御本拝読「ナマケモノは、なぜ怠けるのか?」稲垣栄洋

 もともと稲垣先生の本が好きだ植物への愛と、クールな視線と語り口。淡々と、時にユーモアや皮肉を交えながら、植物たちの生き方や様子を教えてくれる。そんな稲垣先生の、主に中高生に向けたちくまプリマ―新書の一冊。いわゆる、「ティーンズ」コーナーの本である。
 さて、私はナマケモノガチ勢である。十年ほど前のNHKの番組でナマケモノの特集を見て以来、彼らに夢中である。人に尋ねられれば、軽く一晩は彼らの魅力を語り続けるであろう。大変愛しい。近年、ゆる動物としてグッズも本も増えてきてほくほくしている。友人知人は出先や地元でナマケモノグッズを見つける度に送ってくれる。そんな私が、この一冊を逃すわけにいかない。
 いつもは植物の生態中心の稲垣先生だが、本書では植物に限らず、動物の生態や人類の進化までが優しい言葉で綴られている。理系でなくても、すらすら読める。
 ティーン向けというのは、主に前半の章では各テーマが「だから、○○な○○も、そのままでいいんだよ」で締められていることが大きな理由なのだろう。何の根拠もなく「君は君のままでいいんだよ~♪」などと薄っぺらく歌われるより、淡々と理屈や原理を説明されて「故に、○○である」と証明されたようで納得できる
 個人的に偏愛するナマケモノも「進化は生き残った者が勝者である」と称えられ、カバやブタという人気いまいちの動物もその逞しく美しい生態を褒められ、オオカミやハイエナも正しい知識によって誤解を解いてもらっている。普段可愛がられる犬猫パンダにキュートな動物たちは一切出てこないあのGや、ゴミやクソがつく虫たちも語られる。そこが、まったくなんの業界にも忖度なく好きだ。
 後半では、動物の進化や人類の進化、文化や歴史に触れながら、「多様性とは何か」「なぜみんな違ってみんないいのか」が丁寧に語られている。特に令和に入ってから声高に叫ばれる「個性」だが、それは個人個人の「意見」や「生き方」ではなく、「生まれついた生態」である。そこには生殖や遺伝子の仕組みによって錯綜・交配した結果生まれる「誰ともかぶらない私」がある。
 本書の構成の妙は、前半でこれでもかという数の「個性の例」を出し、その「個性」を理解した上で、後半の数十ページに入り込ませやすくするところにある。一般的に(というか、人間から見て)嫌われたり侮られたりする生き物は、自分以外の生き物になど興味はなく静かに長い時間をかけて進化した。その目的は、「生き残る」ただ一つである。
 ペンギンは空中ではなく水中を飛び回り、アリは団結して社会を構築することで種を確実に残す。同じトリやムシと生きる場所や形態を違えることで、無駄に競ったり争ったりすることなく、他の種も自分たちも生き残るように選んできた
 それは、人間にも当てはまる。生まれついた体や場所は選べなくても、生き残るためにできることはたくさんある。他者と争わなくても、無理に平均や標準に合わせなくても、自分が生き残るためであれば違うステージや世界に行ってみたりしてもいい。
 ここで大切なのは、「自分を生かすために周りに何かを強いていくのではない」ということかもしれない。それは、自分が少数派であるときも多数派であるときも同じ。みんなが社会的に平和に暮らすルールは必要だし、できるだけ平等に扱われることは不可欠だろう。それを壊して自分の個性だけを押し通すということではなく、自分が自分の生きる道を選ぶことが、理性的な進化の仕方なのだ。
 正月明けで厄介な仕事も昇格試験もあり揉まれまくっている日々だが、本書で一息つかせてもらった。個人的にずっと思っているのだが、「ティーンズ」でくくって棚を分けてしまうのは、本当に良し悪しだと思う。
 明らかな絵本や児童書の棚が大人の書架と場所が違うことはまあ分かるのだが、ティーンの子たちはきっと大人が思うよりも子供ではない。読む本を学校や図書館に指定されておとなしく読むより、大人の書架に混じって選んだ方が、出会いは多いのではないだろうか。そして、私のような疲れた中年も、本書のような優しい良書に癒さる機会を増やしてほしい。よって、ティーンでくくらずに、こういう本もぜひ大人の書架で待っていてほしいものだ。

 

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