御本拝読「女の友情と筋肉」KANA\

 たくさん読もうと思って図書館で楽しみに借りた本がことごとくダメ(内容が、ではなくて私個人の好みに合わなくて)で途方に暮れた年末年始。2023年に売れたり賞獲った人のものを中心に借りていたものの、売れ筋と自分の琴線は違うのですね。で、結局は昔から好きな本や漫画を読んで過ごしたという長期休暇。1日に大災害もあり初売りという気分でもなく、そもそも家族もいないし帰る場所もないから一人じっと家で……と、ほっとくとずぶずぶと暗くなりそうなので、そんな気分を吹っ飛ばす、元気な漫画を。
 2015年に始まって2022年に最終巻が出た漫画ですが、Web(Twitter)連載の4コマで何回か長期の休載をはさみ、全8巻。「ふつうの漫画」とは描き込み量が違う(そもそも4コマ)し、その潔いほど太く勢いのあるペンタッチによる謎の説得力と疾走感は独特8割筋肉ギャグ、1割シリアス、1割SF。色んな漫画が溢れる中で、この漫画の味は唯一。
 主人公は、アラサー社会人のイオリ、ユイ、マユの三人。商社やアパレルに勤める彼女たちは普通の女性……身長190センチ近くの筋肉モリモリの強靭なフィジカルを除いて。彼女たちは筋肉をフル活用しながら、おしゃれや買い物や海外ドラマを楽しみ、恋愛や仕事に悩む。
 Web発信の漫画はちょこちょこ読むのだが、その多くが完走できずに連載休止のままだったりいきなり打ち切られたりしていることを考えると、時間がかかってもちゃんと結末まで描いてくれたことが本当にありがたい。正直、特に令和に入ってから、ジェンダーやフェミ系の漫画や異性装がテーマの漫画も膨大な量が生産されているのだが、読むのはしんどいことが多い。はっきりとは言えないが、漫画という手段を使って偏った思想や政治的意思をアナウンスしているように感じてしまう。読んでいて疲れてくる。この漫画にはそういう押しつけがましさはなく、単に爆発的なエネルギーで人生を突き進んでいく三人の姿を描いている。
 某龍玉漫画のごとく空も飛べるし目からビームも出せるフィジカル最強の乙女たちだが、ふつうの女性と同じくいろんな場面で岐路に立つ。浮気性の恋人、結婚への葛藤、キャリアと意思など、私たちが悩むことで同じように悩み苦しみ考える。時に体調を崩したり事態から逃げたりしながら、前へ進んでいく。そういう点で、私たちと何も変わらない。
 違うのは、彼女たちには絶対的「筋肉」と熱い「友情」があることだ。筋肉ギャグは完全にファンタジー・フィクションとして笑えるし秀逸なのだが、実は一番現実的でないのはこの三人の友情かもしれない。
 イオリは高知の出身だが、ユイとマユと同じ高校に進学するため東京へ単身で進学。大学と就職先は違うものの、そこから三人は十五年以上仲良し三人組なのだ。それも、ずっと一緒とか全部一緒、というべったりな関係ではなく、それぞれに独立して全力で一人で仕事に立ち向かい、恋愛をして、オフタイムのほんの少しの時間に友情を温め合う。カフェでお茶したり飲みに行ったり、休みを合わせて修行(ここが違う)したり、友達同士でしかできない話ができる。
 元も子もないことを言えば、三人という友情は本当に成立しづらいし、特に女性の場合は結婚や出産で心理的にも物理的にも距離ができる。少なくとも、三十年以上現実世界で女をやっているが、成人して結婚・出産してからもずっと学生時代のテンションで仲の良い女三人組など見たことはない。仕方がないことだ。その代わりに、子どもが巣立った後に仲の良いグループやぺアで行動している女性たちは多い。
 本書の三人組は、働き盛りの20~30代にかけて、おそらく一番色んな選択や岐路に悩まされる時期に、しっかりと互いを支え合っている。しかも、実はこの三人の共通点は「筋肉」でしかなく、進路や人生の選択を見ても性格や趣味嗜好は三人ともかなり違う行動に全て賛成、というスタンスでもなく、しっかりした喧嘩(肉弾戦)もする。それでも、根本的に互いが互いを尊敬しあっているから仲がこじれたり禍根を残すことがない。
 また、4コマでショートギャグの作品としては珍しく、ちゃんとそれぞれの人物たちが成長していく。ちゃんとストーリーがあって、通して読むと最終巻では三人とも当初の性格とは変化している。しかも、中には1巻の頃に提示されていたそれぞれの性格からは想像できない方向へ成長したキャラクターもいて、漫画として純粋に面白い。作者や出版社の都合で捻じ曲げられたのではなく、「あのエピソードを経たからこうなった」と分かる、ごく丁寧な描写である。
 少年漫画のギャグや完全なギャグ4コマのように何も考えずにげらげら笑える、とは違うかもしれない。世情や生活の様子はめちゃくちゃ現実に即しているし、仕事のことも家庭のことも忘れられる漫画でもない。でも、不思議なことに、「あの三人も頑張っている。私も明日だけ頑張ろう」と思える漫画。そして、ちょっと筋トレもしようという気になれる不思議な漫画である。

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