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埴さんへの張り紙

コンクリートうちっぱなしの殺風景な壁にA4サイズのコピー用紙が一枚ぺろっと貼られている。
「塙さんは入らないでください」
すぐ横には木戸があって施錠されていた。インターホンが設置されており声をかけて開錠してもらうシステムらしい。
ここに今、困っている者が二名いる。一人は「塙」と書いて「はなわ」と読む苗字の男性。もう一人は「塙」と書いて「はにわ」と読む苗字の男性だ。

はなわは言った。
「奇妙な内容ですよね」
「仕事で来たのにこれではこちらも困ってしまいます」
はにわは袖口の腕時計をちらりと見た。急いでいる様子だ。
「あなたもお仕事で?」
「いや、私は回覧板を持ってきただけです」
はなわは隣人のようだ。
「回覧板ですか…お隣さんの苗字と同じなのにこんなこと書くなんて何があったんでしようね?…ちょっと時間がないから、尋ねてみようと思います」
そう言うとはにわは、インターホンを押した。中から返事が返って来た。
「はい」
「わたくしハニワ産業のはにわと申します」
「ああ、お待ちしていました。どうぞお入りください」
あっさりと木戸の鍵が開く音がした。はなわとはにわは顔を見合わせた。
(え?こんなあっさり?)
「ではお先に失礼します」
会釈するとはにわは木戸の内側へと吸い込まれていった。
はなわは焦った。
「じゃあこの塙というのはオレのことなのか?」
しばらく考えたが拒否されるような心当たりは無い。まず日々接点が全くないからだ。回覧板のみの付き合いだ。
だとしたら、回覧板が面倒だということなのか?
(そんなこと言ったらオレだって回覧板なんて面倒なことやりたくない。こんなの掲示板に張り紙してくれれば済むことなんだから)
そんなことを考えていたら
「あら、おとなりのはなわさん、回覧板ですか?」
と、中から奥さんが出てきた。
「ええ」
「ありがとうございます」
回覧板を丁寧に受け取ってくれた。少なくとも拒否されている感じは全くない。変だなと感じたはなわは
「あの、この張り紙の塙って私の事でしょうか…?」
控えめな声で聞いてみた。
「あ!これね、別の塙さんです。すみません、わかりにくかったですね」
そう言って奥さんは張り紙に
(団体の埴さん)
と持っていたマジックで書き加えた。
(…団体の埴…?)
すっかり訳が分からなくなったはなわは会釈するとその場を離れた。歩きながら
(用事を終えてハニワさんが出てきてあの張り紙を見たら、ますます意味がわからなくなるだろうな)
と思った。
結局、どこの埴なのかはわからなかった。


おわる




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