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コンビニエンス山田


家を出て自転車で駅までいくつか信号を通るが、今日はすべて青信号だった。
これはハッキリ言って珍しすぎる出来事だ。高橋正太郎は気分よく駐輪場に自転車を止めると駅に向かったのだが、ちょうどいつも乗車する場所に着いた時に電車がホームにやってきて、しかも空席が多くて走りもせずに座ることができた。
「なんという日だ…」
正太郎は度重なる幸運に感動した。
そんな幸せな気持ちのままバイト先の駅前のコンビニのレジに入る。
正太郎と入れ替わりに「コンビニエンス山田」のオーナーは仕事をあがった。今日は「全国個人商店コンビニエンスストアシンポジウム」というものがあるらしい。よくわからない。

正太郎は手際よく会計処理をしてゆく。しかし、朝の客はたいてい機嫌が悪い。
「急いでくれる?電車がいっちゃうわよ」
怖い顔をしたおばさんが文句を言ってきた。
「たいへんお待たせいたしました。」
丁寧な所作をこころがける。
「千五百円になります」
次の客はトレイにお金を投げ入れてきた。ガラの悪いお姉さんだった。あさイチから態度が悪すぎる。
しかし、今日はおかしかった。やたらと苦情が多い。そしてイラついた客が多かった。
「店員さん、トイレが流してなくて汚いよ!」
「賞味期限が今日だから半額シール今貼ってよ」
「アイスのケースの前にジュースがこぼれてて汚い」
「この機械にお金払うの?わかんないからかわりにやって」
「あのおじさん、会計してないのにおにぎり食べちゃってるよ?!」

など問題が勃発しまくっていた。まだ仕事に入ってから三十分も経ってないというのに。もう一人のバイトの人は電車の遅延でまだ到着していない。正太郎が電車から降りた時にちょうど事故があって電車が止まるというアナウンスがあったのだ。
(うおおおお!早く来てくれ鈴木くん!鈴木くんはレジと品出しの天才だから彼がいればもう心配ないのに!)
でも、鈴木くんは待てど暮らせど来ない。駅に入りきれない人が駅前にたまり始めた。電車遅延の影響は大きい。レジに来る客は駅の利用者かどうかすぐにわかるくらいイライラしている人ばかりだった。
(うわああああ!オレもう無理かもおおおおお!)
正太郎の目の前が真っ暗になって倒れそうになった時だった。
電話が鳴った。あわてて出るとオーナーからだった。
「高橋くん!今ね、鈴木くんから連絡あってさ電車遅延て聞いたから強力な助っ人を送ったよ。佐藤くんていう子が行くから!」
「あ…ありがとうございます!」
その電話から三分もたたないうちに佐藤くんはやってきた。エプロンには初心者マークがついている。これはここでのバイト経験がまだ一か月に満たない者がつけることになっている。オーナーの善意は正太郎の苦難となりそうだった。
(え、ちょっ待っ…初心者かよ…)
正太郎はめまいを覚えた。
(あ…オレしんだ…)
目の前の長蛇の列をなすイライラ気味のお客さんと初心者マークの佐藤くんが並んだ時に、正太郎は「無」の境地になったという…

簡単に挨拶をして、二人はレジを始めた。一分、五分…時間が経つにつれ正太郎は波に乗ったような感覚を覚え始めた。
隣のレジで接客をする初心者佐藤くんの接客スキルは完璧だった。完璧というよりも明らかにハイレベルだった。レジの操作の仕方や揚げ物、荷物の受け取りなどの対応もきちんとしていた。教えることなんて何もない。
ホントに初心者?オレよりできるじゃん…
というのが正太郎の感想だ。
途中で
「店の前でケンカしてる人がいる」
という苦情や
「このパンへんな味がします」
というお客さんの対応をしたりしたが、客の列は段々と減り落ち着いていった。
戦場のような忙しさが始まってから一時間半が過ぎる頃、駅前はいつもののんびりとした風景へと移り変わっていた。店内も客がまばらでいつもの日常に戻っていた。
とはいうものの、この隙に伝票をかいたり商品を出したりするわけなのだが、正太郎は臨時に来てくれた佐藤くんにお礼を言った。
「助かりました。ありがとうございます。初心者とは思えないです」
すると佐藤くんはメガネの位置を直しながら微笑した。
「お役に立ててよかったです。ここに来る前は大型スーパーでバイトしてたから…」
「どおりで…」
初心者マークをつけている佐藤くんから光が放たれているようにキラキラして見えた。
その直後
「ごめん!今来たよ」
レジ打ちと品出しの天才の鈴木くんも到着した。

おわり

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