみますか?母と同じように」
憎しみが少しも込められていない淡々とした彼女の声に部長は冷や汗が止まらなかった。
「ねぇ、パパ?」

その後のことを第二研究部長は覚えていない。




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